ロミオからの手紙①
「離婚してもう二年経ってるんだよね?」
「そうだよ」
「え、こいつ離婚って意味分かってるの?」
「分かってて欲しいけど……」
「もうロミオ化通り越して、ストーカー化してるよ」実家に届いた何十枚もの手紙の入った銀の缶を亜弥に手渡しながら真弥はため息をつく。「一応全部保管しといたから、ひどくなる前に警察に相談しなよ?」
伊川真弥と亜弥は双子の姉妹であった。近所でも有名な美人姉妹として知られている彼女たちだったが、双子とはいえ性格は正反対。ハキハキとした男勝りの姉の真弥と違い、妹の亜弥はかなりおっとりとした優柔不断な性格をしていた。
「今いる家も大丈夫なの?黒田ってあの男バスの先輩のでしょ?万年補欠で、ほら、あのいっつもニタニタしてる人…。あの人とそんなに亜弥って接点あった?」
「いや、たまたま不動産屋の担当者が彼で…。あの人の事相談したら、破格の条件でいいからって、今のところに住まわしてもらってるの。でも、ずっといるわけにはいかないし…。将太さんのことが片付いたら、すぐにこっちに戻ってくるつもり…」
「どうせ、亜弥のことだから強引に言われて頷いたんでしょ?亜弥は特に男運ないんだからさ、もっと気をつけなよ」
「分かってるわよ…」
「今は一人じゃないのよ?子どもたちがいるんだからね!私だって出来ることなら協力はするけど、まずは亜弥が変わらなきゃ!」
「そうね…真弥の言う通りだよ…」
「あと、はやく弁護士に相談して、さっさと養育費の件もしっかり詰めなよ!!不倫相手と離婚した途端送って来なくなるって、アイツは一体何様よ!そしてそれをほっておく亜弥も亜弥よ!いい?養育費は子どもたちの権利なの!もっとしっかりしなさい!」
亜弥は隣で寝ている息子たちを眺める。私も真弥のようにハッキリとした性格だったらよかったのに…。こんな母親で子どもたちは不幸にならないだろうか?不安の渦が彼女の心を支配する。
プルルル プルルル
突然鳴り出した電話の着信音が二人の沈黙を破った。亜弥と真矢はお互いの顔を見つめる。携帯が鳴ることはあっても、家の固定電話が鳴ることは大変珍しいことだった。なんだろう?真弥は首を傾げながら立ち上がり、恐る恐る電話にでる。
「はい、伊川です」真弥は電話越しの声を確認した途端、眉を顰めた。亜弥はその様子を不安げに見つめている。二言、三言簡単に話したのち、真弥は亜弥に電話を差し出した。「元旦那の姑だって。彼、事故で亡くなったそうよ」
亜弥は時が止まった。だが、不思議と悲しいだとか、辛いだとか、そういう感情は一切感じなかった。まるで芸能人の訃報をテレビ越しに見て衝撃をうける、そんなものであった。
「お久しぶりです。代わりました。亜弥です」
***
「通夜か葬式出なくていいの?」
亜弥は電話後、家へと帰る支度を始めた。そんな亜弥に真弥は疑問を投げかける。
「あの母親ね?私になんて言ったと思う?」
「さあ?何て言ったの?」
「立派なもので送り出してやりたいから、葬式代肩代わりしろって、元嫁なんだから当たり前だろって」
「はあ?何それ?離婚したら赤の他人じゃん。やっぱ頭いかれてるね。あっち」
亜弥は苦笑する。「今後の養育費の事、早く弁護士さんに相談したいの。だからもう帰るわ」
「いいけど…、困ったらいつでも相談しにおいでよ?ここは、亜弥の家でもあるんだから」
***
「本物の愛を見つけた。その人と結婚したい」
二人目の子どもを出産した直後にそう言わた。それは今から二年前、将太と結婚して三年目の事だった。
***
彼らの出逢いは今から六年前、友人の結婚式の幹事をした時に出会った。将太は新郎側の幹事の一人であった。
気が使えて、とても優しく、紳士的な振る舞いで寄り添ってくれる…。そして優柔不断で人に流されやすい自分と違い、ハキハキと自分の意見を述べる彼に亜弥は次第に惹かれて、いつしか恋に落ちていた。二人だけで過ごす時間も増えていき、恋人となるのにそう時間は掛からなかった。
そして出逢いから一年後、出会いのきっかけとなった結婚式場にあるレストランでプロポーズを受ける。
亜弥は幸せだった。結婚してからは、「家にいて欲しい」との将太の願いもあり、仕事を辞めた。実際、よく仕事場でもお局職員に嫌味を言われいびられていた為、結婚と共に退職出来て清々していた。だから将太の為に家事を完璧にこなし、彼の為に何でも尽くした。全く苦痛ではなかった。むしろ亜弥は幸せだった。
だが、一つだけ不満があった。それは義母の存在である。彼女は隣の県に住んでいたのだが、週末になると何故かしょっ中新婚の我が家へ来ていた。平日は二人の時間が取れないから、亜弥としては休日は夫婦二人でゆっくり過ごしたかった。だが、彼女はそれを彼に伝える勇気がなかった。彼にも、彼の母親にも、どちらにも嫌われたくなかった。
「亜弥さん、味噌汁が薄い」
「亜弥さん、もっと魚料理を勉強しなさい」
「亜弥さん、ここの埃がとれてないわ」
始めは、皆藤家の味を伝授したり、新妻に家事のイロハを教えたりしているだけだ、と義母の訪問を我慢していた。だが、義母の口出しはだんだんエスカレートしていく。
「この下着は何?こんな派手なの!はしたないわ…。捨てなさい」
「このカバンは何?母になったら、こんなブランド品のカバンなんて不要になるのよ…。私が預かっておくわ」
「なんでこんなに沢山の服とかコートがあるの?結婚したら不要でしょ?場所をとってるのだから、断捨離しなさい」
家事の事だけではなく、全く関係のないことまでにも口を出すようになってきた。時には亜弥の私物を勝手に漁り、理由をつけて持って帰ったり、夫婦の寝室へと勝手に入ってきては、『はしたない』だとか『下品だ』だとかひたすら亜弥を責め立てることもあった。
ある日、とうとう我慢が出来なくなり将太に初めて自分の思いを打ち明けた。
「お義母さんね、私の事を思って言ってくれてるとは分かってるの。でも…、こっちに来る頻度が高すぎると思うし…。勝手に私のものをいろいろ漁って持って帰ったりもするのよ?」
将太は一人っ子だった。それに父を彼がまだ小学生の時に亡くしている。母と二人で過ごした時間が長いゆえ、母の味方をするのは目に見えていた。だから、出来るだけ言葉を選びながら彼に伝える。
「親しき間も礼儀あり、って言うでしょ?まだ私たち新婚だし、二人の時間を大切にしたいから…。少し訪問を控えて貰えるよう、それとなくお義母様に言っては貰えないかな?」
「一人で住んでるから、寂しいだけだろ。まあ、それとなく伝えとくよ。なーに!俺のおふくろは優しいし、怒らないよ」
だが、どんな伝え方をしたのだろう?この夫婦二人の歯車が狂い出していく事件が、その後起こることとなる。




