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ロミオが愛したヒト⑤

 そんなこんなで彼と共に過ごしたこの約三週間。ネコが新たに発見し理解したものが三つあった。


 まず一つ目、不審者の男について。


 彼の名は『クロダ マロ』と言い、なんとアヤとその子どもたちの暮らすアパートの所有者だった。更に付け加えて、彼はアヤの学生時代のバイト先の先輩でもあるらしい。話の流れから、お金が無く困っていたアヤに無償で無期限もの間この家を提供しているようだ。


 「お金に困ってるのって、キミのせいでないの?」ネコはショウタに問う。


 「……」彼からの返事は無かった。



 クロダは平日の朝、アヤが仕事に向かうために家を出たのを見計らって、部屋へと忍び込む。そして寝室で卑猥なことをほぼ毎日飽きずに繰り返していた。休日になると、何か困ったことはないかと、しょっちゅうこの家を訪ねてくる。アヤは親切にしてもらっている手前、彼の訪問を無碍にできない様子であった。リビングで子供たちも含めて四人で晩御飯を囲む。はたから見れば仲の良い家族に見えなくもない。


 一方で、ショウタはこの男が来るたびにクロダへとなにかモノを投げつけようとするのだが、まだ一度も成功はしていない。



 二つ目、アヤの子どもたち。


 上の子はコウヘイと言って齢5歳、下の子はショウヘイと言って齢2歳の男二人兄弟。ショウタはコウヘイとはアヤが家を出て行くまで共に暮らしていた、と言ってはいるが、下の子には会った事すらないと言う。そして、中でも厄介なのがショウヘイである。彼にはショウタとネコの姿が見えていた。


 「にゃんちゃん!ちっちゃなおっちゃん!」


 ショウヘイは笑顔でネコに近付き、尻尾で遊び出す。


 「ママ!ショウちゃんがまた変なこと言ってる!」コウヘイには彼らの姿は見えない。苦笑いを浮かべる母親の側に行って、如何にも泣きそうな顔のまま言葉をつなぐ。「おばけ怖いよぉぉぉ」こうして最終的にはいつも泣いてしまうのだ。



 そして最後……


 「こんなに尽しているのに、なんで再婚は考えてくれないんだ?」


 こうクロダがアヤに聞いた時に判明した。


 「え、キミ離婚してたの?」ネコはびっくりして横でフォークをクロダに向かって投げようとしているショウタに尋ねる。その後ろではショウヘイが「ちっちゃなおじちゃん、がんばれー」と可愛らしく応援していた。


 そう、三つ目は彼らは離婚しており、元夫婦という関係性であるという事。


 「アヤが騙されてな…」ショウタは答える。「あの時は俺もカッとなってつい離婚届にサインなんてしてしまったが…。やっぱり、もう一度やり直したいな……」


 「……」ネコは言葉を失う。もう五週間も共に過ごしているのに、肝心なことを知らなかった。「ねえ、まさかとは思うけど、アヤさんにお金が無いのって…まさか……」


 ネコの声にショウタは力なく笑う。「勝手に出て行った奴に払うお金なんて無いからな」


 「でも、コウヘイはキミの息子なんだろ?」


 「ショウヘイは誰の子か分からないじゃないか」


 ネコは再度黙る。ようやくこの男の本性が見れた気がした。だが、もう彼との旅も終盤である。自分にできる事は何もない。


 「そう言えば、もうすぐ今週も終わるよ」


 取り敢えず、ネコは話を変える事にした。


 「月日って早いな……」


 「最後の週は喫茶店で過ごさないと行けないから、実質次の週が現世で過ごす最後の時になるからね」ネコは念を押す。


 「分かってるよ。絶対アイツをここから追い出してやる」自分が動かせなかったフォークをいとも簡単に持ち上げているショウヘイを見ながら、ショウタは呟いた。「俺の一世一代の最後の勝負だ!」



 彼の目は奥底で燃えていた。





***




 「ねぇ、これ何?」怪訝な顔をしてネコはショウタに問う。「キミも大概なヒトだったんだね……」



 


 ーー遡る事二時間前


 

 いつものようにこっそりとクロダが部屋へと入ってきて、今日はベランダに干してあったアヤの下着を口に咥え、リビング内を歩き回っていた。


 「今日こそアイツに怖い思いを……」そう言ってクロダに近づいた時だった。ショウタは台所にあった洗われたばかりの食器をクロダに投げつける算段であった。だが、クロダの手がショウタの伸ばした手と重なり、意図せずクロダの魂と触れ合ってしまった。「えっ!?」そう驚いたのも束の間、クロダの意識がショウタに中に流れ込んでくる。


