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ニンゲンになりたい③

 次の日も次の日も、ニャンタは花が供えられている地面の上であの女の子をずっと待っていた。

 朝早くに出かけて行って、夕方頃、いつも美しい色に咲いている花を一輪持ってアパートへと一度戻ってくる女の子。そして再度出かけたと思ったら、今度は夜遅くに帰ってくる。そして、二回目の外出がない日にはいつも、次の日の朝には女の子は顔に大きな痣をいくつも作って部屋から出てきた。

 ニャンタはその女の子が家をでていってから、帰ってくるまでずっと同じ場所で動かず待っていた。小学生たちが笑いながら横を駆けて行っても、酔っぱらいのおじさんがフラフラと前を横切っても、おばさんがチリンチリンと自転車の鈴を大きく鳴らしても、ニャンタは微動だになかった。女の子の無事を見届けん、とまるで心に決めているかのように。ずっとずっと同じ場所でただ一点を見つめてじっと佇んでいたのだった。


 「他に行きたい場所や会いたい人はいないの?」


 ほとんど動くことのないニャンタにネコはそう聞いた。さすがに一日中同じ場所に居座り続けるのは、例えニャンタがそれを望んでいたのだとしても、ネコにとっては大変退屈なものだったからである。

 「う~ん。あえていうなら、タイヨウのとこかな…。でも、ママを待っていないと…。もし目を離した隙にまたお顔に傷でも作ったら…」

 「そんなに気になるなら部屋にでも入ったら?」

 女の子が顔に傷を作るのは、決して外にでている時ではないのだが、どうやらニャンタはそのことに気づいていないようだ。だからネコはそれとなくニャンタをに女の子の部屋の中へ忍び込むように、と誘導しようとする。

 「でも、鍵がかかっているよ?」そんなの無理だよ、とポカンとした顔を浮かべるニャンタ。

 「大丈夫。ニンゲンだと、モノの魂に触れることで部屋の中に入ることができるんだけど、ニャンタは多分それが不可能。それなら、あの女の子の後ろからついていって、部屋に潜り込んだらいいよ。そっちの方が確実性があるし」

 その言葉に目をキラキラさせるニャンタ。

 「本当?ボク、ママのお家入ったことないんだ!前にね、こっそり入ろうとしたら、注意されたの。夢みたいだよ!ママに内緒でママのお部屋に入れるなんてさ!」

 「じゃあ、女の子が帰ってくるまで時間があるし、それまでそのタイヨウ君のところにでも行く?」

 「あ~うん…。でも怒られないかな?」

 「ん?何を?誰に?」

 「タイヨウに、だよ。だって勝手にお外でちゃダメっていつも怒られてたもの…。事故にあうよ、って。なのにボク、そのタイヨウの言いつけを守らなかったから…」

 ネコは考える。ま、ニンゲンに会っても、そのヒトが魂が見える特別な力を持ったニンゲンかどうかは奇跡の確率ではあるのだが…。

 「決めるのはニャンタだよ」

 「う…ん。でも今日はいつものように、ママが帰ってくるの待ってるよ…」


 よっぽどタイヨウというニンゲンは怒ると怖いのだろうか?それとも他に何か行きたくない理由でも?

 疑問に思いつつも、ニャンタの言葉にネコは静かに従った。


*****


 「あ、ママだ!お帰り!ママ、ママ!」

 あの女の子が帰ってきた。ニャンタは自身の上に置かれた花へと鼻を近づける。

 「やっぱり、触れもしないし、においもしないんだね…」

 寂しそうに呟くニャンタにネコは気を取り直して、「ほら、部屋に向かってるよ」と教えてあげる。

 小さなアパートの二階の一番奥の家。そこがこの女の子のお家だった。女の子が鍵を開け、扉を開けたと同時に部屋の中へと入るニャンタとネコ。

 「わ~ここがママのお部屋か~!広いね!」

 嬉しそうに部屋の中を物色するニャンタをよそにネコは複雑な気持ちで部屋の中を見渡していた。


 - この子ってまだ15か16かそれくらいだよな…


 にも関わらず、部屋の中は足の踏み場がないくらいの大量の酒の瓶や空き缶で錯乱していた。女の子は慣れた様子でそのゴミを片付け始める。

 「ママの家はおもちゃでいっぱいだぁ~」


 目の前ではしゃぐニャンタを見て、ネコは心底ニャンタが今、魂の姿であることにほっとしていた。

 もし鼻の機能が正常であったのなら、きっと部屋の中を漂う匂いに顔をしかめたかもしれない。

 もし肉球の機能が正常であったのなら、きっと床に零れているこの酒でできた水たまりに、飛び上がって驚いていたのかもしれない。


 ドンドンドン


 部屋の玄関の扉が勢いよく叩かれ、外から「おい、金!金!」と喚く謎の男の人の大きな声も聞こえてきた。


 「な、なんだ…?」

 「やだ!」

 

 ネコがその謎の声に首を傾げたのとほぼ同時に、ニャンタは部屋の隅っこへと走り出し、耳を手で押さえブルブル震えだした。


 「この声…怖い」


 ネコはニャンタの傍へと歩み寄り、寄り添って、安心させようとする。


 「大丈夫。そばにいてあげるから」


 ニャンタはずっと震えていた。どんな音も耳にしないように、どんなことも目に入れないように。

 

 だから女の子ため息をつき、意を決して玄関の扉を開けたことも、女の子がその謎の男に髪を引っ張られながら何度も何度も殴られていたことも、男がカバンから財布を取り出し、お金を抜き取ったかと思えば、カラになったそれを女の子に向かって思いっきり投げつけていたことも、ニャンタは何も見ていなかった。ネコしかその現場を見聞きしていなかったのだ。

 

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