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インコのぴーちゃん②

 喫茶店で鼻歌を歌っていた石坂とネコは少しの変化をすぐに感じ取った。閉め切っていたはずの窓やドアがガタガタと震え、目の前のロウソクの灯は消え入るかのように大きく揺れ動いた。目の前に白い煙のような影が現れたのは突然だった。そしてその影は部屋中を暴れまわる。彼らはそれを静かに眺めていた。驚いたり、取り乱したりすることがないのは、その影が何者なのかを知っているからである。ゆらゆら動く白い影、それはヒトの魂である。


 石坂は腰かけていた回転椅子から立ち上がり、一度白い影に向かって深くお辞儀をした。ネコはカウンターの上に寝そべったままそれを見つめていた。


 「初めまして。わたしは追善人ついぜんにんの石坂と申します」石坂は白い影に話しかける。「他の追善人から既に話を聞かれたかもしれませんが、改めて説明させて頂きます。貴方は此岸を離れ、今は魂のみ存在であります。彼岸へと渡る前に貴方は49日間、つまり七週間、こちらの霊虫獣れいちゅうじゅうと旅にでていただきます。現世と同じ時を過ごされる場合は一週間ごと、行く先の世、つまり現世より未来の時を過ごされる場合、二週間ごとに貴方の残された刻が消化されていきます」


 石坂の声を聞き、白い影は暴れるのをやめ、彼の目の前に固まり、そしてゆらゆらと漂い始める。


 「私共の霊虫獣はこちらのネコになります。そして、私たちがあなたに課すルールは主だって一つだけです。最後の一週間はここの喫茶店で私と過ごす事。したがい、貴方が実質旅にでることができるのは六週間のみです。もし、これを受け入れてくださるのであれば、あなたの前にあるそちらの塩を少し口に含んでください。受け入れられなければ、退室して頂いて構いません。貴方にあう追善人に出逢えることを心より祈っております」


 石坂は一気に説明し、再度頭を下げる。白い影はまるで悩むようにしばらくの間不規則に揺れ動いていたのだが、決心したのか、盛り塩の所へ舞っていった。そして、それを見てネコも立ち上がり、目の前の塩の所まで歩みを進めて、ほんの少しそれを舐めた。すると、白い影がゆっくりとニンゲンの姿に変わっていく。戻っていく、といった説明の方が正しいだろうか?石坂の目の前に現れたのは髪の毛が一切ない、痩せ細った一人の女性だった。


 「私はやはり死んだのですか?」彼女は遠慮がちに第一声を発した。声は少ししゃがれていた。


 「魂のお姿に戻られました」


 「今は幽霊みたいなものなのですか?」


 「魂のお姿でございます」


 「私は…、これからどうなるのですか?」


 「先程契約させて頂いた通り、7週間…、正確には六週間旅にでて頂きます。現世の刻を過ごされるか、行く先の世を過ごされるか、それはこちらのネコと相談し、貴方が決断なさってください。最後にこちらで一週間過ごされた後は、あなたの魂は天へと帰られます」


 「私、やはりもう死んだのですね……」二度目の彼女の問いに石坂は優しい眼差しを向け、もう何も答えなかった。「歩いても走っても、全然しんどくなかったから、最初夢だと思ってたのに…。そっか、やっぱり耐えきれなかったのか」彼女の声は震えてはいるものの、涙は一切流れていなかった。


 「名前は?」カウンターの上に座っていたネコが彼女に問いかける。その声は凛として美しく、そしてとても優しいものだった。「これから七週間一緒に過ごすんだもの、名前を教えて」


 女はネコと会話していることに未だ驚きを隠せていない。少し間があいて彼女は声を絞り出す。「猫が喋っている」


 「霊虫獣ですから」石坂は優しく彼女に答える。


 「霊虫獣って?」


 「魂が迷ってしまわれないように、一緒に49日を過ごす特別な存在の霊魂になります」


 「霊なの?」


 「そうですね…。あなた方にとっては精霊という名の方がまだ受け入れられやすいものかもしれません」石坂はネコを撫でながらそう告げた。


 女は腑に落ちない顔をしていたが、これ以上問うのはやめた。「私は、オオツキ アカネと言います」


 「アカネ、ね。七週間よろしくね」ネコはアカネの傍まで寄ってくる。「分からないことがあれば何でも聞いてね。答えられる範囲で教えてあげるから」


 アカネはゆっくりと頷いた。「はい、こちらこそよろしくお願いします?」


 「それでは、早速で悪いのだけれど…」ネコはアカネの前に綺麗に座り、彼女の目を見つめる。「最初の一週間は現世で過ごす?それとも先の世で過ごす?」


 アカネの頭は未だ追いついていなかった。「とりあえず…、現世でお願いいたします」

 

 「分かった」そう言ってアカネの手にネコが口づけをする。すると、みるみる彼女の背丈が縮んできた。驚いて彼女はカウンターへと飛び乗る。あっという間にネコと視線が同じになった。「よし、現世のどこに行きたい?」


 「え…」少し考えてアカネは答える。「家かな。我が家にお願いします」


 ネコはアカネの前にこうべをたらし、背中に乗るよう伝える。アカネは恐る恐るネコの背中の上にまたがった。毛並みがふわふわしていて触り心地が良かった。


 「では、また六週間後に」ネコが石坂にそう言い、カウンターから飛び降りた。


 「よい、49日を……」石坂の声が遠くの方で聞こえた。

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