ニンゲンになりたい⑤
タイヨウという名の男の子はあの女の子と歳は変わらないような面持ちの、爽やかな笑顔を持つTHE好青年だった。
タロウを連れてタイヨウが入ったのはすぐ近くの部屋。そこを開けると、突然二匹のキジトラが飛び出てきた。
「あれ?ニャンタ?」
「わぁ!ニャンタ!」
「皆、ニャンタが帰ってきたよ!」
キジトラたちがにゃおと部屋の中に呼びかける。ニャンタは戸惑うことなく、タイヨウの後を追ってその部屋の中へ入っていた。
「わぁ!」ネコは驚いた。なぜならそこにはたくさんの多種多様のドウブツたちがいたからだ。
「今回は長い家出だったね。一体どこまで出かけてたのさ?心配したんだから!」と、小さなイヌ。
「おかえり~。早く体洗ってもらいなよ?」と、遠くのゲージに入っているウサギ。
「お外の話聞かせてよ!」と、今度は扉の近くのゲージの中でくつろいでいたインコ。
ドウブツたちが次々にニャンタへと話しかけ始める。そんなに急にいっぱい話しかけないでよ、とニャンタも満更でもない様子で頭を掻いて照れ始める。嬉しさが隠しきれていない。
「何だよ!急に!コイツらどうした?」
あれ?ネコはキョロキョロとあたりを見渡す。タイヨウとは違う声がしたから。他にニンゲンがいるのか?
「さぁ?ま、よくあることだし、誰かが幽霊になって帰ってきたって思うことにしてる」
「よくあること!?一斉に何もないところに向かって鳴き始めることが!?マジかよ…。俺、初めてなんだけど…」
「ハハハ。じゃあ、今日は運がいい日だよ」と、タイヨウの笑い声。
よくよく見ると、タイヨウに隠れてもう一人のニンゲンがこの部屋にはいた。ネコは少し場所を移動して、そのニンゲンの姿をはっきりと視界にとらえる。ガタイが良くて少し不愛想な面持ちをした別の男の子が目に入った。
「あの男の子は誰?」
「タイヨウのトモダチ。よく遊びに来てたよ。名前は知らないけど」
ふーんと、ネコは鼻を鳴らし、タイヨウとその男の子の会話を盗み聞く。
「俺、マジで幽霊とかそういう訳の分からないもの無理なんだけど…。タイヨウだって知ってるだろ?」
「ごめんって。でもさ、マジでよくあるんだって。何もない空間に話しかけることって。ま、俺らには分からない虫とかじゃね?多分」
「だといいけどな…。あ…、ノートサンキュ。また明日学校でな~」
「おう、下まで送るわ」
トントントン
二人の男の子が階段を下りていく。
「ねぇ、ニャンタ?」
ネコとニャンタが後ろを振り向くと、そこにはドアップ顔のタロウが真後ろにいた。
「わ!ビックリ!どうしたの?」
「ねぇ、なんで二人ともなんの匂いもしないの?」
*****
「え!?ニャンタって死んじゃったの?」
ネコが簡単にドウブツたちに事の成り行きを説明した。インコの驚いた声にニャンタは耳を垂れてしょんぼりする。
「うん…。ママに会いに行っただけだったのに…。親切なおじさんにもらったご飯で…」
「だからあれほど知らない人からご飯を貰っちゃダメだって言ったじゃないか!」一匹のキジトラが声を上げる。「ニンゲンを信用するなって、あれほど言ったのに…」
「怖かったでしょう?」もう一匹のキジトラがニャンタの近くに寄ってきて体を抱きしめる。けれど残念なことに、ニャンタはそのぬくもりを感じることができない。
「ニャンタに残された時間はあとどれくらいなの?」
「あと六週間。でも最後の一週間は喫茶店で過ごすから、実質後五週間」
タロウの言葉に返事をしたのは、ネコ。
「あぁ、長い方のパターンね」
「長い方のパターン?」
そう言葉を落とすウサギにネコは疑問をぶつける。
「49日間でしょ?え、違うの?」
「実は…初めてなんだ。ニンゲン以外のドウブツと旅をするのは…。でも、49日間は普通なのかい?49時間が当たり前だと思っていたけれど…」
「そうだったのね、実はね、ここにはいろんなパターンの子が帰ってくるの。49分の子も、49時間の子も、49日間の子も…。同じご飯を食べたことのある子から、一度も会ったことのない、昔ここに住んでいた子がこのお家に戻ってきたことだってあったよ」小さいイヌはそう答える。「ここは病院であり、保護施設でもあったから、色んな子が息を引き取ると魂の姿で戻ってくるんだ。光となってお空に行く子もいたし、大好きな家族のもとへ最期の挨拶をしにいった子もいたよ」
「そういえば!」インコが声をはさむ。「昔ここでね、強盗未遂事件があったらしいよ。警察は何が起きたんだ?って首を傾げていたそうだけど、実は歴代のドウブツパイセンたちが追い出したんだって前にセンニンに聞いたことがある!当時ここに帰ってきていたパイセンたちが皆で一斉にニンゲンの姿に化けてね。想像しただけでも傑作だよ!ねぇ、ニャンタもニンゲンには化けないのかい?」
ケラケラ笑うインコに、自分が知らないだけで、いろんな成仏の仕方があるのか…、と新たな学びに関心するネコ。
「ね、ねぇ。ニンゲンに化けるってどういうやって?」
ニャンタはここぞとばかりに大きな声でインコに問いかけていた。
*****
「センニンは一番上のお家に住んでいるの…」
二匹は階段を駆け上がり、センニンに会いに彼の住む部屋一室の前までの前まで足を運んだ。
「ここはね、トウサンとカアサンのお部屋でもあるんだよ。センニンはさ、もう高齢だから何かあった時すぐ対応できるように、って二人と一緒に寝れるの。特別なんだよ?」
ことの発端はインコの〝ニンゲンの姿に化けたドウブツの魂〟という言葉。ニャンタがその方法を教えてほしいと何度も何度も訴えるもんだから、『センニンに聞いてごらんよ、センニンならきっと知っていると思うからさ』とインコは少し後ずさり気味に教えてくれた。どうやらニンゲンに化ける方法は、このお家に一番長く住んでいるセンニンにしか分からない情報らしい。
ギィ
触れてもいないのに、目当ての部屋の扉がひとりでに開いた。
「ニャンタか…。来ると思っていたよ」
そこには、〝センニン〟と言う名を持つ、大きな大きなリクガメがいた。




