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神引きダンジョンマスター  作者: 何某さん
Episode:1.49 Outside,and more...
24/27

弓聖の異世界人の長い朝

※注意

 二話連続投稿です。最新話にダイレクトで飛んできた方は一旦前の話に戻って下さい。


 そんなこととはいざ知らず、柊康博は宿泊している宿で四日目の朝をのんびり迎えた。

「ふわぁ~……眠い……」

 異世界の宿事情はとても悪い。少なくとも、康博が泊まったのは中の下程度の宿であったために、彼は自然とそう認識していた。

 これがもう少しランクの高い宿であれば、そこそこ期待できたのであろうが――残念なことに、康博の手持ちではこの宿に泊まるのが精いっぱいだったのだ。

 聖者としてこの世界に降り立ったのに、これではその強みを果たしていないも同じである。

 そして、それは彼がいまだに聖者の力の扱い方に慣れていないからでもあった。

「……なんか、街中の正気濃度が少し高くなってきているような……?」

 しかし、それでも腐っても聖者といったところか。その時いる場所周辺の魔力の状況など息をするように察知することができる程度には能力が底上げされているし、数値上でも一応一般人では比べ物にならないほど――それこそ、歩く戦略兵器といえる程度の力はある。

 最低限の力の扱い方もわかるので、とりあえず中途半端ながら聖者としての力は扱えるといった、微妙な状態である。

 ただ、力の扱い方に慣れていないということは、他の――純粋にこの世界で生を受けた聖者のように、流れるように神聖眼で情報を集め、取るべき行動の指針を即座に手に入れる、といったことはいまだにできない。

 使えるものは何でも使おうと思っている節はあるものの、いまだに逐次神聖眼を使おうという気持ちには至れていない。

 否、普通の聖者(・・・・・)であろうとも、常に使用していたり、日常においても一日に二桁に到達する等といったふうに高頻度で使用していたりなどはしていないが――それでも、一日に五~六回は未来視をしているのは事実だし、その未来視の回数もセットとして見た場合の回数だ。

 1セット当たりを詳しく見てみれば、様々な条件のもと到達しうる未来を可能な限り見定めるというその行為は、それこそ普通に五桁から六桁には到達している。

 それを鑑みれば、康博の力の使い方は、他の聖者(・・・・)からすれば、産声を上げたばかりの赤子のようなものである。

 もちろん、神聖眼以外の部分にも同じことは言えるだろう。

 そして。そんな彼に今――ピンチとチャンスが同時に訪れようとしていた――のだが、なんと新米聖者ヒロユキはベッドから飛び起きると部屋の窓から向かい側の建物の屋上に飛び乗り、そしてそのまま朝のボルタリアへと繰り出してしまった。

 普通であれば、ここで双聖教会の聖女が待ち構えている食堂へ降りていくところであったのだが、ヒロユキは『なんか嫌な予感がするな……このままギルドで朝飯食うかな』などと考え、直感に従っただけで華麗にこれを回避してしまった。

 ちなみに、いくら聖者と言えど、直感は常人並みである。自らに与えられた権能を扱いこなしてこそすべてを見通す絶対者なのであって、それを使いもしなければ聖者と言えど、先を読む力など常人並みでしかないのである。

 それを踏まえて考えるなら、彼は常人と変わらない思考で、一人ひとりが大規模戦略兵器とまで揶揄される聖者の追っ手を出し抜いたことになる。

 まぁ――単純に、ミーシアの予知した未来の中に、ヒロユキが選択した行動が含まれていなかっただけなのではあるが――それとて、何十万分の一の確率をかすめ取ったことになるのだから、いかに彼の運がよかったかがうかがえる。

 さて、うまいことミーシアをやり過ごした彼だったが、しかしそこには別の刺客が待ち構えていることに彼は気づかなかった。

「ほぅ……栄えある聖者が冒険者に身をやつしているとは…………これは嘆かわしいというべきなのか」

 この街に来た翌日、つまり一昨日登録した冒険者ギルドで仕事を紹介してもらおうと思い、ギルドへやってきた康博だったが、目的の建物に着く直前で横合いから声をかけられ、振り向く。

 そこには、片手用の直剣を腰に佩き、軽装の動きやすそうな鎧を着こんだ男性が立っていた。

「…………っ!? ……あんた、誰だ……?」

(この男……剣聖、だって……? なんで、俺なんかに……勧誘?)

