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01. 喫茶店

 りょうは今日もあの長い急な階段を登り、あの森カフェ『喫茶nana』へと向かっている。


 「あ、こんにちは〜!」


 階段の途中で杖をついて同じ方向へと向かうご老人が目に入った。「武藤さんは毎日来られているのですね」りょうは武藤の元へと階段を駆け上がる。


 「もう日課だよ」武藤は優しく笑う。「りょうちゃんはまたお願いしにきたの?」


 「はい!」


 「ブレないねぇ」武藤は豪快に笑った。


 りょうはニャン太からの手紙を受けっとって以降、毎日ではないのだが、週に二、三回この喫茶店へと通っていた。今では常連客の武藤とすっかり仲良くなっている。


 階段を登りきり、緑の道を抜けて、蔓が覆い茂っている建物の前へやってきた。「いつ来ても圧巻だな」と、りょうは胸を高鳴らせる。右奥の唯一蔓がはっていない扉をゆっくり開ける。


 「いらっしゃいませ」と石坂の低い声が優しく響いた。


 「いつもので」武藤はそう言って、カウンターの彼の特等席に座る。りょうも彼の後を追い、隣へと腰掛ける。


 今日はテーブル席に親子連れが1組いた。幼い子を連れた母親のお腹は大きく膨らんでいた。彼らは遅いランチをとっているようである。緑鮮やかな野菜にピンク色の小さな花が散りばめられたサラダに、焼きたてのパンと温かな香ばしいスープの香りがりょうの鼻をくすぐる。


 「りょうさんは何になさいますか?」お絞りを彼女に出しながら石坂は問う。


 「雇ってください!注文は以上です!」


 りょうはカウンターに頭を擦り付け、頭の上に両手を重ねていつものようにお願いする。彼女は時間がある時は必ずこの喫茶店へと足を運び、石坂にこのお店で雇ってもらえるように交渉していた。だが、彼の答えはいつもNOであった。


 「何度もお伝えしてますが」石坂は眉を下げる。「お客様はいつもまばらで、私の店は人を雇う余裕は無いのです…。申し訳ありませんが……」


 「でも、ここで働きたいのに…」りょうは少し考える。「私ネットに強い方なので、集客とか頑張りますよ!任せてください!」だが、石坂はその提案に首を振る。どんなに頼んでも彼は決して彼女の提案を受け入れてはくれないのだ。りょうはしょんぼりと下を向いた。


 「まぁ、まぁ」武藤が二人の会話を遮る。「りょうちゃんに『今日のデザート』を出してあげて。お爺さんからのプレゼント」武藤はそう注文した後、石坂に問う。「マスター、改めて言うほどではないんだが、私はこの喫茶店が大好きなんだ。毎日、朝とこの時間計二回も来るほどにね…」


 「一日に二回も来ているんですか!?」りょうは驚く。


 「この歳になると、リハビリが必要になるんだよ」武藤は肩をすくめる。「マスター、こんなのはどうだい?あなたは数ヶ月に一週間ほど喫茶店を閉めるだろう?私はその間、ここにリハビリも来れないし、あなたの美味しいご飯も食べられない。もし、構わないのなら、りょうちゃんにはその期間だけお手伝いをしてもらうっていうのはどうだい?」


 「しかし…」石坂は答えに渋る。「それは、私だけの問題ではありませんので」そう言って武藤に香りのとても強い珈琲と、りょうに花で彩られた可愛らしいチーズケーキを出した。


 「可愛い!」りょうは目を輝かせ、チーズケーキの写真を撮り始めた。こうしてみると、やはりまだまだ女子高生なのだと感じる。


 その様子を武藤は微笑ましく見ていた。


 「私も後先短いよ」彼の声はりょうには届いてはいないようだった。


 「そんなことないですよ」


 「自分の事は自分で分かるもんだ。もう迫ってきている。その時が来たら、私はりょうちゃんにも会いたいね」武藤はそっと石坂に柔らかな微笑を向ける。


 彼らの会話はもうりょうの耳には入ってはいなかった。目の前のチーズケーキは見た目も美しく、食べると濃いチーズの爽やかな甘さを感じる。


 「今までで一番美味しかもしれない!」


 そう言ってケーキを頬張る彼女の顔は幸せに満ちていた。



 次からロミオ編始まります。

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