野次馬ダンジョンマスターと動き出す歯車
その喧騒に遭遇したのは、この世界に来てから地球の時間に例えて14日目のことだった。
受けた依頼にあった野獣を討伐したので、冒険者ギルドに報告をしようと、街に戻ると、門前の広場でなにやらもめるような話し声が聞こえてきたのである。
「だから、今からでも遅くはありません。どうか、私どものもとへ来ませんか?」
「いや、だからもなにもないだろ。あんたらのところに行く理由なんて俺にはないし、リリアーナって神様からも、俺は特に指名とかそういうのは気にしなくていいって言われてるんだって! あんたらしつこすぎるんだよ!」
「そんなはずはありません! こと、リリアーナ様に限ってそんな放任的なことを告げられるはずがありません! それこそ何かの手違いでしょう。そして、何かの使命があなたにあるなら、私達がその手伝いをしたい、ただそれだけなのです!」
「なら今すぐ俺の前から消えてくれ、それがあんたらにできる手伝いだ」
「私も同意。あなた達の勧誘、しつこすぎる。彼にその気がない以上、大人しく引き下がった方が無難だというのに」
「あなたは黙っていてください! 関係ない話でしょう!」
なんだと思い耳を傾けてみれば、騒ぎの原因は例の弓聖だった。
どうやら、彼の取り合いについて、半ば真聖教団の弓聖の土壇場となっている現状が気に喰わないらしい聖者達の内の一人が、どうにかしてその間に割って入ろうと躍起になった結果のようである。
詰め寄っているその聖者は、槍を背負っていることから槍聖であることが分かる。
そして、一方のフリーの弓聖の傍らには、当然のごとく彼を独占しているという真聖教団の弓聖も一緒におり、彼女の方はどちらかといえば冷めた視線で勧誘を行っている聖者を窘めようとしている。
ただ――事実上フリーの弓聖を独占しているといっていい真聖教団の弓聖から発せられたその言葉は、勧誘に熱心になっている聖者からしたら嫌味以外には聞こえなかったらしい。
窘めるはずが、余計にヒートアップしてしまったようだ。
しかし、真聖教団の弓聖側としては、ただフリーの弓聖を自陣に取り込むためだけに行動を共にしているわけではないと主張を始める。
「関係なら大ありです。彼には、しつこい勧誘をしないことを条件に、弓聖の力の手ほどきをさせてもらってますので」
その声は、とても冷たく――まるで血の通っていない、冷徹で残忍な殺人鬼のごとき声色だった。
正直、あんなのが弓聖で本当にいいのかというくらいには。
「それがなんだと――」
「膨大な力を宿すからこそ、その扱いには慎重にならないといけない。それは聖者たちの共通認識のはずです。彼も弓聖で私も弓聖。そして悲しくも集まった聖者の中で彼に弓聖のあれこれを教えてあげられる人はいない」
「…………っ」
痛いところを突かれた。
弓聖二人組に詰め寄っていた聖者は、まさしくそんな表情をする。
「すべてにおいて二番煎じであるはずの聖女に、一点特化であるはずの他の聖者が一矢報いることもできずに蹂躙されるケースが近年、増加傾向にあるのは聖者であればすぐにつかめる情報のはず」
「………………」
真聖教団の弓聖の言葉を聞き、槍聖は周囲を見渡す。
この場には、彼ら以外にも少なくない人数の聖者が集っている。
俺の連れである聖者三人娘を合わせれば、十人を超えることになるだろう。
これだけ揃っているのに街の住民たちの注目を集めていないのは――おそらく、隠蔽魔法か何かがかけられているのかもしれない。
俺が発見できたのは、同じ聖者であるイブキ達と一緒にいたからなのだろうか。
しかし、これだけ聖者が揃っていても、弓聖はフリーの弓聖と真聖教団の弓聖、その二人しかいない。
ミーシアとは別の聖女らしき人もいれば剣聖もいるし、おそらくは聖賢などもいるだろう。
剣、槍、弓。そして魔法特化にオールラウンダー。
見事に、各方面の聖者そろい踏みである。
「ちなみに、この場に集まっていない、他の種別の聖者っているの?」
