初心者ダンジョンマスターの疑心暗鬼
※前話の最後に少しだけ加筆を行っております。
ミーシアと遭遇してから数日が経った。
俺の鍛錬はその間に少し進み、現在は冒険者ギルドで受けた依頼で実戦経験を積みながら修行をしているところだ。
今後の計画としては、自分ではなかなかわからなかったが、剣の筋がなかなかいいということで、剣と魔法のハイブリッド型で鍛えることになった。
つまり、どちらかに絞るということはなく、当初から変わらずに剣と魔法、両方でしごかれているというわけである。
とはいえ、フタバもミオリも割と普通に稽古をつけてくれている。
少なからずスパルタになるかと内心少しひやひやしていたがそんなことはなく、ミーシアと遭遇した日の翌日も、いきなり魔物の討伐依頼を受けさせられたりはしたものの、きちんとお膳立てされた上での戦闘になった。
フタバが皮膜結界を張って守りをカチカチにしてくれたし、万が一に備えてイブキとミオリも身構えてどのようなトラブルが起きても問題ないようにしてくれていた。
だから、ちょっとびくびくしたものの、楽に実戦の雰囲気、みたいなものを感じることができた。
それ以降は、採取依頼は控えて、魔物や野獣の討伐依頼のみを受けさせられている。
三人のサポートも、初の戦闘以降は、徐々に最低限のものに移りつつある状態だ。
かくいう今日も、武者修行と三人による手ほどきのスケジュールは変わらない。
時間帯はすでに昼下がり。武者修行のための依頼を終えて冒険者ギルドに報告を終え、ついでの昼食を終えて、現在は砂浜に向かおうとしている最中である。
「うん? あれは……あの二人、両方とも異様に目を引く弓を携えているけど、もしかして……」
三人と雑談しながら歩いていると、視線の先に入り込んできたのは、弓使い二人という妙な組み合わせの冒険者達。
バランスを考えるなら、前衛がプラスひとりで、欲しいところだろうか。
ただ、それが普通の弓使いなら。
この街で今起こっていること。それを考えると、その『もしかして』が脳裏をちらついてしまう。
「えぇ、そうですわね。あそこにいる二人組の、男性の方は各宗教団体が奪い合っている弓聖――マスターと同じく、異世界からやってきた者です。もっとも、現状は真聖教団の弓聖に、独占状態を許している状態のようですが」
「え? マジか。それって早くも勝負が決まりつつあるだろ」
「それが未来を視る限り、そうでもないようなのです」
うん? そうなのか?
独占状態を許しているなら、それ相応にコミュニケーションも取れているだろうし。
それで心証がいいのであれば、普通にその、なんだっけ?
「真聖教団ですよ~、マスター」
「あぁそうそう。その、真聖教団の人について行ってみよう、とか思ってそうだと思ってたんだが」
「そうですね……。ですが、他の聖者も馬鹿じゃありませんから。数名ほど、すでに諦念を抱いて様子見に甘んじている方もいるようですが……この数日で、飛翔魔法にてさらに十名ほどの聖者が到着しました。これで、全世界のおおよそ四割の聖者がこの街に集ったことになります」
おいおい。大集合じゃないか。確か、エルメイアさんに聞いた話だと、現存する聖者って五十人くらいって話だったはずだ。
これ、聖者の役割そっちのけでここに集っているってことになるんじゃないか?
