ロミオからの手紙③
光平が生まれてから亜弥は無になった。話を聞いてくれなくなった将太にも、自分の我が儘ばかりをおしつけてくる義母にも、どちらにももう期待はしなくなり、必要最低限のこと以外では関わらなくなった。いつも和やかにおっとりしていた亜弥は、無表情な傀儡人形のように成り果てていた。亜弥の両親も真弥もそんな変わり果てた彼女に実家へと戻ってくるよう、何度も説得した。だが、亜弥の心はもうすっかり廃れてしまっていた。子どもの為にも自分が我慢すれば丸く収まる…。このままの現状維持でいいとあの時までは確かにそう思っていた。
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光平が生まれてもうすぐ二年…、またあの懐かしいムカつきが彼女の体を蝕み始める。すぐに二人目を授かったと理解した。だが、将太に相談することは憚られた。また義母が家に毎日のように訪ねてきて、大きな顔をするに違いない。いくら我慢しているとはいえ、ストレスは溜まっていく…。それが辛かった。
だが、妊娠をいつ、どう伝えようか、と考えていた亜弥に突然の訃報が届く。
暴走した車に巻き込まれ、彼女の両親が二人一緒に命を落とした…と。
真弥も亜弥も病院で立ちすくんでいた。彼女たちの両親は想像していた綺麗な寝姿ではなかった。傷だらけで、思わず目を伏せたくなるようなそれだった。まだまだ長生きすると思っていたのに…。まだまだ親孝行も何もできていないのに…。彼らとの突然の別れに、後悔ばかりが頭を支配し、話しかけてきている葬儀屋の話は全く耳に入らなかった。
だが、そんなどん底にいた姉妹を我に返らせたのは、あの忌々しい義母の言葉だった。
「遺産二人でわけるのでしょう?亜弥さん、せっかくならあの家を譲り受けなさいよ?そして、ご両親の遺産で二世帯住宅にして…。どうしても住みたいっていうのなら、真弥さんが居てくれても良いけど…。そうしたら、私たち皆ハッピーになれるわよ」
そう目を輝かせながら発する彼女の耳には、以前紛失した亜弥のピアスがぶら下がっていた。
亜弥は空いた口がふさがらなかった。こいつは何をいっているんだ?真矢の怒り声が遠くで聞こえる。キレたのだろう。そしてその声を聞いて公平の泣き声も響いていた。そして、何故か肝心の夫はこの光景におどおどしているだけだ。
- 人の、まして息子の嫁の親が亡くなったタイミングでなんてことを言うのか?しかも、将太さん、なぜあなたは義母に何もいわないの?
亜弥の中で何かがプツンと音を立てて切れた。この家の人間と関わったこと…。自分に嫌気がさし、悲しみを通りこして怒りが湧いた。真弥にも、亡くなった両親にも申し訳ない思いでいっぱいだった。
- この家は皆狂っている
この事件後、亜弥は光平を連れて実家まで里帰りすることにした。真弥は何も言わず、ただ一人涙をこっそりと流していた。
「落ち着いたら、早く家に帰ってきてね!遺産の事話し合おうね!」
そんな的外れな将太のメールを受信したとき、「あの家とは縁を切り、離婚しよう」ようやく亜弥の決心が固まった。
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以前担当して貰っていた弁護士と電話を終えた亜弥は、そんな昔のことを思い出していた。
あの後、離婚を切り出した亜弥に、将太は数日くれと言ってきた。そして、後日どうしても離婚前に話したいことがあると将太に呼び出された。真弥に公平の世話を頼んで、念の為弁護士と二人で我が家へと向かう。
そこにいたのは将太と義母と、知らない女の人だった。
「真実の愛を見つけた。離婚してほしい」
