ダンジョンマスターの護衛は災厄級?
称号スキル『矛盾の申し子』。
それは、数ある称号スキルの中でも、いくつもの可能性を内包した、正体不明のスキルとして悪名高い称号スキルだ。具体的な効果を挙げることは不可能。その明確な効果はそれを保有する個体によって異なる。正確には、この称号スキルを取得した原因によって変わってくる。
保有者を敵に回した際のリスクは、とても高い。なにしろ、対処法が分かり切った存在だと高を括ってかかった結果、この称号スキルの思いもしない効果によって、見事返り討ちにあってしまった、という前例が数えきれないくらい存在しているくらいだ。
「神聖眼でも、自身と同等以上の力量を持って構築された隠蔽魔法の前では、歯が立たない。神聖眼の数少ない、そしてある意味致命的な盲点です。ですが――それだけに、その称号スキルを三人が持っているという言葉は、簡単には受け入れられません。――本当、なのですか?」
「まぁ、これでも奥の手だから、その効果まではむやみには話せないけどな。聖者でありながらダンジョン生まれ。これだけでも、十分矛盾の申し子を持つに値する出自だとは思わないか?」
「…………指摘されてみれば、確かにその通りですね。本来であればダンジョンを浄化すべき存在なのに、対立関係にあるダンジョンに生まれた。確かに、それだけで矛盾の申し子と言えてしまうほどの矛盾点です。よく考えることもなく、神聖眼で視えた未来を過信してしまいましたね。聖女として――それ以前に聖者として。とても恥ずべきことでした……」
「まぁ、神聖眼は弱点がほとんどないからなぁ。過信したくなるのも頷ける話ではあるけど」
強力なスキルほど、使いたくなってしまうものだよな。
俺も、行商についてはダンジョンの機能ありきでやろうと考えてるし。
「しかし、それを踏まえて再考すると……経験が不足しているとはいえ、聖者を三人も相手に回すリスクは…………」
なにやら、ミーシアは深い思考の海に入ってしまったようで、食器を持つ手が止まってしまった。
まぁ、そうなってしまうのも仕方がないだろう。
フタバが全力で隠してしまった以上、神聖眼ですら見抜けない。そして、それはどうやら未来視をしても予測を付けることはできないほどの隠蔽力を誇っていたということだろう。
俺がその存在を明かしたからこそ判明したものの、それでもフタバが俺達にかけた隠蔽魔法の効果には何ら影響を及ぼさない。
いうなれば名前だけが分かっている正体不明の力。それを聖者三人娘が持っているとなると、どちらかといえば敵対者であるところのミーシアにとってしてみれば、どうあっても分の悪い賭けに出ざるを得ないだろう。
「嘘はついていないようですね……。参りました……本当に。まさか、あの悪夢のような存在と同格になりうる人と、三人も出会ってしまうだなんて……」
「あら……嫌われてしまいましたわね……」
「あ、いえっ……ミオリ様を嫌っているわけではないのです。そもそも神託もありましたし、実害がなければ敵対しないつもりですから。ただ……ちょっと、似たような聖者に関する記録を見たことがありまして、それで少し……」
「なるほど。苦手意識、ということですね」
「はい…………」
ふぅん、資料かなにかで見たことがあったのか。
いや。この怯えともいえる感情。もしかしたら、資料で見たうえで、さらに神聖眼で追体験もしてしまったのではないだろうか。
追体験というのが、どういったものなのかはわからないが、『体験』というくらいだから、リアリティという面においてはかなりのものだと勝手ながら憶測してしまう。
ミーシアの話は続く。
「当時、矛盾の申し子を持つ聖者に戦いを挑んだ人物は剣聖でした。相手は聖賢でしたから、接近戦であれば優位に戦えると思っていたのですしょう。ただ、結果はひどいものでした……」
いわく、自分が使用していた身体強化魔法の効果をすべて逆にされ、一般市民の中でも運動慣れしていない人達よりも弱い状態にされてしまったという。
その状態で死なない程度に手加減された一撃をもらってしまった、というのがその事件の顛末のようだ。
「その剣聖は、魔法で傷を治したりはしなかったのか?」
「したそうです。ただ、剣聖ゆえに魔法は相手ほど得意ではなく、むしろ天地の差がある。そして近接戦では勝てる気がしない……ゆえに、その剣聖は任務を放棄し、所属していた宗派の拠点に帰投したそうです」
ちなみに、そもそもその剣聖がなぜ戦いを挑んだかといえば、それは自身が所属する宗教団体の聖者の後任を欲していたから。そして、その後任として選ばれたのが、当時まだフリーだった、その聖賢だったらしい。
しかし、自由を好むかの聖賢は、その勧誘を拒否。何が何でも彼を後任に据えたかった剣聖は、その後も猛烈にアタックしたらしいが、当の聖賢はこれをことごとく拒否し続けた。
最終的には度重なる勧誘に聖賢側が辟易して、それならば腕試しをして、勝てば言う通りにしよう、と賭けを持ちかけたのだという。
そしてこれは余談だそうだが、その戦闘がきっかけで、その聖賢はその時代の聖者たちから一目置かれ、生涯フリーランスの聖者として活動を続けられたそうだ。
「……何はともあれ、矛盾の申し子は保有しているだけで敵対した時の不安要素が格段に高くなる、恐ろしいスキルだな……」
「えぇ。まったくです……まさか、実際に矛盾の申し子を持つ聖者と遭遇するなんて、私も思ってもみませんでしたが……。どんな効果であれ、敵対することだけは避けたいものです……というか、どうにかしてほしいと上から言われても、多分、任務放棄するかと思いますよ……」
