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犯罪者に花束を(後篇)②

 「何で僕の家にはお父さんがいないの?」



*****



 あの日から二週間

 裕子はまだ息子の罪を受け入れられてはいなかった。未だ悪夢の最中にいると疑わなかった。現実逃避するため、何度も何度も幼いわが子を思い起こす。だが、夢の中に出てくる息子は優しい声を出すあの子ではなく、不安気に泣き出しそうな声のあの子のものばかりだった。


 「お義姉さん、しばらく私の実家にでも行かない?」


 義妹の声が右から左へと流れる。彼女の発言の意図を理解することがすぐにはできなかった。


 今更どんな顔をして、自分が義実家へ顔を出すことができようか?


 犯罪者の母親にこんなに優しくしてくれるなんて、面倒を看てくれるなんて…。毎日様子を見に来てくれる彼女の優しさは身に染みているし、感謝もしている。だが、この思いを声で発することが難しかった。だから裕子はなんと返事をすればよいのか迷っていた。


 だが一方で義妹は裕子の返事を聞くことなく、「簡単に荷造り始めときますね~」と悠長に一人で支度を始めている。



 ああ。もう、誰も私を構わないでほしい。

 一人にしてほしい。

 そうしたら楽になれるかもしれない。



 裕子の願いとは裏腹に、決して裕子を一人にさせようとはしない義妹。彼女の優しさが今は辛かった。だが、反論する元気もなかった。どうしたものか。


 「さ、善は急げ、よ。今から行きましょ」




*****




 義妹の運転する車に乗って約1時間半。その後フェリーに乗り換える。


 「おかえりんさい」


 到着ロビーで迎えてくれたのは懐かしい顔の女性だった。

 目じりの優しい皺が亡き旦那を思い出させる。血がつながっていても、義妹とは顔はあまり似てはいなかったのに比べ、やはりこの人とはよく似ていると思う。


 「ご無沙汰しております。お義母さま」


 港から義実家までは車で更におおよそ15分。島の奥へ奥へと進む。

 優しい揺れを感じながら車窓から懐かしい景色を見ていた。そういえば旦那が亡くなってからというもの、一度も帰省したことなんてなかったな、と心の中で思い出す。運転しているのは義母。助手席に義妹。ラジオからは昔ながらの演歌が聞こえてくる。二人とも自分に気を遣っているのだろう。会話は一切なかった。だから、ただぼんやりと音楽に耳を傾けていた。


 「自分の家と思って、ゆっくりしてってね」


 車から降りて、外の空気を胸いっぱいに吸い込む。ああ。何だか癒される。青々とした緑の匂いと、温かな太陽の香りが優しく迎え入れてくれた。


 「ありがとうございます」


 二人の些細な優しさに胸が震えた。目頭が熱くなる。私をマスコミや、嘘か真か分からぬ噂の流れる近所や会社から遠ざけて、ネット環境の乏しいこの土地へ迎え入れてくれた。裕子の精神状態を心配しての事なのだろう。十分に彼女たちの意図は理解できた。だが、頭では理解できていてもふとした時に蘇る。


 『お医者さんになってママを助ける』


 そう言ってくれた優しい息子。


 『人殺しがここらに住んでいたって』


 噂される息子の犯罪。


 『家庭環境がああいう事件を引き起こしたのでしょう』


 後ろ指さされる自分の教育方針。


 『息子さんの部屋を家宅捜査させて頂きます』


 あの時来た刑事さんの顔。


 分かっている。優しい息子だから。苦しむ人を見て見過ごせなかったのだと。

 自分で”死”を選べない人に。”生”という地獄しか味わえない人を救ってやりたかっただけなんだと。

 だけど、どんなに気持ちは正しいものでも、犯罪は犯罪。息子のしたことは重罪なのだ。


 分かってる。分かってる。全て理解しているつもりなのだ。

 なのに、全く関係のない赤の他人の心無い言葉が、ふとした時に裕子の心を蝕んでいき、様々な感情を渦巻かせる。あぁ。どうしようもなく、自分の考えがまとまらないのだ。


 まるで優人をHEROのように讃え、犯罪を肯定する人。

 愛情不足だったと、裕子の育て方を非難する人。

 被害者の生い立ちに同情する人。

 被害者の元婚約者を過激に誹謗中傷する人。

 被害者の家族をネット上に晒上げて、反応を楽しむ人。

 そして、ただただ事の成り行きを興味深く見て、噂を広げるだけの人。



 吐き気がする。

 被害者家族に謝罪に行かねば、そう思ってはいるものの、周りが、赤の他人の人たちの目が怖い。どうみられるのか、考えただけで背中が丸まる。


 【犯罪者の母】


 このレッテルだけは変わりようのない事実。


 自分のせいで。自分のせいで息子を犯罪者にしてしまった…。


 深い暗闇の沼にずぶずぶと落ちていく感覚。この感覚だけはどうしても好きになれない。あぁ、もう早く楽になってしまいたい…。


 もう少し静かなところで一人考えをまとめよう、そう思い家の中へと足を踏み入れようとした時だった。


 「んっ」


 たまたま外に出ようとしていた義父と鉢合わせる。彼はスコップ片手に何も言葉を発さず、ただただ裕子にそれを押し付けてくる。

 

 「んっ」


 目の前に突きつけられるスコップをどうしたものかと迷っていると、ようやくぼそりと言葉を落とした。


 「畑、手伝てつどうてくれんけ?」


*義実家は四国のある島を想定しています。

 讃岐弁を使用していますが、

 私自身、住んでいたのはかなり昔の事ですので、

 もし表現がおかしい部分がありましたらご指摘の程、

 よろしくお願い申し上げます。

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