腹減りダンジョンマスター、吸い寄せられる
考えていなかったことがあった。それは、島への上陸だ。
悩んだ結果、今回はフタバに運んでもらうことになった。実に情けない話だ。
ちなみに、飛翔魔法は、聖者であれば、誰でも使えるが、制御が難しいので一般人はまず扱うのは無理。
空を飛びたければ、宮廷お抱えクラスの魔法使いに頼んでガイドしてもらうくらいしか方法はないが、それでも十分くらい上空から遊覧できるくらいのきわめて難度の高い魔法が、この世界の飛翔魔法なんだとか。
聖者三人娘がいたから何とかなったものの、もしいなかったらどうにもならなかっただろう。
なにせ、艦と陸地の行き来に使えそうなボートが備わっていなかったのだから。
「さて……どっちに行けばいいんだか……」
「少々お待ちください……そうですわね。最寄りですと、あっちの方角に、街があるようですわ」
「隠蔽の魔法はかけ終わったよ~。これで、聖賢でもなければ私たちのこと、誰も聖者とか、ダンジョンマスターとか疑わないはず」
「お疲れ、ミオリ、フタバ。マスター、実はあちらから聖者と思われる者の気配を感じます。さすがにフタバがかけた魔法ですから、聖賢以外に見破られることはそうそうないかと思いますが……早いところ、移動したほうがいいかと」
「そ、そうか……」
まさか近くに聖者がいるなんてな……ここ、緩衝地帯じゃなかったんかよ。
まぁ、こういうこともあるか。
それなら気づかれないうちにさっさと遠くに行った方がいいだろう、とミオリが示した方角へ足を向けようとしたところで――
「――ッ!? マスター!」
――ヒュッ……カァンッ!!
突如響き渡る、高圧の電撃が金属にあたったような音。
反射的に顔をかばいながら、音がした方を向いてみれば、イブキが聖者がいるといっていた方角から、なにやら棒状の光る何かが虚空に突き立っていた。
棒状が突き立っているところを起点に、なにやら波紋が広がっていることも気にかかるが、その波紋を挟んで反対側には、突き出されたミオリの掌があることから、ミオリが何かしらの魔法で攻撃を防いでくれたのだ、というのは確かだ。
はっ! という声とともに、バリアみたいな魔法の出力が増幅されたのか、棒状の光は直後に弾け、轟音とともに周囲に爆風をまき散らした。
「うわっ!」
「っと、危ないとこだった~……大丈夫でしたかぁ、マスター?」
「あぁ、なんとかな……」
フタバが土煙を振り払い、周囲の景色が再び鮮明になったので、状況を確認すると――棒状の光がもたらした破壊を、まざまざと見せつけられ、ゾッとしてしまった。
無事なのは俺達が立っていた付近だけで、後は土が捲れあがり。さっきまでは自然見溢れる草原だったのが、今は爆撃にでもあったのかと思ってしまうような、悲惨な状況になっていた。
「はは……三人がいてくれてよかったよ……」
「いえ。これが私たちの役目ですので。さぁ、次が来る前にさっさと行きましょう。おそらく、相手は弓聖――私たちが三人そろっていれば、それでも勝つことはできますが、聖者を相手に取る以上、消耗は抑えられませんからね」
「こちとら飛翔魔法で結構消耗してますからね~。戦わずに済むならそれが一番でしょ~。今の威力だと、相手も様子見でしょーし」
「んじゃ、移動しよう。さっさと移動しよう。あっちでいいんだったよな」
「はい、そうですわね。ちょうど、付近に街道もあるようですし、さっさとその街道に入ってしまいましょう」
異議なし。歩くにしても、指針は欲しいもんな。まぁ、三人は神聖眼のほか、地図魔法なんて言う便利な魔法もあるみたいだけど。
それからしばらくの間は、他愛もない話をしながら、街道へ向けてただひたすら歩くだけの時間が続いた。
ちなみに、あの弓聖。目的は俺達ではなく、海にあったようだ。
俺達はちょうど砂浜になっているところに上陸したのだが、三人が言うにはその弓聖は俺達が上陸したその砂浜で文字通り戯れている最中らしい。
うん、わけがわからん。攻撃を仕掛けてきた意図がわからん。何がしたかったんだ、そいつは。
まぁ、いずれにしても、当座の危険はないと分かって、少しほっとした。
やがて街道らしき石畳の道が姿を現し、ミオリ先導のもと、俺達は来た方角から向かって左手前方――南方向へと進路を転換。
