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インコの伝言③

 会社へと通勤を再開した仁は、まるで抜け殻のようだった。彼がお金を稼ぐのは、茜の治療費の為だった。彼が仕事を一生懸命していたのは、茜も治療を頑張っているからだった。茜がいなくなった今、彼は何の為に仕事をするのか意義が分からなくなっていた。


 会社内では嫌な話だって耳にする事が増えた。違う派閥の人たちが「死ぬ死ぬ詐欺の奥さんがようやく逝ったらしい」と自分の噂をしているのが聞こえた。だが既に怒る気力さえ彼にはなかった。


 家に帰ってもご飯を食べる気力すらなかった。いつもは茜とテレビ電話しながらとっていた食事も、一人で食べると味を感じない。より孤独を感じ、食欲は日ごとになくなっていった。


 食事も程々に、何故だか凄く重たく感じる体で這うようにしてベットへ向かう。この苦しみを早く時に解決して欲しかった。だから早く眠りにつきたかった。だが、目を瞑っても一向に眠気は来ない。仕方がないので、冷蔵庫に常備してあるビールをありったけ胃に流し込み、眠りに落ちる。




 寝ている間はいつも幸せな夢を見た。茜が自分の頭を撫でて仁を褒めている。


 「充分頑張ってくれたよ。私は幸せだったよ。ありがとう。もう、泣かないで」


 そこにいる茜はもう何年も見なくなっていたあの輝かしい笑顔をしていた。




 だが目を覚ますと現実に引き戻される。二週間ろくに掃除をされていない、脱ぎ散らした服とゴミで散乱している汚い部屋しか目に入らない。彼はノソノソとベットから出てカーテンを開けた。日に照らされたぴーちゃんは、仁を見て「オカエリヒークン!」と切なげに鳴く。


 「おはよ、先に茜にでんわ…」 

 

 そこまで呟いてから我に返りため息をつく。自分で自分が嫌になる。もう茜はいないのに、こうなる事はもうずっと前から分かっていたはずなのに……。未だに茜の面影を探している自分が情けない。頭をガシガシと思い切り掻いて、ぴーの餌の準備をした。ただ一匹の大切な家族であるインコの頭をそっと撫でる。柔らかく笑うぴーをみて、再度茜がフラッシュバックし、仁は目頭が熱くなった。


 「ナナナナナクナ」


 急に鳴くぴーに驚いて目を見開く。それは、初めてきくぴーの新しい言葉だった。仁は驚いてもう一度ぴーを撫でる。


 「ワワワワワラエ」


 仁は餌を落とした。中身が床に飛び散った。ぴーが新しい言葉を話している。聞き間違えか?話す言葉はよく理解できなかったのだが、明らかにぴーは仁に何かを伝えようとしている。


 「ぴーちゃん?」


 「ナクナナクナ。ワラエエエエエ」


 ”泣くな、笑え”


 ようやくぴーの伝えたいメッセージが分かった。何故ぴーが新しい言葉を話したのか…、仁のつい期待を込めてしまう。何度考えても行きつく答えはただ一つ。あり得ない。だが、ぴーは茜の言葉しか覚えないのだ。バカな考えだとは思ったのだが、ぴーを通して茜にそう言われた気がどうしてもする。だらしなく日々を過ごしている仁に茜が化けて出たのかもしれない…。真偽はどうでも良かった。ただ、ぴーの言葉に、仁は膝を抱えて泣いた。泣くなと言われたばかりだけど泣いた。


 「茜、ごめんな…。死んでまで心配かけてごめんな……」


 仁の啜り泣く声は静かに部屋に響いた。





*****






 茜が亡くなってもうすぐ四十九日の法要。この頃には仁の精神も落ち着いてきた。ようやく茜の死を受け入れ、少しずつ自分というものを取り戻していた。


 法要前に一度義実家へ行くことにした。精神が崩れ、見ていられないほど傷ついていた仁はそこにはいなかった。義両親はそんな彼に安堵し、喜んで迎え入れてくれた。応接間に通され、仏壇にいる茜に手を合わせる。心配かけてごめんね、と。


 そして義両親と今後のことを話し合った。仁は分かっていた。彼らが仁を突き放す理由を。でも、仁には茜は愛おしい妻であり、大事な家族なのだ。だから、これから彼らとぶつかる事が何度あったとしても構わない。両家にとって最善の策を、時間がかかってもいいから話し合おう、と決めていた。


 「前を向いて進んで欲しい。過去だけには囚われないでほしい」


 茜の父の願いはただそれだけだった。




 法要はあっという間に終わった。本当は自分は薄情な人間なのではないか?そう自分に少しの疑念を向ける。もう涙を流す事もなくなった。茜の話をする時だって、ま胸がチクチク痛くなる時もあるが、それでも笑顔で彼女を思い出す事ができた。


 法要後の昼食時、詩乃が知らないご老人に声をかけられていた。最初彼女は怪訝な顔をしてその老人をみていた為、不審者かと思い、仁は助け舟を出そうと彼女に近寄る。だが、何かを手渡され、それを見た瞬間、彼女は大粒の涙を流し始めた。その後、そのご老人とボソボソと話をし始めた。入ってはいけないような空気が流れた為、仁はその場を後にする事にした。




 その夜、仁は家に帰った後、ぴーちゃんをケージから解き放ち、茜とのアルバムを一緒に見ていた。ぴーちゃんも彼女の顔を見ると「アーチャンアーチャン」と鳴いて、喜びの舞を踊っている。それを微笑ましく見ていた時、玄関のチャイムが鳴った。時計を見ると21時を過ぎていた。宅急便ではない。怪訝な顔をして、玄関のモニターを確認する。そこには、法要後に詩乃と話していた黒縁眼鏡をかけたあのご老人が立っていたのだ。


 「はい」恐る恐る出る。


 「大槻仁様ですか?」


 「はい」


 「茜さんからお預かりしたものを届けに参りました」


 「失礼ですが、茜とはどのようなご関係でしょうか?」


 「喫茶店で知り合ったものです」


 茜は確かに人見知りのしない社交的な人間であったが、喫茶店で知り合っただけのような人に何かモノを預けたり、自宅の住所を勝手に教えたりするような子ではなかった。ましてや、この法要の日にタイミング良く家に来るなんて……、この老人は怪しさMAXだった。


 「何の預かり物ですか?」


 「お手紙です」仁は一度考える。


 「それなら、郵便受けに入れておいてください」


 「承りました」意外と簡単に引き下がった。


 手紙の内容は気になるが、このご老人と話をする事に気が引けた。明日会社に行く前に一度郵便受けを確認してみよう。軽い気持ちを抱いたまま仁は眠りについた。

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