それほどか。
まぁ、相手が聖者やその協力者だった場合に、治療魔法や支援魔法を攻撃魔法や妨害魔法として使用できる、だなんて言えば、本当にそうしたくなるんだろうけど。
ミーシアと別れた後、俺達は自分たちの部屋に戻って、明日からのことについて話し合うことになった。
想定していなかったとはいえ、聖者と遭遇したとなれば、警戒しておくに越したことはないし、ミーシアの言っていたことが真実であるならば、この街周辺は今後荒れることになるだろう。
戦い慣れしていない俺がここに居残るのは少々不安が残る、というのが聖者三人娘の意見である。
「私はこの街に居続けるのは反対ですね。マスターは、昨日戦い方を学び始めたばかりです。今日も、魔法の基本的な扱い方を学んだだけ。荒事に巻き込まれた際、とても対応できるとは思えません」
真っ先に意見を述べたのは、イブキだ。
「俺としても、同感といえば同感だな……。この街の料理は俺の好みだし、他の街がこの街とまったく同じ食文化とは言えないんだろうけど……」
鮮魚を生のままいただく生寿司や海鮮丼などが食べられるのは、偏にこの街が海辺という地の利を生かしているだけに過ぎない。
海辺の街を一つは慣れれば、良くて干物。最悪海魚とは一気に無縁になるだろう。
無類の魚好きというわけでもないが、それでもまったく魚を食べられない、というのはちょっと思うところがある。
しかし、だ。
それと身の安全を天秤にかけろ、と言われれば、俺は身の安全を取る。
せっかくこの世界の女神達に救ってもらった運命なんだから。早死にするような真似は避けたいのが本音だ。食事は……まあ、二の次だな。最悪、ダンジョンエナジーとの交換でどうにかなるだろうし。
「マスターの心もすでに決まっているようですけどぉ……私は、あえてこの街に残ることを提案します」
次いで答えたのはフタバ。
彼女らしく、どことなく間延びした、砕けたような口調で反対の意見を述べた。
「私もですわ。そもそも、マスターが言っていたではありませんか。私達三人には、矛盾の申し子の効果があるのです。いざ聖者たちと遭遇して、多人数と敵対することになってしまったとしても、勝てない、というわけではないと思いますわ」
「それに、どうしても勝てそうにない、という状況に持ち込まれても、神聖結界を張ればどうにもなるでしょうしね~」
神聖結界は、広い方が優先される。
しかし、フタバが言うには、神聖眼で未来を視ても、今回敵方には聖賢が登場する場面がない。つまり、聖賢は例の弓聖争奪戦(?)には現れない可能性が高いということ。
したがって、いざ集まってきた聖者が徒党を組んで俺達に立ち向かってきたとなれば、ジャックして逆利用することだってできる、と彼女は自信満々でそう言う。
そして、矛盾の申し子をONにしたうえで相手の神聖結界を奪ってしまえば、奪った結界もそのまま矛盾の申し子の効果対象に入る。つまり、聖者とその協力者に対する効果が逆転するのだ。
それがどれだけ強力な保険になるかはわからないけどな。
「……まぁ、フタバたちがそういうのであれば、私は言うことはありませんが……」
イブキは嘆息しながらそこまでいうなら、と反対意見を取り下げた。
「聖者たちが、この街に集まっている、というのも気になる話ですわね。私達が言えた義理ではございませんが、そもそもリブシブルにおいて聖者となりうる者が生まれにくい理由にも関わってきますし、あまりいい状況ではございませんからね」
ミオリが何やら意味ありげなことを言っているが、どういうことかと問うても、今はまだ何とも言えないから、と詳しくはあまり話してはもらえなかった。
ただ、しいていうなら、正気と瘴気のパワーバランスが云々、と説明されたくらいか。
「正気と瘴気のパワーバランス、ね……」
それを聞いて真っ先に思い浮かべるのが、エルメイアさんのこと。
彼女は最高神の片割れとして、この世界の管理を行っている女神だ。
公には聖神とも呼ばれている存在と比較して、できること、やるべきことはほぼ同等。ただ唯一違うのが、この世界で常に発生し続けている瘴気を操ること。これの目的は、正気と瘴気のパワーバランスを保ち続けることにある。
聖神側のみが担っている作業がなんであるかは詳しく聞いてないから不明だけど……憶測と偏見だけで推測してみると、多分操るエネルギーが違うだけで、やることは一緒なんじゃないかと思う。
だって、エルメイアさんがパワーバランスを保つために魔物やらダンジョンやらを生み出すのに対して、聖神側はこれに対抗するかのように聖者や勇者といった、強力な魔物やダンジョンへの特効兵器を生み出しているみたいだし?
聖者やら勇者やらの力を与えられるのはイブキたちのような例外を除いて、基本的には聖神の領分だという(あくまでも領分が違うだけで、同じことは普通にできるらしいが……)。しかし、見方によってはエルメイアさんが魔物やダンジョンを、聖神が勇者や聖者を生み出すことによって、パワーバランスを保っていると見れなくもない。
――なんてな。これは本当に俺の憶測と偏見からくる推測だから、実際のところは何とも言えない。
まぁ、なんにせよ、聖者が集まって、例の弓聖の争奪戦を行うのだとすれば、しばらくはダンジョンマスターである俺にとっては注意が必要になってくる。
くれぐれも巻き込まれないように注意しないとな。




