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アフター・コロナは物書きの世界  作者: 場末の予言屋
第四章 形から始める「文豪気分」
37/73

ここから先「読むべからず」

ここから先は「タバコの話題」が中心になります。


従ってここから先は「読むべからず」


もしくは、十分留意していただくと共に、不快な記事等は予めご了承の程お願い申しあげます。



さて、お詫びも済んだ事だし、言いたい事を言わせてもらおう。


世界中でタバコと酒が悪者になっているが、過去・現在・未来の時間軸から見たとき、ただの「魔女狩り」だった事に気付くだろう。


ほんの50年程前の日本。


酒とタバコは大人の証であった。


「酒も飲めないなんて、女の腐ったような奴だ」


こんな差別用語の固まり的な会話も、日常だった。


確かにこう言った言葉は、間違い無く「魔女狩り」である。


しかし、現在の禁煙風潮も、立場と時代が変わっただけで、やっている事は同じである。



「山これ山にあらず

   これを山と言う。

 川これ川にあらず

   これを川と言う。」


道元禅師の正法眼蔵にもある通り、「存在と認識」それ事態が相対である。


一昔前に比べ、食に対する意識が高くなっている現在、「砂糖の麻薬効果」が問題となっているが、これもナンセンスだ。


そもそも、人が生きて行く為に用意されたのが、A10神経系であり、脳内麻薬物質のドーパミンである。


「人体を機械とみなす」

思考の土台をここに置いた場合、食事をして美味しいや、彼女とデートして楽しいなどの幸福感は、すべて脳内麻薬物質が、それぞれの神経系に放出される事で起こっているだけである。


このスタンスで思考を整理した場合、砂糖の害も食事をする幸せも、起こっている事は同じである。


ただし、程度と言うものは存在する。


ちなみに、砂糖の致死量は2kg、塩の致死量は200gである。


塩と言えども、一度に200g摂取すると、成人男性の半数近くは死に至る。


例え、砂糖や塩と言えども、程度を誤ると害となる。


しかし、「塩や砂糖の無い食文化」など想像する事すらできない。


文化は所詮遊びである。


「遊び相手に堅いこと抜かすな、人生が枯れるぞ。」


・・・・・・と言いたいところはグッと堪えて。


ただし、現在のシガレット(紙巻きタバコ)文化は、「産業革命やクリミア戦争から始まった、戦争の時代・経済の時代」によって作られた、大量生産・大量消費の画一化した文化によって醸成されたものである。


大人になったら猫も杓子もタバコを吸う、こんな時代そのものが、「市場主義経済に踊らされた異常な文化」だった事は反省すべきである。

※ちなみに、1965年「30~50歳の男性喫煙率」は 85%を越えていた。


さて、好き放題言った事だし、次は「異文化の融合」を狙って、フラッグを立てる事としよう。


何分、私的な事情になるがご容赦の程を。


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