会社の女の子と不倫し、子どもができたことで、将太は「彼女こそ赤い糸で結ばれた運命の人だ」と亜弥に離婚を頼んできた。義母も「彼女の方が素直で可愛げがある。あなたと違い、娘みたいな子」と賛同した。
何故だか分からなかったのだが、私から言われて離婚する事に彼らのプライドが許さなかったらしい。あくまでも、あちらから言い出した離婚に持っていきたかったようだ。
さらに可笑しいことに、「両親が死んで遺産が入ってきたのだから、そっちが慰謝料を払うべきだ」とよく分からない理屈で義母にごねられた。
亜弥は頭に血が昇り、彼らに一発ほど殴ってやりたかった。だが、弁護士が上手く立ち回ってくれ、彼らを口で言い負かす。亜弥は弁護士が側にいてくれて心底良かったと思った。目の前で不貞の事実をベラベラ話したことで、最初に想定していた以上の慰謝料を請求する事ができたのだから。
「遺産が入ったのにまだお金にめげついなんて、嫌な子」
最終的にそう言わながらも、慰謝料とお腹の子の分を含めての養育費を認めさせ、こうして無事に離婚が成立しのだ。
***
幸せなで穏やかな日々が帰ってきた。そして、真弥には感謝してもしきれない。なぜなら、仕事も、保育所も彼女のお陰で簡単に見つけることができたのだから。これから一人親として子供たちを精一杯育てていこう、亜弥はそんなやる気に満ちていた。しかしある日突然将太からメールが届くようになり、再度亜弥は悩まされるようになる。
それは、二人目の子ども、祥平が生まれてから一年半ほどたったころだった。
『俺は悪魔に騙されていたんだ。本当の運命の相手は君だったんだ』
『君が一番の理解者だ。今ならやり直せる。気づくのが遅くなってごめんね』
『おふくろも許してあげるって言ってる。早く帰っておいで?もうすぐ結婚記念日だし、ワイン買って帰るよ』
『まだ怒ってるの?あれは僕の本心じゃなかったんだよ。君はまだ騙されているのかな?僕と再会したらきっと気が付くはずだよ』
亜弥はこれらのメールを見て恐怖を覚えた。まるで離婚したことを忘れているかのような口調に…。ネットで調べてみると、それは所謂”ロミオメール”と言うものらしい。どういう神経をしているのか。彼とはもう関わりたくないため、亜弥は急いで着信拒否をする。すると、今度は実家へと手書きで書かれた大量の手紙が届けられるようになった。
『やっぱりキミだけだった。
何も言わずに僕についてきてくれて、
僕の本当の理解者は。
今運命に気がついたんだ。早く帰っておいで』
『まさか新しい男ができたの?
僕は君がそんなふしだらな女じゃないこと
知ってるよ。でも心配だな。連絡ください』
『おふくろも怒ってないよ。
もちろん俺も怒ってない。
二人でやり直そう。いや、四人だね。
息子たちに逢いたいな』
『ブロックしてしまうほど怒ってた?
ごめんね、やっぱり会って気持ちを伝えたいな
今どこかな?向かいに行きたい』
『逢いたい』
何の茶番かと思った。「どうしよう?ほってたらいいよね?それとも誰かに相談した方がいい?」涙目で亜弥は真弥に相談する。
「警察に相談する?でも身に危険が迫るようなものでもないし…」真弥は送られてきた手紙を読みながらそう言った。
「でも突然人が変わったみたいに…。どうしたんだろう?」
「何か噂によるとね?あの人、再婚相手に逃げられたんだって。うるさい姑に、あのモラハラ男でしょ?でもだからって亜弥の元鞘に収まろうとするなんて腹立たしいにも程があるわ!一度、少し離れた所に家を借りたら…?もしこっちに突撃訪問でもされて、何かあってからだと遅いし…」
こうして真弥と訪れた不動産で、黒田先輩と再会したのだった。
話を改定しまくっているため、更新が遅いです。すいません。
多分あと二話くらいでロミオ編終わります。
よろしくお願いします。




