ニンゲンになりたい⑥
ニャンタは自身の思いを全てセンニンにぶつけ、センニンは事の成り行きを目を閉じて聞いていた。
ニャンタはママの『死にたい』という言葉を聞いて、自分がそばにいないといけないと思ったこと。
ママに会うために、言いつけを守らず毎日このお家から勝手に外に出て行っていたこと。
ママの帰りを待つ間、知らない男のヒトと仲良くなったこと。
けれど、その男に毒餌を盛られ、この世を去ってしまったこと。
でも、ニンゲンになって再びママに会いに行きたい、ママの笑顔を取り戻しに行きたい、と思っている、ということを。
「それで、どうやったらニンゲンになれるのか教えてほしいの」センニンにニャンタは真剣な顔で問いかける。「ボク、どうしてもママのそばにいたい。ママに死んでほしくない」
センニンはゆっくりとその瞼を広げて、ニャンタに優しく告げる。
「自身が知っているニンゲンになら、自身の姿を変えて、そのニンゲンに化けることができる、と以前耳にしたことはある」
「じゃあ、ボクもニンゲンに化けられる?」
「もちろん、ニャンタ自身が知っておるニンゲンになら化けることはできる。じゃがな、そのヒトの姿を借りたままの状態で化けたニンゲン本人と会ってしまうと、魂に残された時間関係なく天に召される、とも聞いた。よいか、ニンゲンに化けるということは、それなりの危険も伴っておるのじゃぞ」
「大丈夫。絶対に会わないようにする!見つからないようにする!だから、だから…。お願いだから、ニンゲンのなりかたを教えてよ!!」
「ふむ…」センニンはニャンタのその言葉に少し考えこみながらその続きの言葉を紡ぐ。「ワシ自身、まだ死んだ経験があるわけではないから、口伝えで聞いたことしか教えれん。よいか、化ける方法はただ一つ、なりたいニンゲンの姿を思い浮かべて、ぎゅっと強く体全体を伸ばすことじゃ。さすれば、一日に一時間だけそのヒトになれる。儂が教えてあげられるのはただそれだけじゃ」
「なりたいヒト…?」
ニャンタはすぐに一人を思い浮かべた。そして、ぎゅっと、天井に向かって伸びをする。あの天井に自身の肉球が届くように小さな体をぐーっとぐーっと。
「なるほど。ニンゲンは同じような動作で体を縮めたり大きくしたり自由自在に魂の大きさを変えることができるんです」ネコはセンニンにそう声をかける。「ヒト以外だとこうなるのか…。やっぱり何年生きても、新しく学ぶことはあるものですね…」
ほんの瞬きほどの時間で、ニャンタは自身の姿をママと呼ばれていたあの女の子のものへと変えたのだった。
「でもニャンタ?その子に会いに行くのに、その子になってしまったら意味ないだろ?さっき言われたじゃないか、化けたニンゲンに会うと、そのまま残された時間関係なく天に召されるって」
「あ…そっか…」
ニャンタは今度は違うヒトを思い浮かべようと頭をひねる。でも、ニャンタが知ってるニンゲンなんてほんの肉球の数ほどの人数…。だから、次に化けたのは、ここの家の主、タイヨウ。その姿を見て、センニンは「女の子とタイヨウは面識があるから、やめておいた方がよい。ニンゲンの姿になったからといって、ニャンタはニンゲンの言葉を喋れるわけではないのだから」と伝える。
「え、そうなの!?じゃあ、違うヒト、ヒト、ヒト…」
どうしよう…。ニャンタはもう思考停止状態。だって、ママとタイヨウ以外のニンゲンなんて、後はトウサンとカアサンしか思い浮かばない…。だけどその二人とも、確かママと面識があった筈…。ママと面識がなくて、ボクが知っているニンゲンなんて…。
「あ!」
一人思い出した。でも、上手く化けられるかな?だって、顔見知り程度だし、そこまで話したことはないんだもの。
それでも一縷の望みをかけて、ニャンタは再度「え~い」っと声を出してタイヨウの親友の、あの体格の良い男の子に化けてみた。
「ほう、リョウにしたのか、いいかも知らん。年齢もタイヨウと同じじゃし、あの女の子と確か面識はなかったはず…」
センニンは満足した顔で頷く。
「でもニンゲンの言葉は話せないんでしょ?いったいニャンタはその男の子に化けて、どうやってあの女子と会話するつもりなのさ?」
「ボクがそばにいるって知ってもらいたいだけだから…。だから、いつもみたいに抱き着いたり、顔舐めたりしてさ、ママの心を癒すんだ!ボクはここにいるよ、だから安心してって!」
「ダメだよ!何言ってんの!」ネコは大慌てでそう笑顔で話すニャンタを制止する。「その男の子の姿でそんなことしたら、犯罪になる!通報されるよ!」
え?ダメなの?何が?キョトンとした顔でネコを見つめるニャンタ。
「どうしよう…?」
震える声を出すニャンタにセンニンは声をかける。
「ニンゲンの文字を覚えるのはどうじゃ?そうしたら文字で会話ができるかもしらんぞ」




