ニンゲンになりたい④
「ねぇ、あの男の人は誰なの?あの大きな声で騒いでいたヒト」
「分からない。誰かも知らないんだ…。でも、あの声を聞くとなぜだか震えが止まらなくなる…。すっごい怖いの…」
殴られていた女の子はいつの間にか新しい服に着替えていた。どうやら本日二回目の外出のようだ。ニャンタとネコは急いで女の子の後を追いかける。途中で「あ、にゃんちゃんだ~」と幼い男の子に手を振られたけれど、早歩きでどこかへと向かう女の子を追いかけるので精いっぱい。
- もしかして稀にみるあまり良くない方のカゾク…とやらなのかな?
色々聞いてみたかったものの、ニャンタの顔があまりにも思いつめたものであったため、疑問を口にすることなく、ネコはその思いを飲み込むことにした。
*****
女の子が向かった先は学校だった。
「ここはどこ?」
「学校だよ」
女の子の後を追ってきたネコとニャンタ。校舎が視界に入ったことで、ネコは瞬時に理解した。
「学校?でもタイヨウは朝早くからガッコウってところに行ってたよ?こんな時間からガッコウってあるの?」
これまで一緒に旅をしてきたニンゲンの中にも、同じような場所へと足を運びたがるニンゲンがいたからネコは簡単に状況を把握することができたのである。
ネコは女の子が足を踏み入れた教室をぐるりと見渡した。金や赤色など、眩しい色の毛並みを持っているニンゲンや、ずっと本を読んでいる静かなニンゲンに、一人ブツブツと言葉をささやきながら一心不乱にノートに何かを書いているニンゲン、それにどう見ても周りと年齢が全く違う70歳近いニンゲンなど、ネコが知っている学校よりもその人数は少ないものではあったが、この教室の中は個性豊かなヒトであふれていた。
「もちろん、なんら不思議なことではないよ。普通だよ。どうやら、あの女の子はお昼は働いて、夜学校に来ていたんだね」
それにしても、だ。ネコは教室全体を再度見渡す。いろんなニンゲンが集まっているのにも関わらず、女の子の顔の傷や痣を気に掛けてくれるような優しいヒトはいない。どうやら女の子のこの姿は彼らにとって日常茶飯事の普通のことなのかもしれない。
学校は楽しくて、助け合いの場だと思っていた。けれど、場所が違えばヒトに無関心な場所になるものなんだ、とネコは改めて学んだ。
「ねぇ、ニャンタ」
「どうしたの?」
「ニャンタはあの女の子を助けたいんだろう?」
「うん。でも、何かいい案でもあるの?」
「きっと、女の子の普段の生活の中からは救世主なんて現れないよ。みて、みんな無関心」
「う…ん。でも、ボクたちの姿はニンゲンには見れないんだろう?ならどうやって救世主を探すの?」
ニャンタの言うことは尤もである。でも、ネコは同じネコ同志として、なんとかニャンタの願いを叶えてやりたい、といつしか贔屓目で接するようになってしまった。
「魂の姿は基本ニンゲンには見れない。けれど、心がまだ発達していない幼いニンゲンや理由は分からないけど例外のニンゲン。それに、他の種族のドウブツは魂の姿を見ることができるんだ。だから、タイヨウ君のお家に案内してよ。他のドウブツたちに会ってみて、彼らに協力を仰いでみないか?」
*****
と、いうことで、ニャンタとネコが向かったのは、タイヨウ君のお家。
「ここ?」
「うん。ここと、その上と、更にその上」
タイヨウという子のお家は立派なものだった。ぱっと見、三階建ての大きなお家。そして一階には難しい漢字と共に〝どうぶつ病院〟と書かれてある表札があった。
「タイヨウ君のお家は、病院なんだね」
「そうだよ。言ってなかったけ?あ、でも、住んでるのはこの上の方だよ。こっちに来て来て!」
ニャンタはネコに呼びかけ、動物病院の裏へと潜りこみ、ネコ一匹程が通れる細い裏道へと案内してくれた。いつも同じ道を使っていたのだろう。ドウブツの通り道がかすかにできていた。そしてニャンタは一切の迷いなく、その裏道にあるいろんな障害を乗り越えて、病院の二階部分へと駆け上がっていった。そこに出てきたのは小さな小窓。ニャンタはさも当たり前かのように、その小窓をあけようと両手を上下させ、ガリガリとする動作をみせる。
「いつもここから外に出ていたのに…。ダメだなぁ。こっちからだと開かないのかな?」
「今は魂の姿だから現実のモノに触れることはできないんだ。集中して、そのモノの魂に優しく触らないと…」
ワンワン
ニャンタにモノの魂への触れ方をレクチャーしようとしている時だった。その小窓の向こう側から一匹の大きなイヌが現れ、声をかけてきた。
「ワッ!」
ネコは驚いて後ずさりする。
「タロウだぁ!」一方でニャンタは笑顔を浮かべた。「タロウ!ここの窓少し鼻で押してよ!」とそのイヌに頼みだす。
タロウはニャンタの声が聞こえているのだろう。素直に従った。
キィという音と共にその窓が簡単に外へと開かれたのだ。
「タロウはね、ボクの友達!」
ニャンタはそう言ってその小窓の隙間から家の中に入る。そしてネコもその後に続いて潜入する。
「ニャンタ、ニャンタ!どこに行ってたのさ!心配したんだから!」
タロウが尻尾を大きく振りながら、二匹の元に駆け寄ってくる。
「なんだか大きくなった?久しぶり!」ニャンタはタロウに近寄り、匂いを嗅ごうとする。「あ、やっぱりタロウの匂いも分からないや」
「タロウ~タロウ~?」
ワンワンと急に大きな声でタロウが吠えるものだから、部屋の奥からニンゲンの男の子の心配する声が聞こえてきた。パタパタと足音が近づいてきている。
「タロウ、どうしたんだ…?あ!また窓開けて!う~ん。鍵を閉めてるのに、なんでこう勝手にあくかなぁ…?」
「あの子は?」
「タイヨウだよ!」
部屋の奥から現れたのは、爽やかな風貌をした男の子。歳はニャンタがママと呼ぶ女の子とさほど変わらないように思う。
「あ、あの子が例の…」
「タロウ、さ、こっちにおいで」
「ニャンタ…」
タイヨウに引っ張られていくタロウは寂しそうにニャンタを見つめる。
「ボクたちもついていこう!」
「えぇ!!ちょっと待って、待ってってば!」
ニャンタが颯爽と家の奥へと勝手に進んでいくので、ネコもその後を急いで追いかけていった。




