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犯罪者に花束を(前篇)⑥

 「さて、次の週はどうする?」


 ついにこの一週間、チサたちは外に出ることはせず、この温かな家に住み着いていた。時折チョウと共に羽ばたきながらこの家の子どもに妖精のような姿を見せるチサは、いたずらな笑みを浮かべてはいるものの、ネコの瞳にはどうも元気のないように見えていた。”オーロラ”という、日本では稀有なものを自分たちに見せることができなかったからだろうか?だが、その問いも次のチサの答えで判明する。


 「オーロラを見せてあげられなくて確かに悔しいわ。でもねネコさん、私今の今までずーっと自分の事しか考えていなかったって気づいたのよ…」ネコとチョウは互いにチサのもとへと歩み寄る。今までで耳にした中で一番小さな声だったから。「私ね、早く解放されたかった。あの体から。あの部屋から。あの人生から。だから知らない人に依頼したの…。殺してほしいって…」


 まさかのチサの告白にネコとチョウは互いに顔を見合わせる。二人ともなんとチサに声をかけるべきなのか分からなかった。


 「ネットで探したの。格好いい男の子でね?とっても優しい心の持ち主だったわ。犯罪にならないように、事故に見せかけて殺してって頼んだのに、彼ったら決してそれには同意しないのよ」声は震え、少ししゃっくりもしていた。だが、彼女の目からは何も零れはしなかった。「ずっと苦しんだのだから最後は楽に、眠るように逝ってほしいって…、睡眠薬を渡されたの。解剖されたら、他殺かもって疑われるかもしれないのに…。彼は自分の事よりも私自身の最期を尊重してくれたの」


 殺しは殺し。その青年は罪を犯した。その男は犯罪者なのだ。ネコはそうチサに諭してあげたかった。でも、優しく微笑み、私のヒーロー、と甘く呟くチサを目の前にして何も声は出なかった。


 「最後に彼に会いたい…」


 「来週はその男の子の所へ行く?」


 ゆっくりとチサは頷く。「ええ、出来ることならね…。でも、彼の本名も知らないし、三回しか会っていないから顔も不確かにしか覚えてないの…。こういう人でも、ネコさんはとんでいけるの?」


 「残念ながら…難しいと思う」

 ネコは下を向く。もし挑戦したとしても、飛んでいけなかったら、現実と同じ時を刻むこの場所で、また一週間過ごさなければならないから。暗にできる、とは言い難かった。


 「やっぱりね…」

 

 できないとは言わなかったネコの答え。だがそれだけで十分だった。ほぼ不可能だとチサは理解した。でも、どうしても彼に会って、声は届かずとも感謝を述べたい。この気持ちは変わらない。


 「残りの時間は現世と同じ世を過ごすわ。そして、あの男の子を探したいの」チサは決心していた。例え彼について何の情報がなくとも、あの場所なら何か手がかりを掴めるかもしれない。そして、あの人ならその手伝いをしてくれるかもしれない…。


 誰も何も言葉を発しなかった。ただ黙っていつものようにネコはチサを背中へと乗せ、チョウはチサの背中にスタンバイする。


 チサはあの温かな喫茶店を頭に思い浮かべていた。




*****




 成仏まで残りあと二週間。チサは喫茶店へと戻ってきた。


 「おかえりなさい」


 石坂はチサになぜ契約日より一週間も早くにこの喫茶店に戻ってきたのか尋ねることはしなかった。もしかしたら、石坂は分かっているかもしれない。だが、そんな些細な彼の気遣いにほっとしたことも事実だった。


 「私、喫茶店の…お仕事の邪魔はしません。お庭にずっといます。でも、厚かましいのですが、お願いがあるんです。ここ一ヶ月ほどの新聞とか、出来たらスマホが好ましいのですが…。何でもいいんです!自分の死の情報を得たいんです!何か貸してはもらえませんか?」


 自分の死後、もしあの青年が捕まっていたとしたら?もしかしたら新聞などニュースになっているかもしれない。テレビもラジオもないこの喫茶店。パソコンや携帯を自身が触れないにしても、手伝ってもらうか、新聞を読むくらいなら自分でも情報集めは出来るはず。石坂の協力がチサにとっては頼みの綱だった。ニュースにもならず、事件にもならず、ただの不審死で処理されていれば、それならば安心する。あの男の子さえ逮捕されていなければそれで良いのだ。


 「そう尋ねられる日が来ると思っておりました」


 チサは願いは簡単に打ち崩された。石坂が持ってきたいくつかの切り出された新聞の記事を目にして。

 

 一番初めに目に入った見出しにはこう記載されていた。



 【医学生逮捕 自殺幇助ほうじょ認める】



 頭が鈍器でガツンと殴られた、そんな感じを覚えた。





*****





 あの日からチサはすべてが良くなってしまった。ただただ庭に咲き誇っている色鮮やかな花を眺めているだけ。言葉も発さず、人形のようにいたずらに時が過ぎるのを待っているようだった。


 ネコはその様子を木の下から眺めていた。慰めの言葉も、同情をかける言葉も伝えなかった。ただ寝転んでチサを眺めているだけ。なぜなら彼女が自身で臨んで知った結果だから。今後彼女がどうするのか。それはチサ自身が決めなければならない。ネコが声をかけて彼女の思考の手助けは出来なかった。離れたところからすっかり気力を失ってしまったチサを眺めることしかできなかった。胸にチクりと痛みがさす。いつの間にかチョウはいなくなっていた。


- 医学生だったんだ…


 チサはあの青年を頭に浮かべた。まだ未成年*であったからなのか?それとも、記者の同情からなのだろうか?記事にはチサ自身のことについては沢山情報があったが、あの青年の情報はほぼ皆無だった。顔写真も、名前も載っていなかった。ただ殺害動機だけが書かれていた。



 〈人の命を救いたくて医師を目指していた。だが、病気のせいで未来に希望が持てず、早く死にたいと考えている患者と初めて会話し、自身の夢がその妨げになっているのでは、と思うようになった。せめて苦痛を感じることなく、眠るようにして来世へと旅立ってほしかった〉



 彼の優しさが分かる動機だった。



 チサはあの青年の本名を知らない。【ドクター・キリコ*】という男のユーザーネームだけだった。

*未成年

今は18歳から成年に法改定されていますが、この時点では20歳未満はまだ未成年として読んでいただけたら幸いです。


*ドクター・キリコ

ある漫画に出てくる登場人物です。詳しくはネット検索してください。

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