 未熟ながらも聖者である。ゆえに、神聖眼は即座にあらゆる情報を読み取り、康博にそれを報せる。

 その単位時間当たりの情報量の多さに、早くも彼は音を上げそうになっていた。

 一方で、同じように相対しながらも康博に声をかけた剣聖は、別に何かを気にしたそぶりもなく、ただ観察するように、値踏みをするように康博を頭から足へ、足から再び頭へと視線を動かすばかりである。

 生まれるべくして生まれ、そして聖者として順当に成長してきた者と、棚ぼた的な経緯で聖者の力を手にしたものの差が、そこにはあった。

「……ま。所詮はその程度。上からの指示で勧誘するために気はしたけれど、そんなんじゃとてもうちにぜひ来ませんか、とは言い出せないな。……予定通り(・・・・)だったとはいえ、興ざめだな。呼び止めてすまなかったな、気にしないでくれや」

「なん、だと…………っ!?」

 逆上して剣聖につかみかかろうとするも、返ってきたのは切っ先(・・・)による物理的な返答。

 ツゥ……と、のど元から一筋の赤い線が生じ、康博が纏っている衣服を染め始めた。

「近接戦が苦手と言えど、このざまか。お前くらいの年齢の弓聖なら普通、懐に入られようとしたところで反応くらいは示すぞ? ――この『紛い物』が……っ!」

「…………ッ!」

 片手剣を引かれ、彼はしかしその途端に恐怖に捕らわれ、その場に膝をついてしまう。

 そんな康博に向けて、剣聖は容赦のない一言をさらにぶつける。

「紛い物の上に腰抜けときたか…………救いようもねえな、本当に」

 そして、そのまま剣聖は立ち去って行った。

 離れていく剣聖の背中を、呆然としてただじっと見つめることしかできなかった康博だが、やがて――。

「くそ……何だってんだよ、本当に……紛い物って、どういうことだよ…………」

 純度百パーセントの悪意ともいえそうだと思いながら、出来た創を癒して、ギルドの門をくぐった。


 康弘に対する勧誘合戦は、ギルドの中でもまた、止まることを知らなかった。

 朝にもかかわらず疲れたような表情で、料理注文用のカウンターに向かうと、そこに待っていたのは黒い髪にで片目が半ば隠れた少女が待ち構えていた。

 メイド服、には違いがないのだろうが、細部に少々奇抜な装飾が施されており、それが康博の目を引いた。

 神聖眼による解析で、康博と同じ弓聖と判明し、康博は先ほどの槍聖とのやり取りも相まって、警戒心をむき出しにして料理の注文を行った。

 ――と。康博が注文を出したのを見計らって、その弓聖の少女も料理の注文をした。

 明らかにタイミングを計ったとしか言えない行動である。

「…………あんたもか」

「……お察しの通りです。私も、あなたの勧誘をしにこの街にやってきました」

 弓聖の少女は、周囲の喧騒からして耳を澄ませなければ聞こえないほどに細い声でそう康博に宣言した。

 これから先、おそらく康博が折れて、弓聖の少女の勧誘に乗るまで付きまとうことになるだろう、と。

 そして、康博と剣聖のやりとりも神聖眼を通して追体験させてもらった、と。

「…………」

 それを聞いた康博は当然、気持ちのいい顔はしなかった。

 当り前である、康博からすれば正論で散々いい負かされた挙句、紛い物とまで言われて酷評されてしまったのだから。

 目の前の少女も、何を言ってくるのかわからない。

 かといって、ここで突き放そうとしても、立ち去ってくれるかどうかわからない。そう考え、いや、ここで折れても何度でも勧誘し続けると宣言してきたのだから、突き放しても無駄だろうと即座にそれを改める。

 では、自身を勧誘しに来たとして、少女はどのような謳い文句で康博を引き込もうというのか。いや、そもそも何に引き込もうというのか。

 少女の目的すらもわからない康博としては、ただ待つことしかできなかった。

 そのため、しばらくの間警戒をしながら少女の言葉を待ったのだが――少女は、自分の目的を語った後は、一言もしゃべることなく、料理が出来上がるのを待ち続けていた。

 互いに何を言うでもなく流れゆく時間、しかしずっと気を張りっぱなしの康博としては腹が減っていることも相まって、限界が近かった。

 ゆえに、数分もしないうちに改めて少女に話の先を促そうとした、ところで、

 ――ぐぎゅるるるううぅぅぅ~~~……。

 誰かの腹の虫が、盛大に鳴り響いた。

 康弘自身も確かに腹は減っているものの、今の音は彼の腹からなった音ではないことだけは確かだった。

 では、誰がこんなに大きくならしたのか。

(俺、じゃないぞ。これは……まさか、この子……かよ!?)

 真っ先に思い浮かんだ、弓聖の少女。まさかと思い、チラっと横目に様子を見てみれば、顔を真っ赤にしながらお腹をさすっているではないか。

 彼女は羞恥に顔を染め上げながら、その理由と思しきこれまでの行動を康博に語り出した。

「……さすがに、さんてつはキツかった……です…………。おなかも、ペコペコ…………もう、なにかたべないと、なにもやるきがでない……」

「さんっ」

 三徹。まさかの、双聖教会の聖女ミーシアの上を行く強行軍である。

「はぁ……俺が言うのも間違ってる気がするけど、さすがに自分の体を労わるべきだと思うぞ、それは」

「…………かんゆう、がっせん……でおくれる…………おおはじ、です……」

 もはや、片言しか喋れていない。

 見れば、足もプルプルと震えていて、立つことすら困難なほどに衰弱しているのが見て取れた。

(いやほんと、そこまでして勧誘に来るか普通!?)

