双聖教会の聖女は思いを馳せる
聖女ミーシアは、要注意人物たちとの遭遇を経て、宿屋の一室で腰を下ろした。
そして、俯きがちになり、深い思考の海へと旅立った。
(彼のダンジョンマスターが聖者を三人もつれていることはわかり切っていたことだけど……まさか、矛盾の申し子だとは、思いもしなかったなぁ……。そうなるだけの環境が揃っていたというのに、まるで気にも留めていなかった…………)
別に、彼女はイツキが聖者三人娘を引き連れていたことなどどうとも思っていない。
ミーシアが一対一で戦ってようやっと勝てるような相手など、それこそ聖者くらいしかいないのだから。その程度であれば、他の聖者であってもすでに検討はついているはずだ。
ミーシアがイツキ達の存在に気づいたのは、本当に偶然だった。
二徹で走り続けてこの街に到着して、宿屋にチェックインした。それが、今日の午前中のことだった。
その後、仮眠をとって昼食を取った後は、どこぞの建物の屋上を勝手に間借りして、ボルタリアの街並みを眺めていた。
――実のところ、ミーシアはこのボルタリアの生まれだった。
だから、この街で彼女は特に住民に気に入られている。
この世界の例にこぼれず、聖者を引き込もうという勧誘合戦の渦中に不本意ながらも必然的に巻き込まれ――縁あって今の宗教団体に所属しているものの、実際のところ彼女はそれほど信心深い方ではないのも、このボルタリアの住民たちの間では周知の事実である。所属している宗教団体での活動に関するドライな態度は、領主も知っているほどに信仰心がない。
実に聖女にあるまじき姿勢である。
そして、イツキ達のダンジョンに気を取られて気づかなかった、新たな聖者の誕生。いや、それは生まれたというより、突如この世界に現れたといった方がいいかもしれない。
なにしろ、赤ん坊ではなく、きちんと成人した人であるかのような外見をしていたのだから。
ーー数日前。
自室に戻りかけていた踵を返し、とんぼ返りするように数分前までいた部屋に舞い戻り。
そして、新たな聖者の『出現』とその特徴を告げたところ、教皇からは予知した通り『様子を見つつ、可能であれば引き入れるように』と命じてきたのである。
すでに神聖眼により、彼が宗教に関しては無頓着で、あまり面倒ごとが好きではない性格のようであったから、正直勧誘するのには気が引ける相手だった。
自分だって、しつこい勧誘に精神的に追い詰められていったから今の宗教団体――双聖教会に所属した問い経緯があるのだ。
自分と同じ轍を踏ませるなんて、できることならしたくはない。
しかし――自分が勧誘しなくても、他の宗教団体に所属する人たちは勧誘合戦に乗り込むだろう。
それから救い出すためには――はやり、自分が彼を勧誘して引き入れる以外にはなさそうである。
引き入れた後のことは、今はまだ考えてはいないが。
しかし――運命のいたずらか。
とりあえず行動の指針を決めるべく神聖眼でボルタリア周辺の未来を予知をしたところ、勧誘対象の聖者が選ぶ街はミーシアの故郷であるボルタリアであり、そしてそのボルタリアにはその聖者だけではなく、要注意人物として扱うことに決めた、ダンジョンマスターとその連れまで滞在する、という未来が視えてしまったのだ。
これにはミーシアも頭を抱えた。
なにしろ、その連れの三人は聖者である自身と一人一人がほぼ同等の実力者であることが分かっている。それはつまり、相手もまた聖者であり――そして、聖者三人と男性一人という組み合わせは、ミーシアにとっては最悪以外の何物でもないのだから。いや、ミーシアでなくてもそう思っていたことだろう。
それを知ったミーシアの出立時の足取りは、それはもう重いもので――これから大物のダンジョンでも討伐しに行くのではないかと市民に心配されてしまうほどであったという。
かくして、この世界に出現した聖者を双聖教会に引き込むべく、ミーシアは宗教的緩衝地帯である隣国へと旅立ったのである。
幸いにも、その聖者の片方は、二徹で走りとおせば彼のもとへ到達できるような位置に出現したため、勧誘合戦に遅れることなく、彼が最初の滞在地に選んだ街へとたどり着くことができた。
それが、今日の午後の話である。
「……はぁ。気が重い……」
