神引きダンジョンマスター、魔力について考察して合格点をもらう
まぁ、ダンジョンの機能なんて、別にいつでも確認できるんだし、がっかりすることもないか、と考えを改め、今は今やるべきことに目を向けなおす。
まずは冒険者ギルドに行き、本日受けた依頼の達成報告を行わないといけないよな。
ということで現在、冒険者ギルドの受付に立っております。
応対してくれたのは、昨日入会手続きをしてくれた、セリエさんだ。
「……奥で鑑定を行いましたところ、確かに受け取った品は依頼されていた物と相違ありませんでした」
「そうですか。それはよかったです」
「はい。ただ……記録によるならば、依頼を受注していただいたのが本日の早朝ですから、早すぎる気がしますが……。冒険者になりたての頃だと、受注して出立した時間を加味しても、普通なら早い人で午後半ばくらいまではかかると思いますよ?」
「そうなんですか」
「そうなんです」
まぁ、俺達の場合は、なぁ。
「鑑定どころか、目的のものを探し出せるスキルを持ってるからなぁ……全員が」
「ぜっ……こほん。それが本当なら、とんでもないことですよ。冒険者なんかにならなくとも、あらゆるところから引っ張りだこじゃないですか。冒険者ギルドとしても、ぜひ来ていただきたい人材ではありますが……。……所長と副所長が、有望株とか、加入した理由がもったいないとか言っていた理由が分かったな気がしますよ……」
あの二人、まさかそこまで期待してくれているとは思ってもみなかった。
ただ、もったいないといっているあたり、俺達の意思を尊重してくれていると思ってもいいのかもしれないな。
「これなら、溜まっている採取系の依頼をすべて任してしまいたいくらいですよ……」
「まぁ、それはおいおいと……」
溜まっている依頼全部って言うからには、相当数あるんだろうな。どれだけ溜まっているのかも聞きたくないな。
セリエさんの熱すぎる視線を流して報酬を受け取ると、そのままギルド内の食事処で昼食をとることになった。
「ブレスチキンの串焼きは……ありましたわ。一皿で300アギルですか……」
「一皿で五本……何気に屋台よりもコストパフォーマンスがいいじゃない。これは買いかしら?」
「もちろんですわ!」
昨日、一昨日とお世話になった屋台ではいずれも一皿四本で250アギルから。確か、昨日ミオリがいつの間にか購入していたやつは、270アギルもしたわりにはあまりおいしくなかった、とぼやいてたっけ。
一本もらったけど、味からしてパップリッシュベースというよりは塩ベースのタレに近い感じであった。
だから、少し味が違ったんだろう。
あと値段が違う理由があるとしたら、単純に値付けの違いとしか言いようがないが。
「あとは白飯小盛と、生野菜のサラダ。ルルーヌスープも欲しいですわね…………」
「ミオリは本当に食べるのが好きだね」
「はい。美味しいものを美味しく食べれるのは何よりも幸せなことだとは思いません?」
「まぁ、それはそうだけれどね」
けど、ミオリのそれはちょっと違うんだよなぁ。
なんというか、一緒に食事をとっていると、それはもうとても美味しそうに食べるから、見ているこちらも思わず笑顔になってしまうのだ。
俺はそこまでの高みには至れないかもしれない。
ウキウキしながら料理を待つミオリをしり目に、俺達もそれぞれが思い思いの注文をする。
そして、出来上がった料理を受け取ると、開いている席を見つけてそこに陣取った。
食べ始めて早速口を開いたのは、やはり食べ物関連の話題が多いミオリだった。
「肉系のメニューが多いのは仕方ないとして、もう少しサラダ系のメニューも欲しいところですわ……」
「ミオリは本当に食事バランス気にしているものね……。食い意地が張ってるとは思えないくらいに。それに引き換えてフタバときたら……」
「うみゅ~? んくっ、なぁに、イブキ……」
食事風景のみならず、日常のしぐさの一つ一つに気高さを滲ませるミオリに、そのミオリには遠く及ばないものの、それでも洗練されたきれいな動きが周囲の視線を一々奪い去っていくイブキ。
それに対して、なんかこう……フタバのしぐさは、どれをとっても二人には比べるべくもないというか……一気に砕けた感じになって、等身大の、年端もいかない少女らしい印象しか受けないのだ。
一言で示すなら、俗世に染まり切った感じ。現代日本の女子高生なんかと遭遇したら、一気になじみそうな感じだ。
