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ロミオからの手紙④

 将太の葬式後、数日あけて弁護士は義母の元へと訪ねたらしい。弁護士の話によると、交渉は上手くいかなかったとのことだった。だが、離婚時に作成した証書や二年も養育費が払われていないことを踏まえると、法律が味方をしてくれる。だから心配ないよ、と和やかに微笑んでくれた。


 亜弥は考えていた。自分の両親が死んですぐにあの義母は遺産の事を姉妹に遠慮なく聞いてきた。自分が逆の立場になった今、彼女の心境はどうなのだろう?彼女の気持ちを慮ると胸が締め付けられたが、少し反省して欲しいとも思っていた。


 弁護士にお礼を言って、子どもたちを連れてアパートへ戻った。将太に怯えることのなくなった今、もうここに居なくてもいいのだ。黒田先輩に何て伝えようか、それを思いながら玄関をあける。


 「にゃんちゃん!」


 「いないでしょ!もう!」


 称平の声に光平はちょっと怒りながらそう答える。最近オバケの絵本を読んで、目に見えない存在に恐怖を覚えたのだ。トイレもしばらくの間一人で行くことができなくなっていた。可愛いやつめ、そう思いながら光平の頭を撫で、称平に向かって「いーなーママも猫さん会いたいなー」と呟いた。


 「あっち」称平は台所のテーブルの上を指さす。その先を亜弥も見るのだが、当たり前に何もない。


 「ママー。しょーちゃん怒ってよ」


 光平の戯れた声に思わず顔がニヤけてしまう。本当に可愛い。


 「晩ごはんの用意するけど、カレーでいい?」


 亜弥はそう言って台所に向かうと称平にスカートの裾を掴まれた。「どしたの?カレー嫌?」


 カレーは簡単で栄養も取れるし、何より家計的にも助かる。だからしょっ中作っていたのだが、流石に飽きが来たのか?亜弥はそう思って祥平を抱き抱えた。だが、称平は頭を小さく横に振ってガスコンロの方を指さす。


 「ちっちゃなおっちゃん」


 後ろで公平が足をバタバタ音立てて、「しょーちゃんのばかー」と泣き出してしまった。




***





 この週末、亜弥は黒田に話したいことがあるとメールしていた。彼はいつものように『家へ伺います』と返信をして、お菓子を持ってやってきた。今日は昼間に来てくれた。亜弥はホッと胸を撫でおろす。お礼を言って、紅茶とお菓子を彼に出し、要件を伝える。


 「こんなに毎度よくして貰って本当にありがとうございます」


 「いやいや、人助けが出来てこっちも嬉しいし、晩ごはんまでご馳走になる時もあるから」


 そう言ってニヤニヤする黒田に、亜弥は悪寒を覚える。今日は昼間だからまだよいのだが、時には仕事終わりの夜遅くに家を訪ねてくることもある。例え週末だけとはいえ、毎度毎度それが続くのは苦痛だった。だが、この部屋を無償で借りている手前、変に強く言えないでいた。


 「以前お伝えしていた件なんですが…解決したので実家に戻ろうと思っています」


 「そんな、ずっとここに居ていいんだよ?」


 亜弥は静かに首を振る「実家の方が、姉もいますし…。何かあった時、子どもたちを見てくれる人が一人でも近くにいた方が、私自身安心しますので…。今まで本当にお世話になって申し訳ありませんが…」


 「なら、僕と再婚しよう!そうしたら全部解決するじゃないか!」亜弥は驚いて黒田を見る。「一緒に住めば僕が子どもたちを見てあげられるよ?新しい子どもができたら、もっと賑やかになるに違いない!」


 亜弥は真弥の言葉を思い出していた。


 - 亜弥は男運がないんだから…


 本当にそうだった。彼が毎度家へ来ていたのは亜弥や子どもたちへの心配からではなく、亜弥への好意からだったのだ。気が付くのが遅すぎた。亜弥は後悔したが、意を決して続ける。


 「大変申し訳ありませんが、再婚は考えておりません。いくらか必要とありましたら、お支払いします。でも、本当に再婚はできません」


 となりで称平が「ちっちゃなおじちゃんがんばれー」と何やら一人で応援している。そして、光平が「おばけ怖いよ〜ヤダ~」と言って亜弥の膝下まで泣きついてきた。


 亜弥はその光平の頭を撫でながら黒田に続ける。「今は子どもたちの成長が楽しみなんです。自分のことなんかどうでも良くなるくらい、この子たち中心に世界が回ってるんです」


 「わかった…。今日は諦める。でも、僕は君と再婚したいんだ」黒田は立ち上がり玄関へと向かう。「来週また話そう。出来れば、子どもはお姉さんに見て貰って…。二人で話してそれでも決心が変わらないなら、引っ越してもいいよ」そう言い残して彼は去っていった。


 - 何の上から目線だ?


 亜弥は未だ泣いている光平を抱きしめて不安に思った。黒田に流されないように、もっと自分が強くならないと…。


 一方、称平は隣で手を叩いて笑っている。未だ何もない所に向かって応援のエールを送り続けていた。


 最近子どもたちは二人とも情緒が不安定だ。もしかしたら私の心がフラフラしているのが二人に伝わっているのかもしれない。もっとしっかりしないと。亜弥は自分に喝を入れた。




***



 

 「やっぱり黒田先輩、真弥の言う通りだった…」


 「やっぱり!ハハハ」電話越しに真弥の笑い声がやけに大きく響いた。「で、どうするの?二人きりで話すとか怖すぎでしょ」


 「それでね…」亜弥は真弥に自分の作戦を伝える。


 「まあ、それなら二人で話すことには変わりないんだし、向こうも何も言わないかな?やばそうになったら私がなんとかして助けてあげようじゃないの!」


 真弥の楽しそうな声を聞きながら、亜弥は再度決心するのであった。



***



 その週の週末、黒田は21時過ぎに家へとやってきた。いくら子連れとはいえ、独身の女の元へこんな時間に訪ねてくるなんて非常識ではないか?亜弥は今までの恩を忘れ、少し苛々していた。いつもは「何か食べられますか?」と残りの夕食をだしていたのだが、今日はしなかった。


 「仕事が遅くなってごめんね…」亜弥の普段とは違う雰囲気に、一応黒田は謝る。だが、その声に反省の色はない。「子どもたちは?」


 「姉に見て貰っています。今日は二人で話したい、とのことでしたので…」嘘は言っていない。亜弥は黒田を真っ直ぐに見つめる。


 「どうしてもここを出ていくの?」


 「はい」


 「どうしても再婚は考えてくれないの?」


 「申し訳ありません」


 「どうして!?」彼の急な大声に驚き、亜弥はぴくりと肩を震わせた。「こんなに良くしてやったのに?なんで?なんで俺のこと好きにならないんだ?」


 「本当に感謝しているんです。こんなに良くしていただいて、頭が上がりません。でも…」亜弥はテーブルに頭を擦り付け彼に伝える。「黒田先輩との再婚は考えられません。本当に申し訳ありません」


 黒田はフラフラと立ち上がった。「分かったよ」彼はそう呟いたのだが、亜弥の耳には届かなかった。そして、徐に亜弥の腕を掴み引っ張った。「じゃあ、一回だけ。それで全部水に流すから…。一回だけ」


 そう呟きながら、亜弥を寝室へと引っ張っていった。

 


称平の漢字間違えていました。

すいません。

祥平× 称平○ です。



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