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ロミオが愛したヒト⑥

 ネコが見た手紙にはこう書かれていた。


 『一時の気の迷いだったんだ。確かにアヤより年は若いけど大丈夫。いつでもキミが一番だよ。だからいつまでも不貞腐れていないで、我が家に帰っておいで。怒らないから』


 「これ何?」

 

 「アヤに宛てた手紙に決まってるじゃん。いつまでも帰ってこないから…心配して」


 ネコは絶句した。一瞬自分の感覚がおかしくなったのかと思った。「え?離婚してるんじゃ無かったっけ?」ようやく絞り出したのはこの一言だけだった。


 「だから、あれはアヤが騙されてたんだよ。彼女は本当は俺と別れたくなかった筈だから……」


 ネコは少し悪寒を感じた。そして、床に散らばっている他の手紙にも目を向ける。

 

 『今日は初めてアヤと出会った場所に行ってきたよ。アヤも覚えてるだろ?あそこでプロポーズもして、二人は結ばれたんだよ。また君とここで逢いたいな。結婚記念日に予約したから是非来てくれないかな?もう一度やり直せると思う。僕を信じて』


 『おふくろももう怒ってないよ。確かに君のお爺さんのものだったかも知れないが、僕たちは夫婦だろ?一緒に何でも共有しないと。早く帰っておいで』


 『君たちのいない部屋はとても広くて、とても寒いよ。子供たちも大きくなったのかな?そろそろ会わしてはくれないだろうか?もう一度家族四人で一緒に住みたい』


 『ブロックはいつ頃外してくれるのかな?あ、イヤ、想いは手紙の方が伝わるよね。気持ちは分かるよ。でも、たまにはアヤからの手紙が欲しいな。いつでもいいから待ってるよ』


 ネコはこれ以上の手紙を読むのを辞めた。少しの恐怖を覚えたからである。


 「魂にこんなこと言うのもあれだけど…どんな思考回路していたの?」


 「いや…。離婚って本気で言ってるって思わなくてさ。愛を伝えたらまた戻って来てくれると思って……。でも!ほら!みてよ!!ちゃんと俺からの愛の手紙を大事に仕舞ってくれていたじゃないか!やっぱり俺たちは運命の糸で結ばれていたんだ…」目を輝かせながら、散らばっている手紙を愛おしそうに撫でる。


 「いや、これ怖いよ?」ネコはショウタを直視できなかった。言いようのない恐怖が中の心を支配し始めていた。「別の意図で保管してたんじゃないの?」


 「怖くないだろ!」ショウタは、ははっと笑ってネコの言葉を一掃する。「愛しかこもっていないじゃないか!アヤは俺の不倫で、愛を見失ってしまっただけ。またすぐに俺の元へと帰ってくるよ!ただ…先に俺が死んでしまった。悔やんでも悔やみきれない。どうしたらこの思いを彼女に伝えられる?」


 ショウタはまるで何かの芝居でもしているように頭を抱えて、大袈裟に悲しんでいた。


 ネコは大きなため息をつく。


 「そりゃぁ、奥さんも出ていくよ。怖いもの……」


 ネコの呟いた声はショウタに届く事はなかった。





*****





 こうしてショウタとネコの旅は六週間で幕を閉じることになった。





*****





 六週間後。喫茶店の草花と大きな木が覆い茂るテラスに戻ってきたショウタを見た石坂は満足げに頷いた。以前会った時はあんなにも怒り狂っていた男が、今では和やかに微笑んだ顔をしていたから。木漏れ日に照らされた彼はスッキリした顔で「ただいま」と石坂にお辞儀をする。


 「この六週間の旅は如何でしたか?」石坂はショウタに問う。


 「アヤの愛情を再確認できた素晴らしい日々でした。ただ、一つ気がかりなのは母親が一人残されてしまった事です。再度二人が仲良くしてくれたら、こんなに嬉しい事はないのですが…」


 ネコは見を見開いた。


 - こいつは何を寝ぼけた事いってるんだ!?


 だが、事情を知らない石坂はいつものように、自分に憑依する様に勧める。


 「憑依をすると、私を介してですが…、普通の人間に戻ることができ、そのお姿でできなかったことができるようになります。例えば、ご飯を食べたり…、花の匂いをかいだり…、人に手紙を書いたり…、溜めていた涙を流したり…」


 「もう、一回憑依は経験したんだけどな…」そして、ある事を閃いて石坂に問う。「アヤの手料理が食べたいって言ったら叶えてくれるの?」


 石坂は苦笑した。


 「可能かは分かりませんが、私がアヤさんのところへ行き交渉する事はできます。手料理を見知らぬ私のようなものに渡してくれるかは分かりかねますが……」


 「それもそーだな…」


 一度クロダへの憑依の経験のあるショウタは、石坂に憑くことは難しくなかった。だが石坂の意識を感じ取った時、ショウタは石坂を通して涙を流す。自分が情けなく感じられた。


 その後、ショウタは石坂に甘えてやりたい事は何でもやった。食べたいものも、飲みたいものも、再度ネコに触れることも…。石坂の体を通しているとはいえ、五感を取り戻すことのできたこの日々は大変幸せであった。だが、やはり母やアヤ、子供たちなど残された自分の家族を思うと胸が締め付けられ、苦しくなった。


 「やっぱり皆仲良しが一番だよ…。仲直り何とかさせたいな…」


 ショウタがポツリと零した言葉に石坂は手紙を勧める。思いを伝えるならこれが一番良い方法だ、と…。


 ネコは言いたい事が沢山あった。これ以上アヤに手紙を送るのは可哀想、だとも…。でも、それは自分の仕事の枠を超えたものである。ネコは結局口出しをすることをやめて、何枚も何枚も留めなく手紙を書いているショウタが憑依した石坂を左目で見、大きなため息を何度も何度も落とした。



 ただ、一枚のアヤ宛ての手紙を見た時、ネコはそれを咥えて急いで大きな木の麓へ持っていき、それを暫く隠すことにした……。




***




 こうして最期、彼は温かな光に包まれながら無事に成仏していった。

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