 康弘の頭はかつてないほどに混乱していた。

 弓聖の少女が着ている、どう見てもメイド服にしか見えないそれをいつ突っ込もうかと思っていた康博も、さすがにもう突っ込む気をなくした。


 弓聖の少女とは、それからほどなくして相席で朝食を取った。

 弓聖の少女は彼女の自己申告の通り、かなりお腹が減っていたのだろうが、しばらく何もお腹に入れていなかったことからして、いきなり負担をかけると体に毒であると自身でも弁えていたのだろう。

 軽めのスープにとどめて、康博が食べ終わるのをじっと待っていた。

「ふぅ……ごちそうさまでした」

「……まぁ、私が作ったわけでも、私が払ったわけでもないから、お粗末さまでしたとは言いません」

「いや、何でそれ知ってるんだよ……」

「見たからです。追体験もした。他にも……いろいろ。あんなことや、こんな記憶まで……」

 ふふ、と地味に聞こえ辛いトーンでそう告げる彼女は、見ているだけである意味ホラーに思えてしまう少女だった。

(というか、あんなことやこんな記憶っていったい何なんだ!?)

「…………『必殺、せいくりっどぶらいとかのん』、とか。今なら妄想の通りにできるかもしれませんね」

「んなっ!?」

 心当たりありすぎた康博であった。

 それは、数年前のことである。

 中二病を発症してしまった彼は、思いついたことを片っ端から大学ノートに書き連ね、我が聖書として大事に勉強机の中に『封印』し続けていたのである。

 それが、高校になり、そして大学受験が迫る今の年齢になって、ようやっと目が覚めつつある状態――彼にとっては、まさに黒歴史でしかなかった。

 中でも、彼の中で特に思い出したくないもの――それが、オリジナルの『必殺技集』であった。

「私の勧誘に、乗ってくれたら……好きな必殺技を、再現できるようにいろいろ鍛えてあげる。でも……断ったら、どうしようかな…………」

 そして、少女はその黒歴史をまさかの質にとって康博勧誘のネタにしてきたのである。

「ぐぬぬ…………あんた、いい性格してるな……」

「うん。それ、そこそこの頻度でそう言われます……なんででしょう?」

 きょとん、と首を傾げて、なぜそう言われるのか理解できないといった疑問顔になる弓聖の少女であった。

 どうやら、自分があまり褒められたことをしていないことだけは理解しているらしい。

 まぁ、やっているのは脅迫なのだから、言葉通りの意味で『いい性格』ではないと自覚するのは間違っていないのだが。

(この子には冗談が利かないのかもしれないな……)

 あるいは、皮肉というものが理解できないのかもしれないが。

「まぁ、いいです。……とにかく、私は何としてもあなたをうちの宗派に引き入れるために、あらゆる手段を講ずるつもりでいるますから。そのあたり、よろしくお願いします」

「いや、よろしくって言われても……つか、勧誘って宗教の話だったのかよ?」

「うん。…………聖者って、普通どこかしらの宗教に所属しているものでしょう?」

 まるで知らないの? と常識知らずを見るような顔で、再度首をきょとん、と傾げる少女。

 知らないも何も、そんなこの世界の常識など、知らないことだったので頷かざるを得ないのだが。

 そもそも、そんな常識があったところで、康博自身宗教には興味がないので、知ったことではない、というのが答えでもある。

 そんな彼の心境を読んだのか、それとも康博の過去を見てそうなのかもしれないとすでに察していたのか。

 とにかく、康博にその気がないと理解するや否や、弓聖の少女は寂しそうな表情を作って、まぁ、そうだよね、と康博に同調するように言った。

「私が、あなたの立場だったとしたら、やっぱり、そうだと思う。この世界の常識、知らないことがおおそうだもんね。…………でも、それなら、なおのことここで頷いておいた方がいい」

「……どうして?」

「このままだとあなた……多分、とんでもないことになるから」

 言ったでしょう、勧誘合戦だ、と。

 相変わらず静かな、耳を澄ませていないと聞こえなさそうな細い声でそう告げる少女。

「あなたが、隠匿魔法でも自分に掛けていれば、あるいは少しは騙せたのかもしれないけど……女神さまのお話を聞かなかったのが悪い。自分が犯した罪の重さ、思い知るといい」

「……あなたに残された道は三つだけ。今ここで、私の勧誘に乗るか、ここで頷かないで、勧誘合戦の渦中に捕らわれるか――それとも、全てを投げ捨てる覚悟でこの街から逃げるか。ただし――逃げ出すのであれば、本当にすべてを投げ捨てる覚悟をした方がいい」

 ――その時、あなたは本当にすべてを失うのだから。

 まるですべてを見て来たかのように、感情のこもらない、とても冷たい瞳と口調でそう告げる弓聖の少女。

 康弘は、少女の雰囲気にのまれて、碌に言葉も返せなくなってしまった。


 ――それは、康博が送れるはずだった平穏な日常が、終わりを告げた瞬間であった。



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