街に着いた彼女は、疲れを宿で癒すこともせずに、気になっていたダンジョンマスターと聖者三人の動向を見るために街中を探索していた。
ただ、相手は巧妙に身を隠しているのか一向に見つかる気配がなかった。仕方なく、姿を隠した状態で領主の館の屋根に上り、そこから街全体を見渡してみた。
すると、目的の四人の姿は見つけることはできなかったが、すでに到着していたらしい、自分とは別の宗教団体に所属している聖者――槍聖の姿が目に付いた。
たまたま近くで仕事をしていたのか、はたまた遠地から転移をしてきたのか……少なくとも自分より早く到着していたらしいことをしり、少しだけ負けた気分になる。
さて、ダンジョンマスター達の隠れ方も巧妙を極めているが、彼も彼で巧妙に正体を隠している――その隠し方は、少なくとも、聖者以外では見つけることは困難なほどだ。隠匿魔法で聖者と悟られないようにしているらしいが、やはり槍聖ということもあって、どちらかといえば魔法は得意ではない方らしい。
聖賢ほどではないが、魔法が得意な自分なら発見は少なくとも容易であった。
彼は、とある方向をじっと眺めており、そちらに集中しているのかまるでこちらに気づこうともしない。
いや、実際には気づいているのだろうが、あえて気にしていないそぶりを見せているのだろう。
(一体、彼は何を…………っ!?)
視線を追った先。その砂浜を見た瞬間、ミーシアはあ、と声を上げた。
砂浜には四人の姿。
男一人に女三人という構成は、ミーシアも気にしている集団とも合致する組み合わせ。ただ、神聖眼で視てみても、一見しただけでは普通の冒険者(とその見習い)くらいにしか思えなかった。
魔法の練習をしているのか、魔法使いらしい少女の手ほどきを受けながら、彼は真剣に自身の魔力を練り出そうとしていた。
ざっとその魔法を解析してみたところ、使おうとしているそれは風の魔法であることが分かった。
初心者用も初心者、最も易しい入門者向けの魔法だったことから、まだ覚え始めて間もない――それこそ、初めて一週間やそこらなのだろうとミーシアは最初そう評価した。
ただ――少し引っかかるものというか、違和感というべきか――十年ほど聖女として培ってきた勘が、彼らに対して何かがあると警鐘を鳴らしてきた。
何が自分は気になっているのだろうか、と思いながら今一度神聖眼で彼らを視て――その結果断片的ながらも把握できた情報に思わずびっくりしてしまう。
なんと、彼らこそが、目下の要注意人物であるダンジョンマスター一行であったのだ。
これは何ということか、と今この時ほど彼女が自分を叱咤したことはなかっただろう。
それくらい、彼女は知らずのうちに腑抜けていたらしい自分のあり様を恥じていた。
これでは聖女としてやっていけないだろう、と。
慌てて気を引き締め直し、槍聖の彼と同じようにダンジョンマスター達の魔法の練習を眺めた。
(あれが、ダンジョンマスター…………私と同じか少し若いくらいの、普通の人ではないですか……)
だが、神聖眼はあれをダンジョンマスターだと断定している。しかも通常のそれとは違い、肉体を持っている。それも自前の肉体だ。
つまり、あれはダンジョンマスターでありながら、生き物なのだ。
ダンジョンという現象ではなく、れっきとした生き物なのである。
(……なるほど。神託の意図は、そういうことだったのですね……)
聖者は、正当な理由なくして人を殺めてはいけない。
聖者達にとっての不文律のようなものであり、それをするようであれば聖者失格の烙印を押されても仕方がない、と言われるほどに堅いものでもある。
が、視線の先の光景を見る限り、あれは一人の、タダの人間のようにしか見えない。
普通に生き、普通に生活し、普通に人々の営みの一部であろうとするその姿を見れば、少なくともダンジョンマスターだから、というだけでは討伐するための正当な理由としては、弱いとすら感じてしまうほどになじんでいた。
彼女はそこで、なぜ彼はそこまでして馴染めるのか、とその理由が気になり始めた。そして、それを神聖眼で探り始め――相手の隠匿魔法を突破し、そして愕然した。
神聖眼は、意識した対象をつぶさに解析し、そして発動者に報せる。言い返せば、気になったことは、余すことなく使用者に見せる。使用者はそれを拒むことは許されない。