 「早く離れろ!」ネコは目の前で起こっている事に慌て、ショウタに叫ぶ。だが、目の前に居たはずのショウタの体が白い煙のようなモノに変わり、少しずつクロダの中に入り込み始めていた。「ダメだ!おい!返事をしろ!!!」




・・・・・・。




 「何だ?こいつめっちゃキモいんだけど…」目の前にいるネコは目を丸々と見開いて驚いて自分を見ていた。「どうした?何か変なことが起きたんだけど…どうなった?」


 ネコは目の前の光景に絶句していた。早くても2、3日はかかるのに……。一瞬でやりやがった…。「その…体動かせる?」


 「?当たり前だろ?」だが何故かいつも以上に体が重たい。何かあったのか?胸のあたりを触ってみる。何かに触れた。恐る恐る触れたモノを自分の目の前まであげると、それは先程までクロダが咥えていたアヤの下着だった。「えっ?」それを驚いて放す。そして自分の肉のない細い腕を見てまた奇声をあげた。「え?何だこれ!?」


 ネコは足元に近づいてくる。「体の調子はどう?」


 「重たいかな…」


 「キミは今クロダの体に取り憑いてる状態だよ」ネコは目を伏せて続ける。「本当は最終週に行いたかったんだけど…、どうしようか……。うーん」ニンゲンの様に手を頭に乗せて抱え込み悩んでいた。その姿は実に可愛らしい。「きっと何週間も魂を触って動かす練習をしていたから、今回の事が出来たのかも……。とりあえず、今は動かずに……って何してるの!?」


 急に目の前の男は服を脱ぎ出した。「こいつを全裸で外に放り出すんだよ!今俺が乗っ取ってるって事は、コイツにあらぬ罪を擦りつけることだってできるだろ?」ショウタが取り憑いたクロダは怪しげに笑みを浮かべる。「公然わいせつとかで捕まらないかな〜」声は楽しげだった。


 「絶対にダメ!」全身の毛を奮い立たせ、ネコは叫ぶ。それはショウタが初めてみるネコの怒りであった。「そんな事したら、キミは悪霊となって成仏出来なくなる!絶対にそれは認められない!」


 ネコはクロダに飛びかかる。何としても早くショウタをクロダの中から出さないと!魂が現世や先の世で罪を犯した後に訪れる恐怖を、ネコは誰よりも知っていた。ネコはクロダの体に爪をたて、ショウタを呼び戻そうとする。


 「痛い!」ショウタが叫ぶと同時に、クロダの口から白いモヤが出できた。そしてそれは少しずつショウタの姿へと形成していく。


 「ぎゃーーー!」小さなショウタがクロダの足元に姿を現した時、クロダは叫び声をあげた。そして、床に散乱した自分の服を急いでとってその場から一時離れる。「ぎゃー!ぎゃー!」だが、それでも彼はまだ何かに怯えているようだった。クロダは部屋の中の至る所に体をぶつけながら部屋中を逃げまどっている。数十分後にようやく彼はこの家から出て行ったのだが、外にでても未だに聞こえくるクロダの叫び声にショウタは驚く。


 「一体どうしたんだ?」


 「キミ以外の魂や、悪霊となった成仏できてないものが見えるようになったんだよ。一度取り憑かれたニンゲンはヒトによるけど、暫くの間、この世の全てが見えるようになるんだ」ネコはショウタに体を擦りつける。ショウタは茫然とクロダによって散らかされた部屋を立ちすくんで眺めていた。

 



***




 「ねぇ、これ何?」


 ネコは台所近くに散乱している手紙をさしてショウタに問う。近くに銀色の缶が蓋のあいた状態で転がっていたことから、クロダがぶつかった拍子にばらまかれたものだろうと簡単に想像がついた。彼らはそれに近づく。ふと、一枚の手紙が目に入りネコがそれを読み始めた。「キミも大概なヒトだったんだね…」

分かり辛くてごめんなさい。

長くなってしまったので変なところで切ってしまいました。


そして、ここまで読んで下さり本当にありがとうございます。

次回でこの章は終わり、アヤ視点へと移ります。

後、もう一話だけお付き合い下さい。

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