「そうなるんでしょうね~。私達も、同じ聖者として気にならないわけではないですけど、まぁダンジョン生まれですし? マスターを守るという、大事な使命を受けたわけですから、他の聖者さん達に頑張ってもらわないといけないわけですよ。まったく、困りものですよね~」
「フタバのこれを見てると、笑い事ではないと突っ込みたくなるのは確かなのですが……まぁ、事実は事実ですし、私達が動いたところで、マスターを守りながら、三人で十数人分を補う、という話自体そもそも無理な話ですから……」
「マスターが気にしているとしても、私達三人にできることといえば、せいぜいが旅の合間に、周辺を浄化することくらいですわね」
聖者三人娘の話を聞きながら、俺は弓聖の二人組が去っていった方角を少し眺めた。
――それにしても。なんか、真聖教団の弓聖の衣装って、メイド服だよなぁ……。
あれもあれで、弓聖という聖者のために作られた特別な衣服なんだろうか。
ちょっとばっかり、懐疑的な気分になりながら、傍らで待っていてくれたらしいイブキとともに、先に少し先に行ってしまっていたフタバたちのもとへと走り寄っていく。
そうこうしているうちにいつもの修行場――ボルタリアの砂浜にやってきた。
本日は、フタバによる魔法の講義。
メニューは、身体強化魔法の習得と練習となっている。
「さぁ、今日もぼちぼち始めて行きましょ~」
「おう、今日もよろしく」
「お任せくださいマスター。それじゃあ、本日のメニューである身体能力の強化について教えていくわけですが、まずは座学から言っていきましょ~。いつもの通り、魔法を使う上での基本ですからねぇ」
そう言って、フタバは一体のサンドゴーレムを生み出した。
身体強化魔法の知識を学ぶにあたって、必要な教材なのだということはすぐにわった。
「それでは、始めますよ~。では最初に。マスター、身体強化魔法と聞いて、真っ先に思いつく効果を上げてみてください」
「えっと、まず魔法の力で筋力が増幅されるだろ? それでいつもより強い力を発揮できる」
自分の限界以上に重い物を持ち運べるし、戦闘中であればより強い力で武器を振るうこともできるだろう。まぁ、武器を使った戦闘は力強さだけとは言えないから、何とも言えないだろうけど。
「まぁ、簡単に、ざっくり言ってしまえばその通りですね~。より重いものを持ち運べるとか、より速く走れるとか、そういったことがまず列挙されやすい傾向にはあります。あと、戦闘方面で言えば、相手の攻撃をより耐えることができるようになる……ありていに言えば、より頑丈な体になる、といった感じですね~」
「あぁ、そういうのもあるのか……」
筋力の増幅という一面にのみ注目していたが、身体強化と言うと、そういった側面もあるのかもしれない。
皮膚の靭性や硬度の強化か……。
「しかし、それらを実行するに際して、注意しないといけないのは、決して負の側面を忘れてはいけない、ということです」
「負の側面?」
「そうです。例えば、脚力を中心に、速く走るのに必要な筋力を強化したとして……そうですね~。10の出力にしか耐えきれない程度の筋力しかないのに、その筋力に20もの負荷を駆けたらどうなると思いますか~?」
「そりゃあ……」
普通、筋肉の方が壊れてしまうだろう。筋肉が切れてしまうとか。
そう答えると、フタバはまさしくその通り、と頷きつつ、指を振ってサンドゴーレムに命令を出した。
サンドゴーレムは、勢いよく走り出そうとして――そのまま、過負荷に耐えきれなかったかのように崩れ去ってしまった。
砂でできたゴーレムだけに、崩れ去った後には砂山以外の何も残っていなかった。
「まぁ、ざっとこんな感じですね~。身体強化魔法を手抜きしたところで、そのまま体が耐えきれないような行動を起こそうとしたところで、その結果は自壊だけです。たまたま運よく持ちこたえたとしても、内臓などにはダメージが行くでしょう」
ゆえに、無理な身体強化は禁物で、10の出力強化を行うのであれば、それに見合うだけの耐久性の強化も必要になる、とフタバは言った。
「これに関しては、使用するだけでオートマチックなどという便利なものはありませんから、自分で必要なものを、必要な分だけ強化する。そのイメージが必要になります。といっても、身体能力の強化なんて、具体的なイメージを浮かべるのは結構至難の業でしょうけどね~」
そう言って、再びサンドゴーレムを形成。そして、今度はそのゴーレムに何らかの魔法を使い、ストーンゴーレムに変えてしまう。
そのストーンゴーレムには球体関節もついており、かなり柔軟な行動が可能なようである。
「こんな感じで、ひとえに強化といっても、実に様々なので、身体強化の魔法といっても、創意工夫次第で相手との差は開きもしますし狭まりもします」
拙い身体強化では、出力に対して体が追いつかず、自壊してしまうのみ。
バランスよく強化することこそ、最大限にその魔法を生かすための秘訣なのである、とフタバはそう締めくくった。
「まぁ、身体強化の魔法は、どちらかといえば『加算』ではなく『倍率補正』みたいな感じなので、元の身体能力が低ければ、それだけ効果も薄いんですけどねぇ」