その結果、ミーシアは見てしまう。すべてを、見て、悟ってしまう。
彼のもともとの生活環境。そして、いかにしてダンジョンマスターとなって、この世界に来たのか。その経緯。神々の思いまで。
「そう……そんな事情が…………。それなら確かに、神託まで下して保護したくなるのも当たり前よね……」
何しろ、この世界に来た理由が理由なのだから。
少なくとも、この世界で生活するモノとして、そしてこの世界の安寧を守る身として。
彼を支援する理由はできたが、同時に滅する理由はなくなってしまったのは確かだ。
あれは、少なくとも自分には討伐なんてできないだろう。むしろ、願わくば討伐対象として認められそうなことはしないでほしい、と思ってしまうほどに、ミーシアは視線の先のダンジョンマスターのことを認めていた。
もっとも。そこまで見ることができてなお、巧妙に隠し押された矛盾の申し子の存在は、彼らが自白するまで気付けなかったが。
そして今。
チェックインした宿の部屋で、先ほど四人と実際に対面したミーシアは、改めて彼らに手出ししなければ世界に利することはあっても、手を出せば百害あって一利なし。と、そう評価を下した。
実際問題、彼はダンジョンマスターでありながらダンジョンにはとどまらず、人の世に出て人らしい生活をすることを望んでいた。そして、そのための資金集めも冒険者という荒々しい仕事ではなく、あえて商人という手段を取ろうとしているなど、非常に好感を持てる計画を立てていた。
周囲を聖者たちで固めさせてはいる者の、彼女たちとてダンジョンマスターであるイツキに手出しをしなければ、その力を周囲に振りまくようなことはしないことが分かった。
さすがに、食堂のど真ん中で、剣の切っ先を、杖の片端を向けられた時には背中にじっとりと冷や汗をかいたが――あれは自分のアプローチのかけ方にも問題があったことだし、それを鑑みれば少なくとも彼女達は力の正しい扱い方を熟知した、安全な人達であることは明らかだ、とミーシアはそう評価する。
聖者たち三人については、自分と同じく、高潔な思想のもと動く聖者と大差ないのだと実感できたくらいである。
ただ、それでも――いや、だからこそ、というべきか。
あの聖者三人を敵に回してしまったときのことを、どうしても考えてしまう自分がいた。
対話して、思いのほかあの四人のことを気に言ってしまったらしい自分に驚きながら、同時に恐れを抱いている自分がいることに、それは正常な判断と精神状態だ、と言い聞かせる。
なにしろ、それだけ厄介なものをあの三人は抱えていたのだから。
厄介、と言っても、それはミーシアにとって自分の敵に回してはいけない、という意味での厄介だ。
「矛盾の申し子……その効果は…………」
神聖眼は反応を示さない。
三人の内の一人、聖賢が本気になって隠蔽しているためだろう。隠蔽魔法を使用しているらしいことはわかっても、その隠蔽魔法のベールの奥を覗くことは、まるでできないでいた。
ミーシアにできるのは、ただ一つ。
(考えられる効果は……聖者が扱う魔法の反転か、それとも敵対した聖女に対する弱体効果か……少なくとも、一筋縄でいく効果でないことだけは確かでしょうけどね……)
こうして、推測に推測を重ねていくことで、最悪を予想することだけであった。
そして迎えた翌朝。
ミーシアは、日の出と同時に目を覚ました。
ボルタリアの街に到着した聖者たちは昨晩の間にも着実に増え続け、早ければ今日中にでもフリー状態の弓聖争奪戦が始まることだろう。
ミーシアは部屋を出ると、出遅れるわけにはいかない、といわんばかりにそのまま宿から出て街中を駆け抜け――彼女が宿泊している宿とは別の宿の前で立ち止まった。
その宿こそ、弓聖が宿泊している宿だった。
一回深呼吸をして、一度目を閉じる。
(ここへ来る途中に神聖眼で確かめたけれど――どうやら、目的が同じらしい槍聖の方は、まだ声をかけていないようね……なら、私が最初になる。それが吉と出るのか凶と出るのかは、今後の駆け引き次第ね……。はてさて。何はともあれ、まずは彼と話をしてみないことには始まらないわね。どう話を持ち掛けようかしら……)
考え、そして悩みながら、ミーシアは左方向の少し上を一瞥した後で、目の前の宿の中へと入っていった。