「いえ。ここにいる人達で、各方面の聖者、そのすべてが揃っています」
つまり、五人以上いるこの場において、例え俺達がこの場にいなかったとしても、三人以上のかぶりが出てもおかしくはないということである。
実際問題、この街に集っている聖者たちはこの場にいる人達以外にもいるわけだし。
聖女については、ミオリにミーシア、そしてこの場に二人。この街の中にあって、少なくともすでに四人もいることになる。
これだけかぶってもおかしくない状況が揃っているにもかかわらず、真聖教団の弓聖とフリーの弓聖以外に弓聖がいないってことは――。
「単純に、来れる範囲に弓聖が他にいなかったということですわね」
「なるほどな。他意があるわけじゃないんだな」
「目から血を流すような形相で、衣服の布地を噛みしめている光景が見えましたから、相当悔しかったとは思いますけどね~」
まぁそうだろう。
聖者自体が貴重なこの世界、自分と同じ方面の聖者と巡り合えること自体が奇跡ともいえるのだから。
真聖教団の弓聖の語りは続いている。
彼女は、聖者の中でも特に聖女が幅を利かせつつある実情があり、それは次代の聖者が前代の同系の聖者から教えを乞うことができず、得意分野を中途半端な状態でしか会得できない状態が続いているからだという先の発言を根拠に、自分がフリーの弓聖と行動を共にすることの正当性を主張する。
中途半端な状態でしか会得できなければ、残りは自分でどうにかするしかない。それは明白の理だろう。
得意分野が中途半端な状態でしか鍛えられていない、一点特化だが特化した部分が二流止まりの聖者と、全てにおいて二流止まりだが弱点がないオールラウンダー。
それだとどちらが勝つかなど、わかりきっている。
「彼は弓聖なのですから、同じ弓聖である私が、そのノウハウを伝授してしかるべき。違いますか?」
「まぁ、聖女として言わせてもらえるのだとすれば、それで大いに結構だと思いますわ。なぜなら、このままいけば、彼はフタバにすら一方的な大敗を喫してしまいそうですから」
「そこまでひどいのか?」
「ひどいなんてものではありませんわ」
いつもかけてもらっている隠匿魔法の上に、さらに消音結界で聖者たちの集団に声が漏れないようになっているのをいいことに、ミオリは自分の思った所感をストレートにぶちまけた。
そして、おもむろにストレージから紙を取り出すと、そのまま何やら書き連ねていった。
渡されたその紙に書かれていたのは、今まさに騒ぎの中心人物となっている、フリーの弓聖のステータスだった。
「うわ、これはひどい……」
前にダンジョンのステータス確認機能で三人のステータスをチェックしたことがあったが、これはひどい。
確か、戦闘面で特に重視される項目は戦術値と戦略値だったはずだ。
前者は関連する基礎能力値、すなわち筋力、体力、頑強が多分に絡み、後者は知力、理性、思考がとても重要になってくる。
特に戦術値の基礎能力値は強化魔法による増幅分に多分に影響し、これが少ないということは戦術値の大幅な低下につながっている。
まぁ、これはいいだろう。彼は弓聖、そもそも真正面から戦うようなタイプではないのだから。
しかし、同じ魔法タイプの聖賢であるフタバはともかく、オールラウンダーである代わりにすべての能力が聖者の中では並であるはずの、ミオリにまで及ばないというのはどういうことだろうか。
「弓聖ってのは、そもそも戦術値じゃなくて戦略値が重要って感じでいいのか?」
「いえ。戦略値の重要性が高いのは魔法特化型の聖賢と、平均型の聖女のみです。武芸特化型の聖者だと、ほぼ間違いなく戦術性が高くないとやっていけません」
「ただ、それでもほかの武芸特化型寄りはいくらか戦略値にも重きを置かれますけどね~」
まぁ、そうだよな。
弓矢って、基本的に点攻撃だし。槍みたいに線での攻撃はできないからな。
ただ、それでも――