そうして、少し歩いたところで、イブキからそういえば、とダンジョンで話していたことについて質問された。
「マスター、結局商材は見つかったんですか?」
「あぁ、決まった。とりあえず、まずはコンビニで売ってそうなやつを売ることにしたよ。弁当とか総菜とか、そういったのは無理そうだけど」
「よろず屋、ですか?」
あぁ、そうだった。ついわかっていること前提で行ってしまったな。
しかし、コンビニってよろず屋って変換されるんだな。まぁ、手軽に立ち寄れて、生活に必要なものをいろいろ取り揃えている……まぁ、確かにそうと言えなくもないな。
エルメイアさんの苦労が冴え渡るな。まぁ、税金とかの納入とかは――
「マスターは国との関わりを持つおつもりですの? ダンジョンマスターという関係上、そういった行為はあまりお勧めはできませんが」
「いや、そういうつもりはないが……なんでだ?」
「よろず屋は税金やら借金やら利息やら、そういった諸々の支払いの代理窓口みたいな側面がありますからね~。少なくとも、よろず屋が周辺住民の税金を取りまとめて、それを役人が受け取りに来る、というシステムはこの大陸ではずいぶん前から根付いてるみたいで、今も重宝されてるようですよ?」
コンビニじゃんか! 電子化とかされてないだろうからそのあたりはまぁ、あれだけど、生活に必要なものが一通りそろってて、そのうえで税金も払えるってコンビニ以外の何物でもないじゃん!
あるんかい、この世界にも!
「その後様子だと、マスターが元居た世界にもあったんですね。ふふ、興味深いです……まぁ、ミオリが言うように、よろず屋は、行商をする予定のマスターには不向きですけどね。商業ギルドに届け出を出した後、さらに国や領主の認可を受ける必要もありますし」
「そうなのか?」
「えぇ。フタバが先ほど言ったように、税金の代理受領窓口としての側面がありますから。きちんと国や領主の管理下に入って、適正に税金を納める義務が生じるのです」
「なるほどなぁ。そりゃ確かに、俺には向かないな」
基本的に、ダンジョンマスターな俺は国や宗教団体から隠れないといけないからな。とくに後者には。
「しっかし、さっきから歩き続けてるが……このままだとさっきの奇襲以外、特に何も問題なく到着しそうだな」
「何か問題が起きても、私たち三人がいれば、というか私たちのうち誰か一人でもいれば、大抵は解決できますしね」
「ごもっともで」
なんか、ネット小説でありがちな展開だと、例えば大商人とか貴族とかが野盗やモンスターに襲われている、なんてことが起きたりするんだが……俺らの場合、聖者三人娘がいるからなぁ。普通に、そういうやつらの害意も浄化して人畜無害にしててもおかしくないぞ。
というか、普通にやってそうでちょっと怖いんだがな。
「あら。あちらの方からなにやら不穏な感情の波動を感じますわね。いかがいたしますか、イブキ」
「適当に癒してしまいましょう。この手の感情は鎮めるに越したことはありません」
「なら私が~」
…………。
うん、何も見なかったことにしよう。
そうすれば、みんな幸せになれそうな気がする。
それからしばらく進んで、壊れた馬車の周囲で途方に暮れている集団を見つけたけど、うん、多分きっと、不幸な事故が起きただけなんだろう。
たとえ、その集団の中に、やけに澄んだ目をしているのに縄で拘束された、柄の悪そうな集団が紛れていたとしても、きっと言葉の行き違いが起きて喧嘩になってしまっただけなんだろう。
そうに違いない。自分にそう言い聞かせて、俺達はフタバに隠密魔法をかけてもらい、何事もなかったかのように集団のわきを、通り抜けていった。
そうしたトラブルもあったものの、歩は順調に進み、空が若干赤くなり始めたころには街にも無事到着できた。
「ここが、私達が最初の拠点にと思って選んだ街ですわ。ボルタリアと呼ばれていて、この辺り一帯を治めるコーランド侯爵家の本拠地でもありますの」
「そうなんだ。……遠目に海が見えるってことは、港町なんかね」
門の向こう側に見える帆船を見て、率直な感想を述べれば、ミオリが頷いて魚料理がどこの宿でも逸品だと教えてくれる。
