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03. 喫茶店

 「そういえば、りょうちゃんは誰からこの喫茶店のことを聞いたんだい?」

 この喫茶nanaで働き始めてから早一週間。仕事にもだいぶと慣れてきた頃、いつもの食後のコーヒーを提供したと同時に武藤さんにそう尋ねられた。

 「そ、それは…」

 「りょうちゃんもあの白い紙を貰ったんでしょ?」

 なんて説明しようか…。そう思い少し口ごもりつつも、頭の中で言葉を整理しようと試みる。

 「そ、そうなんですけど…。でも、その紙を貰ったのは…実は、私ではなくて…」


 チリン

 タイミングよく、軽やかな鈴の音が鳴る。

 「いらっしゃいませ」

 武藤さんになんて説明するのが正しかったのか分からなかったから、新たな来客を告げるこの鈴の音に、心の中で助かった、と少し胸を撫でおろす。そしてりょうは笑顔を浮かべ、接客をしに入口まで走り寄っていく。

 「ここか…」

 あ、この声は。聞きなれた声に自然と笑みをこぼすりょう。

 「来てくれたんだ。ありがとう」

 「約束してたしね」

 「お友達?」

 武藤の声にりょうは後ろを振り返る。「はい、そうです。さっき言ってたあの白い紙。それをもらったのがこの男の子、蓼原たではら太陽くんなんです!」

 「あぁ、そうだったんだね」相変わらず武藤さんのその声色は優しくて癒される。「ここは二回目?」

 「いえ、ご来店は初めてです。お会いするのは今日が二回目ですね?いらっしゃいませ」

 厨房から石坂が顔をだして、新たに喫茶店に足を踏み入れた太陽君に、微笑みながらそう声をかける。

 「俺は全てが初めてだけどな…」

 「あ゛…」

 太陽の後ろからひょっこりと姿を現したそのがたいの良い男の子にりょうは一瞬言葉を失う。その様子を横目でチラリと見た石坂は、「どちらに座られますか?カウンター?それとも…」二人の男の子にそう声をかけ、りょうの代わりに接客を始める。

 「りょうちゃんと色々話したいこともあるし…。カウンターで…、いいよね?」

 「いいんじゃね?」

 太陽の問いかけに、もう一人の男の子はぶっきらぼうにそう答える。そしてそんな様子をりょうは口をパクパクさせながら目を見開く。

 「なんだよ?」

 「りょうちゃん、お客さんにおしぼりよろしくね」

 仕事をせず、驚きで固まってしまったりょうに石坂はそれとなく仕事をするように急かす。

 「あ、はい…」

 りょうは言われた通りおしぼりを用意する。だが手が震えてしまい、いつもの調子がなかなかでない。


 - な、なんで?なんで太陽君とこの男の子が??


 りょうの動揺をくみ取った太陽は優しく言葉を紡ぐ。

 「ほら、りょうちゃん色々あったろ?俺、何もしてやれなくてさ。それにあれからりょうちゃんもバタバタしていたみたいだし。今日はせっかくの良い機会だし、話のすり合わせをしたくて来たんだよ。りょうちゃん側で起きた事と、俺たち側の知っている事と、で」

 「さて…と、私は先に帰ろかな。マスターお勘定…」

 「ま、待ってください」

 空気を読んで席を立とうとする武藤を、呼び止めるりょう。

 「私がおかしいのかもしれない。確かにあの時は鬱気味だったもの。でも…全てが私の気のせいだった、私が作り出した妄想だった、なんて思いたくない。ちゃんと今でも覚えてる。あの時した会話も、触れた時の体温も、あなたと…過ごしたかけがえのない少ない日々も…。だから、武藤さんにも聞いてほしいんです。私は嘘なんてついてないって。それに、武藤さんなら…歳を重ねているからこそ、何か分かるかもしれない。ドッペルゲンガーが本当にいるのかどうか…とか…」

 「ドッペルなんちゃらのことは、この老いぼれには分からんが…」

 武藤は再び腰を下ろした。りょうの顔があまりにも引きつっていて、助けを求めていたから、彼女を無視してこの場から離れることがためらわれたからである。

 「あの…」りょうは武藤が再度腰かけたのを確かめた後、太陽の横に座る男の子に声をかける。「お名前を伺っても…??」

 「フンッ」男の子はりょうの問いかけを鼻であしらいながらも、「〝はやしりょう〟。木二つの林に、太陽の苗字の蓼原の蓼って字で。林蓼はやしりょう」と一応答えてはくれる。

 「フフフ。あ、すいません」ダブルりょうのそんなやりとりを聞いていた石坂は、お水を二つ男の子たちの前にそれぞれ置きながら、笑みを零す。「少し面白いことに気が付いたもので」

 ピンと張りつめていた空気が一瞬で緩んだ。

 「なんですか?」

 りょうのキョトンとした声に続くように、皆で石坂の方へと視線を向け、注目する。

 「りょうさん、怒らないでくださいよ?」

 「へ?」

 りょうの間抜けな返事を石坂はスルーして続ける。

 「りょうちゃんの苗字はBookの木に、天気の天で木天。そしてりょうの字はひらがな。でも、もし林さんと同じ蓼原君の蓼の字でりょうと読むことにすると…。〝木天蓼〟となるんです」

 「「「???」」」

 「ハハハ。りょうちゃんにぴったりじゃないか!」

 若者三人の頭の中にハテナが飛び交う中、一人武藤さんだけは大笑い。一体全体何がそんなに面白いのだろう?いつの間にかこの喫茶店に住み着いている猫が、りょうの足元にすり寄ってきた。

 「りょうちゃんはマタタビって知っているかい?」

 「えぇ。猫ちゃんが大好きな植物の名前でしょう?」

 「〝木天蓼〟この漢字の読み方がマタタビなんですよ」

 「まさに猫に好かれるための名前じゃないか!」


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