「これはいくらなんでも、ないでしょう。こんなの、聖者として生を受けた幼子くらいの力量ですよ」
「これだと、もし敵対されたとして、煮るなり焼くなり、いかようにも料理できてしまいますわ。あの真聖教団の弓聖の言い分も、真っ当も真っ当。むしろ面倒を見ないほうが国際問題になりますわよ」
「むしろ、聖者なのに守らないといけないくらいですしね~?」
それは俺も思った。
筋力750弱、体力650強、頑強587って、俺は素のステータスだと一般人クラスより少し弱いくらいの貧弱ステだから全然だけど、実力のある冒険者相手なら推し勝ててしまうくらいの数値だぞ。
聖者の力があるからまだどうにでもなるだろうけど。
ちなみに、一般人クラスだと大体100くらいが平均とされている。
「これ、彼を取り合う以前の問題な気がするのは俺だけか?」
「気がする、ではなく事実としてそうなのでしょう。ですが、私達がそれをしたところでどうにかなったでしょうか。むしろ、それをしたところで、害になり得そうな気がしますが……」
それは確かに。
あれは、自分という存在を隠匿しなかったが故に起きたことだ。
まぁ――そうでなくても、例え自分の存在を隠したとして、聖者の誕生には違いないから、多少の注目は浴びていたことだろう。
それでも、今のような騒ぎにはならなかったはず。少なくとも、もう少し近づこうとする人の数は抑えられていたはずだ。
今の状況はそれをしなかった彼の失敗からくることだし、仮にもしその状態の彼に俺が近づけば、それはそれで一気に注目を浴びることになるだろう。
ミーシアにばれていた以上、聖者たちに俺がダンジョンマスターだとばれていてもおかしくはない。
その上でフリーの弓聖に関わろうとするならば、それこそダンジョンを持つだけに飽き足らず、聖者を取り込んで防衛力を高めようとしているダンジョンとして、危険視されてもおかしくない。
それを望まなかった以上、俺はあの状況を見て、でしゃばるような権利も力も持ち合わせてはいない。
彼には悪いが、やはり彼自身でこの状況を切り抜けてもらうしかないな。
「……行こう。俺達は俺達のやること、やりたいことに集中しないと」
「そうですね。それがよろしいかと」
彼らを避ける人の流れに混ざり、俺達はその場を後にした。
――ちなみに。その後の剣術訓練では、いつものごとくボロボロに任されたのは言うまでもない。
ミオリも、俺の実力に合わせて打ち合ってくれているのだが、いかんせんまだこちらは剣を握り始めてから二週間しかたっていないのだから、仕方のないことである。
同日。夜、領主館の天辺にある鐘楼の鐘が五回鳴らされた頃。
異世界からこの世界に招かれたダンジョンマスターこと、イツキの出身地で表せば、ちょうど日付が更新された頃。
とある安宿の窓から、一矢の魔法矢(魔力で形成された矢のこと)が放たれた。
その魔力は、一部を除く聖者たちに、とある男の弓聖がこの街から飛び去ったのだと誤認させ、多くの聖者たちがこの夜を境に、この街から姿を消した。
この街に残った聖者は、七人。
うち三人は、普通の聖者であり、この日を境に、弓聖以外の聖者達は、連絡を密に取り合うようになったという。
放たれた矢がいかなる運命を紡ぐのか。
それは、各々の上に悟られることなく、秘密裏に連携を取り始めた、五人の聖者たちしか知り得ないだろう。
――ここに、賽はほとんど誰にも気づかれることなく、静かに投げられた。
QUIZ
この世界では、毎日、一定時間ごとに鐘を鳴らすのが一般的な計時方法となっている。
ある地方では、鐘を鳴らす周期がくる毎に、一度に叩く鐘の回数が1回増やされるが、日の出または日の入りを迎えるごとに鐘をたたく回数は1回にリセットされる。
では、深夜、現実で言う午前零時ごろだと鐘が5回ならされる計算だとして、日の入り後の12セット目には、一度に何回鐘を鳴らすだろうか。
なお、鐘を鳴らすタイミングの間隔は、どの時間帯も正確に計測されているものとする。