それを言うならイブキもそうなんだが……数日接してみた結果、どっちかといえば、イブキは真面目なOLみたいな印象だ。最低限の礼節はしっかりと弁えながらも、親しみやすさを同時に感じる。三人の中では、一番まともな性格かつ平凡な価値観だからか、まとめ役になることも多い。
真面目な社会人系のイブキに自由人系のフタバ、そして気高いお嬢様系のミオリ。
こうして食事風景を見ていると、やはり初めに抱いた印象通りの性格なんだな、と思い知らされる。
「あ~! マスター、いまそこはかとなく私のことけなしましたね!? しかも、ご丁寧にほかの二人を引き合いに出したりなんかして~!」
「けなすもなにも、あなたに限っては事実でしょう」
「ひっど~! ミオリまでそんなこと言う!」
「はいはい、怒る暇があったら、今の自分を鑑みましょうね、フタバ」
「むう~……」
隣に座っていたこともあり、どこからともなく取り出したハンカチ(昨日、いろいろ買い物をしていた時についでに買ったものだ)で、甲斐甲斐しくフタバの口の周りをふき取るイブキ。
はたから見ればそれは、年の頃は同じなのに、手のかかる娘と母親のように見えて、何とも不思議な光景であった。
などと、楽しい食事の時間は過ぎ去り、本日も聖者三人娘による指導の時間が今日もやってきた。
今回の担当はフタバ。当初の予定通り、彼女からは魔法に関するあれこれを教わることになる。
先ほどの食事中に受けたであろう屈辱はどこへやら。
どこからともなく取り出した指し棒代わりの短い杖を片手に、『はいは~い、始めますよ~』と可愛らしく傾注を促してくる。
「それでは、今日は魔法の使い方、をお教えする前に、その前提知識となる魔力についてのお話をしましょう。よろしくね、マスター」
「よろしく、フタバ」
親しみやすい講習だな。
昨日のミオリの剣術訓練が嘘のようだ。
「まぁ、剣術訓練は、仕方ないですよね。あれは実践的な部分がどうしても中心になっちゃいますから」
「だよなぁ」
「もちろん、魔法も似たようなものですけど、少なくとも体力勝負! みたいなことはないですから、安心してください」
「それは助かる!」
「うふ。正直ですね~、マスターは。ミオリが面白い顔になってますよ。それじゃあ、さっそく今日の授業、いってみましょ~!」
なにやら不吉なことを言われた気がしないでもないが、感じる視線はどちらかというと生暖かいものしか感じないので杞憂だろう。
「さて。本日は先ほども言った通り、魔力についてのお話と魔力操作の訓練です! といっても、魔力の基本的な操作はマスターもできるんですよね?」
「あぁ。なんか知らんけど、気づいたら使えるようになってた」
ダンジョンマスターとは、俺達みたいな、異世界からの避難組でもない限りは基本的に瘴気――いってしまえば、魔力の塊みたいなものである。
ゆえに、魔力というものに対して、順応性が極めて高いという特徴を持つ。
異世界からの避難組の場合は、肉体は元の世界でのソレがベースになっていて、普通のダンジョンマスターとは違う――名目だけの種族:ダンジョンマスターとなっているが、名目だけといっても種族がダンジョンマスターであることに違いはない。
ゆえになのか、俺がすぐに魔力を操れるようになったことを考えても、魔力への順応性は普通のダンジョンマスターとそう変わりないようである。
「ま~、いろいろ思うことはあるみたいですけど、そのあたりの謎は別にどうだってもいいでしょう」
「そうだな。気にしたところで何か問題があるわけでもないし」
「マスターがマスターじゃなくなるわけでもないですしね」
まったくである。
「それじゃ、早速ですけど魔力に関する座学から始めましょう。魔法職は頭でっかちじゃないと務まらないような一面もありますし?」
「つまりあれこれやる前に学ぶべきことが多々あると」
「そうですよ。特に、魔力の基礎知識については、この世界の自然界に与える影響のことも鑑みると、絶対に忘れちゃいけないことばかりなんですから、真剣に取り組んでもらわないと」
言いながら、フタバは人差し指と中指、薬指を立て、その指先に三つの魔力の球を作り出して見せた。
それらは、見るからに性質が違うと分かる。
おそらく、白銀色の、見ているだけで心が安らぐ魔力球は正気で、その隣の魔力はざわつくな感じの雰囲気があるから瘴気だろう。
真ん中のはどうも感じないからわからないが、おそらくはプラマイゼロの中世的な魔力といったところか。
