朝の憂鬱
好きな女の子が死ぬ、そんな夢を見た。
でも、俺は大して焦らなかった。何故か。理由はわからない。彼女は現実では死なないと高を括っているのか、それとも彼女に対しての熱が冷めているのか。
まぁ、そんなことは割りかしどうだっていい。俺がどんな夢を見たところで現実は変わりやしない。俺は特別では無いのだから、主人公なんていないのだ。
しかも夢なんてのは神様が見せてくれるものではなく、自分が考えるものなのだ。俺はきっとそんな妄想をしていたのだろう。それだけだ。
とりあえず制服を着よう。上からボタンを一つ一つ付けていく。あぁ、これが一番だるいかもしれない。いや、ベルトを巻きつけるという行為も日によってはだるいが、今日のズボンにはベルトをつけたままだ。ボタンを付ける行為に比べればまぁ、マシだ。
「実〜 もう時間よ〜」
「もうわかってる!」
母の声に少し苛立ち混じりで答えた。
全く、わかってるさ。時間の管理くらい少し賢しい小学生でもできる。高校生は言わずもがな、いや、できなければならない。もしできていなければ、そいつはきっと社会に出れないだろうな。
階段を流れるように降りて、玄関に立つ。玄関のガラスは薄く透明に輝いている。
はぁ〜 憂鬱だ。靴を履きたく無い。でも、まだマシかな。俺としてはボタンを閉める時の方が憂鬱だ。ボタンを閉める時はもう本当、やりたく無いの一言に尽きるのだが、今はそんなのより仕方がないというか、もう流れ作業というか、そんな感じだ。ここまで来て、休むという手はない。
靴を履いた。そして少し自分に忘れ物がないか振り返る。今日は出さなければならないプリントがある。進路希望の紙だ。ハンコを押してもらった。内容は、最悪学校で書いてもそんなものだ。どうでもいい。大丈夫だな。
玄関を開けると先にはいつもの道路があった。アスファルトやコケや前の家の玄関やらが見える。この街は田舎気味だ。もちろんフィクションに出てくるありきたりな田舎に比べると見劣りするだろう。でも、バスや電車は1時間に一本レベルだし、近くには田畑があるし、アニメイトなんて県庁所在地まで行かなきゃいけない。そしてその県庁所在地に電車で行くまで何駅跨ぐか、十駅近いと思う。車では1時間近くだ。遠いっちゃ遠い。
でも、この街から出ていこうという意識も薄い。東京に行きたいという感情がないのだ。もちろん東京はすごいところだと思う。でも、この街が絶望的に悪いというわけではない。なんなら最近はネットがある。昔とは違うのだ。
それにだ。東京にまで行って、何かをしたいという意識がない。わざわざ東京に行って何ができるというのか。東京に定住してまで欲しい特別はない。この街で十分なんだ。俺は満たされている。
あぁ、自転車で受ける風が気持ちいい。東京はどうだろうか。信号は多いだろうか、車は多いだろうか、人は多いだろうか。自由に自転車は漕げるのだろうか。もし漕げないほどなら、本当行かなくていいよ。
もちろんこの街に信号がないわけじゃない。でも少しゆっくりめに漕いで、そして道路付近でよく周りを見て車が少ないと判断できれば、信号のボタンをわざわざ押さなくても渡れる。また楽しいサイクリングだ。駅まで一っ飛び、あぁ、風と一緒だ。
駐輪場が見えてきた。家からゆっくり漕いでだいたい10分くらいだろうか、もっと急げば最悪5分だ。まぁ、そんなことをすればワンチャン事故るから、しないけどね。
駐輪場に自転車を止める。鍵はかけない。別に取られやしないからね。いつものことだよ。隣の自転車も、またその隣の自転車もたぶんわざわざ鍵をかけていない。不審者情報は不定期に出回れど、犯罪の被害に遭ったことはない。少しこの世界にそんなことがあるのか疑ってしまうほどない。
駅に入る。駅員はいない。だから最悪切符や定期なんて買わなくても、ここを通ることができる。改札もないしね。無賃乗車をしてた友人が前いた。でも、なんのお咎めもない。と言っても俺は定期券を買ってるから意味がないんだけどね。
そしてホームの点線ブロックの上に立つ。ホームには同じ制服の学生がいる。もちろん他の制服の学生もいる。大人もいる。スマホを指で操作したり、イヤホンで音楽を聴いたり、単語帳を開いたり、時計を見たり、割と静かだ。
「おう、よっ! 実!」
「おう」
近づいてきた友達に、そんな日常的な挨拶をした。
「いや〜 寒いな」
「あぁ」
「おっ、おいあれ! お前の好きな人じゃないか!」
友達は指を刺した。彼女は反対のホームにいた。
「あぁ、そうだな」
俺は特に反応しなかった。自然に反応していた。やはり俺はもう恋をしていないのだろうか。
「全く、もっと反応しろよ」
肘でどつかれた。
「そんなこと言われてもな」
でも、正直正論だと思う。好きなら、もっと、少女漫画ほどと言わなくても、動くべきではないか。それが人というものではないのか。
「やっぱ可愛いよな〜 お前いい目してるよ。でも、誰かと付き合ってるかもな!」
「かもな」
「素っ気ないな〜 お前本当に好きか?」
友達にさえ言われてしまった。
でも、彼女ほどの女性を見たことがない。彼女は何故か俺の中で不動なのだ。そこだけは確かだ。
「あぁ、好きだな」
「ははは、キッパリいうな〜 おっ、って隣のホームか〜」
電車の来る音がした。でも、言う通り隣のホームだった。
遠目で来る電車を見た。特急だった。早い、そんなことを思う瞬間があるかないか程早い。
そして、目の前を特急が覆い尽くした。その時だった。
隣のホームから叫び声が聞こえてきた。こちらのホームもざわめき始めた。
俺は相変わらず動けなかった。
■
彼女の遺書にはこう書かれていたようだ。
『動き出すべきだと、思った』
ははは、強いな彼女。さすが俺が惚れた人だ。
やっぱ、好き、だったんだな俺……
え〜、あとがきです。
今回この短編ですが、半分体験談です。
いえ、好きな人は死んじゃいません。ただ死ぬ夢を見ました。でも私は夢と気づくと何もしませんでした。ラブコメ主人公のように家を走り出して、彼女の家に行くなんてとてもとても……
で、そんな自分を振り返ってもしもを考えてこの小説を書きました。
ちなみに私の好きな人は生きてる模様。ただ私と付き合っていません。悲しいかな……まぁ、いいか。
で〜 一応自分なりに何故そんな夢を見たのか考えてみたのですが、仮設ですが、私は寝る時イヤホンをつけてYouTubeを見たまま寝ます。えぇ、高確率で朝、スマホのバッテリーは0%です。で、もしかして寝てる間にそんな類の動画が流れたのか、なんて考えています。
あともう一つのタイトルの案で『動きだすべきだよ』というのも考えていたのですけど、これの方が見た目のインパクトがあったんでこれにしました。
まぁ、そんだけです。
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