だからこそ、聖賢である私は他の二人に近接戦ではかなわないのですし、と言われれば、納得するしかないだろう。
「まぁ、予定通り、といったところでしょう。私達が視た未来よりも、若干ながらできていたと思います」
若干火照った体を休ませながら、イブキのそんな評価を聞く。
身体強化の魔法を実感するために、わざわざ彼女と数回だけだが打ち合ったのである。
とはいえ、彼女もまた、聖者である。
いつも剣の稽古をつけてもらっているミオリと違って、剣聖ということでその道の専門家でもあるわけだが、聖者というだけでミオリと同じく、雲の上の存在だ。
はっきりいって、俺に合わせてもらっているだけで、ミオリとの違いなんてわかりっこなかった。
「しかし……ミオリもそうだけど、イブキも強すぎて、いまいち実感はわかなかったけどな……」
単純な話である。
身体能力からして、聖者である三人と俺との間では、大きな隔たりがある。
運動慣れしていない一般人男性では、アスリートの女性には勝てないのと同じように、日本においてごく普通の成人男性程度の身体能力しかない俺では、聖者として、人外じみた身体能力を持つ三人に立ち向かっても、地の力でそもそも敵わない。
多分、先ほど打ち合ったときも、イブキは身体強化魔法は使っていなかったんじゃないだろうか。
「そうですね。確かに、マスターの言う通り、私は元の身体能力のままで戦わせていただいてました」
「だよなぁ、やっぱり」
そもそも、身体能力を強化されたら、まともに剣を受けることすらできなかったはずだ。
回避一辺倒になっていたかもしれない。
「多分ですけど、今さっきのマスターなら、魔法を一切禁じた状態の私と戦えば、髪の毛一本くらいなら上げられると思いますけどね~」
「…………まぁ、それでも大分サービスすることにはなりそうだと、私は思いますが」
フタバの言葉を聞いて一瞬、本当か!? と思ったが、続くミオリの補足を聞いたところで、ガクッとなってしまった。
まぁ、そんなもんだろうな。
というか、聖者って言うのは、そもそもがそういうものだし。
「なんにせよ。これで、あとは近接戦に慣れてもらえれば、私達の役目はマスターの護衛だけになりますね」
「私には、引き続きマスターに魔法の手ほどきをするという仕事がありますけどね~」
「あら。でしたら、私は剣術の稽古が終わったら、フタバの補助に回りますわね」
楽しそうに今後のことについて話し合いを始めるフタバとミオリ。
そんな二人を、イブキは少し離れた目線で見守っている。
彼女は――二人の会話に混ざらなくてもいいのだろうか。
「あの二人はどこか価値観がずれている節がありますからね……。マスターが鍛錬を終えた暁には、商いのサポートには私が付いた方がよさそうです」
「あ~、確かに……」
フタバはどこかこう……子供っぽいところがあるし、ミオリは逆にお嬢様っぽくって異様に高級路線に走らされそうな気がする。
その点、イブキは最初の印象通り、良くも悪くも一般的な価値観を持って俺に接してくれるから、俺としても三人の中ではイブキに一番信頼を置いている。
彼女が補佐に回ってくれるなら、行商を始めた後もうまくいくだろう。
ま、目下の問題は、武者修行のために受けている依頼の戦闘に早くなれないといけないってところだろうけど。
「そうですね。身体強化の魔法も習得していただけたようですし、これなら、受ける依頼の難度を少しだけ上げてもいいかもしれないくらいですね。身体強化魔法の出来だけで考えれば」
まぁ、言わんとすることはわかる。
問題はやっぱり、メンタル面だよな。
色々指導してくれているイブキ達には申し訳ないけど、いまだに、戦闘には精神的に慣れないし。
「まぁ、こればっかりは慣れるしかありません。――まぁ、荒療治に頼るしかないかもしれませんが」
少し苦虫を嚙み潰したような顔になって、イブキがそう言ってくるが――彼女をして、そんな顔にならざるを得ないくらい、俺は成長できていないのだろうか……。
「あ……いえ。マスターが悪いのではないです! ただ、マスターはその、来歴からして荒事には不向きと言いますか……」
「そうですよ。なんにせよ、今はやれることをやる、ただそれだけで十分ですから!」
「こればかりは焦っても仕方のないことですわ。冒険者ギルドで依頼を受け続けていれば、いずれは解決するでしょうし!」
三人とも、俺がちょっとだけしょぼんとすると、すぐにそう言って励ましてくるが……なんかちょっと、気にかかることもあるんだよなぁ。
――なんというか、俺になんか隠し事をしているような。そんな気がしてならない。
とはいえ、三人とも、未来を視て、その上であえてそうしているのかもしれないし。うかつに俺が問い詰めて、知らなくてもいい未来を知ってしまったがために、予定とは異なる方向に突き進んでしまっても致し方なし。
結局のところ、三人に任せきりにするしかない、というか、任せきりにするのが一番な気がしている。
「さて……もうじき日も暮れますし、本日の魔法講習もここまでにして、そろそろ宿に帰りませんか?」
「あぁ、そうだな……」
どことなくすっきりしない気持ちの中、俺は今日も一日を終えるのであった。