「マスターのご推察の通りです。こちらの、人差し指に発生させた魔力球が正気。あらゆる生物の心身に安らぎを与える性質を持ちます。そして、瘴気は――まるで病毒のように、あらゆる生物の身も心も蝕み、場合によっては死に至らしめます」
「まぁ、イメージ通りの内容だな」
正気が人々に生命の営みを与え、瘴気が人々の命を蝕む。特に、瘴気と生物の関係については、フィクションでもよくあるものだった。
だから、それについてはよく理解できる。
ただ――それだけで片付けられるかというと、そうでもない。
その手のフィクションにありがちなイメージだと、瘴気というのは生物に悪い影響を与えるだけ、とされることが多い。しかし、この世界の瘴気は、生物に悪い影響こそ与えるものの、逆に生物にとってなくてはならない物でもあるのだ。
なぜなら、瘴気は生物の負の側面も併せ持っているからである。
極論を言ってしまえば、正気が理性、瘴気が欲望とそこからくるむき出しの感情、といったところだろうか。
リブシブルにおいては、広義の意味では人の感情とて一種の『魔力』なのだから、そういうことにもなろう。
つまるところ、全ての生物は、常に少なからず瘴気をその身に宿して生きている、ということ。それが、勘違いしてはいけないところである。
でなければ、怒りを抱くこともできないし、悲しみを感じることだってできない。
だって、それらは『負』の感情なのだから。
ちなみに、プラスでもマイナスでもない魔力は零の魔力や、中気と呼ばれる。
中気は、主に無機質な物質を構成したり、世界の理――いわゆる、科学で証明できるもろもろの現象を司ったりしている。
また、生物にもこれが含まれており、基本的に魔法といえばこの中気を用いて発動するケースが多い。
ただし――中気とは、良くも悪くも中立の魔力であることからして、その時の感情次第で正気にも瘴気にも変わりうる。例えば、怒りや悔恨などの感情に任せるまま魔法を用いれば、それは魔法となる直前に瘴気となり、魔法としては成り立つがその周囲を瘴気で汚染することになる。
まぁ、魔力についてのあれこれについてはこんなところだろうか。
「さすがはマスター! エルメイア様とお話をして事前知識を蓄えただけのことはありますね」
「まぁ、ほとんど雑談っぽい内容だったけどな」
「そうはいいますけど、あれこれ教えようと張り切っていたこちらとしては張り合いがなくて困っちゃうくらいですよ。も~、これじゃあ予定通りじゃないですか。面白味がない……。まったく、少しはこちらの期待を外してくださいよ~」
「予定通りってなぁ……あらかじめわかっていたんなら、飛ばしてもよかったんじゃないか?」
何が予定通りって、おそらくは未来を視て、こうなることを予知していたんだろう。すなわち、フタバが魔力の球を浮かべ、それを見た俺がどう考えるのか、その一部始終を。
「そりゃあ、万が一ということもありますからねぇ。未来っていうのは不確定事項の塊なんですから。神聖眼で視た未来がどれだけ数を重ねても同じだったとしても、なにかしらの些細な要因によってそれが全く別の未来になることなんて、ごまんとあるんですから」
なるほどな。バタフライ・エフェクトを恐れたってことか。
実際、なにかしら一つでも彼女が見落としている部分があったとしたら、それだけで予期していた未来とは異なる、想定外の未来が訪れていたはずだ。
そう、にわか知識のみの、危うい状態で魔法を教わることになるという状況に。
そうなる可能性が一縷でも残っていたからこそ、彼女はそれを排するための行動をしたのだろう。
「ま、つまらないのは事実ですけど、下地があるのはいいことです。んじゃ、さっさと次に行きましょうか」
「ん、わかった」
「では、魔力操作のみならず、知識面でも想定どおり合格点。なら、あとはやるべきことは一つしかありませんね。ただひたすら、実践あるのみ。一日目にしていきなりですけど、魔法の練習やってみましょう」
魔力に関する基礎知識に合格を得られたことで、いよいよ魔力を使って魔法を発現させることになった。
普通ならその間に、魔力の操作練習が入ってくるんだが、前述の通り、俺はもうすでにできるようになっているし、弄ぶ程度とはいえたまにやっているそれについて、特段何も言ってこないということは、彼女の眼から見ても及第点は得られているということなのかもしれない。
「まずは最もポピュラーな魔法――先ほど私が使って見せた、光球の魔法ですね。ただの魔力の球に見えて、あれは暗いところで周囲を照らす、れっきとした魔法なんです」