また、コーランド領では醸造技術が発達しており、パップリッシュという調味料やそれをベースとしたタレ、そして清酒の生産が盛んらしい。
パップリッシュというのは名前だけ聞いただけでは皆目見当もつかなかったが、『大豆などを原料にした麹に塩水を加えて発酵させ、それを絞った液状の調味料』と聞いた途端、ピンときた。これは醤油だ、と。
これはいいことを聞いた。異世界で日本の味に近しいものを食べれるというのは、とても素晴らしいことだと思う。ぜひとも、しばらくの間はここを拠点に活動したいものだ。
ウキウキしながら街の門をくぐったところで、イブキが補足で説明を入れてくれた。
どうやら、この世界にある醤油らしき調味料。そのルーツは二つに分かれているらしい。
「ちなみに海を挟んだ先にある北の大陸では、パップリッシュはソーユと呼ばれているみたいですね。呼び方が違うだけで、パップリッシュと製法も味もほとんど一緒のようですが」
「意外と世界的に出回ってるんだな」
「ルーツは違いますけどね。パップリッシュはもともとこの世界で生まれたものですが、ソーユのルーツは浅く、300年ほど前、どこからか現れた流浪の聖者が伝えたものが発祥となっています」
なるほどな。
ちなみに味の違いも説明されたが、そちらは正直俺にはわからなさそうなのでスルーさせてもらった。
そもそも、作り方によってそういうのって変わると思うし。
しかし、そっかぁ~。
なんだったら日本の家庭料理でいくらか稼げるかな、と思ったけど、そういうのがあるんじゃむしろそっち方面は期待できそうにないか。
肉じゃがとかありそうだしな。完全に一緒とは限らないけど、似たような料理としては十分あり得るだろう。
それに、清酒が作られているならみりんとかもあるかもしれない。それらの条件がそろっているなら、まぁ、肉じゃがやそれに似た料理があってもおかしくはない。
「故郷の味がもしかしたらここでも楽しめるかもしれないのかぁ……楽しみだな」
「マスターの世界にも、パップリッシュはあったのですか?」
「うん? 大豆とかの麹から絞ったやつだよな。俺の国でも、日常的に使われてるメインどころの調味料だったな」
「なるほど。……ふむ、ソーユとして北の大陸に製法を伝えた聖者の名前からして、おそらくはマスターと同じ世界、同じ国の出身かもしれませんね」
「あぁ、それはありえるかも」
なにせ、その人が日本人だとしたら、醤油の味が恋しくてたまらなかっただろうし。
俺も、醤油がなかったとしたら、おそらくそうするだろうなぁ。
と、そんなことを考えていたら、どこからともなく食欲をそそるにおいが……。
これは……間違いない。醤油ベースのタレのにおいだ! よく焼き鳥なんかに使われている、あのタレのにおい……。
匂いに吸い寄せられるようにして、俺はふらふら~、と自然と足が向いていき――
「マスター、ダメですよ~。まずは狩猟ギルドで討伐した野獣の素材を売却しなくては。無理して移動してきたおかげで、ほとんどオケラなんですからね、私達」
「おっと、ごめんフタバ……うまそうな匂いがしてたんでつい……」
「ふふ、マスターはパップリッシュが本当にお好きなのですね……それとも、単純に食いしん坊なだけなのかしら」
「仕方がないことです。もう夕食時ですから」
危ないところだった。
空腹のあまり、近くの露店で売られていた焼き鳥に、吸い寄せられてしまったようだ。
一応、ダンジョンから出てくる前に軽く食事したんだがな。どうやら、結構な距離歩いたことで、すっかりエネルギーを使い果たしてしまったらしい。
ちなみに、フタバの言ったことについて、俺は一瞬なんだそれは、と思ったが、少し考えて口裏合わせのためのストーリーである、と察したので、ありがたく乗っかることにした。
「まぁ、狩猟ギルドはすぐそこですから、それほど時間はかからないでしょう。早く換金して、夕食にしてしまいましょう?」
「そうだな。あと、宿も取らないといけないし……ゆっくりするのはそのあとになりそうだ」
「そうですわね……では、参りましょうか」
柔らかな笑みを浮かべ、先を促すミオリ。
――その視線が俺と同じく、露店の焼き鳥にくぎ付けになっていたことは……突っ込まないほうがいいんだろうな。
※醤油→ムラサキ→パープル→(ひねりを入れて)パップリッシュ




