神引きダンジョンマスター、冒険者の心得を学ぶ
時間が迫り、再度受付カウンターに行ってセミナーを受ける旨を伝えると、セリエさんとは別の受付嬢が応接室まで案内してくれることになった。
そして、案内された応接室で待機していると、後続で俺達のほかにも数組のチームが入室してくる。どうやら、セミナーを受講するのは俺達だけではないようであった。
そして、開始時間になると、俺達が入ってきた扉から燕尾服を着た気迫のある壮年男性と、ジャケットにスカートを着用した冷たい風貌の女性が入室して、
「それでは、お時間になりましたので、冒険者ギルド入会セミナーを開始いたします。講師は私、副所長ジョゼフィーヌと」
「俺、所長のジェイクが担当させてもらう。このセミナーで話す内容は、冒険者ギルドの会員として守らなければならないルールがメインとなっている。よく聞いて、わからないところは質問して、晴れて会員となった暁には、ここで聞いたルールに沿って、清く正しく潔い、まっとうな冒険者として活躍してもらいたい」
「なお、これから話すルールは規約の中でも、違反すると特に重い罰が与えられるものも含まれています。問題を起こした際に、そんな規約は知らなかった、というのは通用しませんから、あらかじめご了承ください。では、始めます。まず――」
講師二人の有無を言わさない、威圧的な物言い。しかし、その内には新人冒険者たちを非行に走らせまい、犯罪者には絶対にさせまいという強くも暖かい情熱が感じられ、自然と背が伸びるのが自分でもわかるほどだった。
冒険者としての心構えから始まり、依頼をこなすうえでのルール、問題が発生した時の対応や、他の冒険者に絡まれてしまったときの対応など。
特に、他の冒険者と揉め事を起こした場合、基本的にはギルドは不介入のスタンスを取っているが、それはあくまでも節度を保っていればの話。
ギルド内部とて、街中であることには違いはなく、当然街の条約などは適用される。
冒険者は、良くも悪くも実力主義だし、その実力主義というのもどちらかと言えば『腕っぷし』がメインとなってくる。だから、口論が過ぎれば当然、その先に待っているのはタイマンだ。
それでも、ある程度の加減を弁えていれば、ギルドは介入しない。実力主義だからである。
魔物や、場合によっては野盗や犯罪組織などと戦うこともある関係上、武に秀でていない者は結局、冒険者ギルドの中では周囲にうずもれることになるし、そうでなくても身を守れない者はギルドの冒険者を名乗る資格がないことの証左ともなろう。
だから、ギルド側もある程度の範疇であれば、むやみに介入せず、注視する程度にとどめているのだとジョゼフィーヌさんは言った。
しかし、過度な暴力が振るわれた場合はその限りではない、とも。
「冒険者同士の決闘はギルドとして認めておりますし、暴力を受けた場合は正当防衛も認められます。しかし、そこにある正当性が損なわれるほどの力が振るわれた場合は、問答無用でギルド職員が両者に対し制裁を与えます」
「制裁? 仲裁ではなく?」
「制裁で間違えていない。俗にいう、喧嘩両成敗というやつだな。どのような理屈であれ、そこにある正当性がなくなっている以上、双方に罪があるとして扱わざるを得ない。そしてそうなった場合――待っているのはギルド内での裁きではなく、その地域や国の公的な機関から与えられる罰になる。つまり、衛兵や、騎士たちにしょっ引かれるってわけだな」
「もちろん、そうなった場合は自己責任です。最初に被害を被った側を弁護することもありませんし、無罪放免となったとしても、場合により、事情の説明や証拠品の提出などに応じた結果そうなったのであって、ギルド側は犯罪者となった者も守るということはありません。
もちろん、まったく弁護しないというわけでもないですが。信頼関係如何によっては、もしかしたら職員の誰かが護ってくれる場合も、場合によってはありますし――」
ジョゼフィーヌさんは、ゾッとするほど底冷えする冷笑を浮かべながら、室内を見渡して、俺達の反応を確認していく。
その眼はまるで鷹のように鋭く、一人一人を見ては、絶対零度のごとき凍てつく視線を飛ばして相手をひるませる。
例外は、俺達だろう。
俺は前世のバイト時代に、こういう視線とはむしろ真逆の視線を、いわゆる『モンスタークレーマー』と呼ばれる客から幾度か浴びせられたことがあるから別に怖くはないし、イブキやフタバ、ミオリに至っては剣聖、聖賢、聖女と視線や威圧ごときでどうにかできる存在ですらない。
俺達を見た幹部二人は、ほぅ、と感心するような顔をし、次いで若干気圧されたような顔で、『なにより、有能な人格者は我々としても手離したくはありませんからね』と付け加えた。
どうやら、目を付けられたようだ。いい意味でなのか、悪い意味でなのかはまだ分からないが――イブキたちがムッとしたような、殺伐とした空気を纏いだしたことで、察してしかるべきだろう。
「では、次の説明に移らせていただく。次は、実際に依頼を受ける際の注意事項についてだ――」
依頼を受ける際の注意事項。これもやはり、重要なものだ。
依頼は、基本的に、誰でも自由に受注できる。しかし、冒険者ギルドで仲介を行っている依頼は、そのほとんどが地域住民などから寄せられた依頼である。中には常設依頼や定期依頼、護衛依頼といった、いつでも人数に制限なく受けられるものや、定期的に発注されるもの、複数のチームが徒党を組んで共同で行うものもあるが、基本的には一つの依頼につき、先着1チームが基本となっている。
また、届いた依頼は、緊急性の高いものでない限り、午前中に届いたものはその日の14時ごろ、12時以降に届いたものは翌日4時ごろに一斉に受注可能となり。割のいい依頼を選びたい場合には狙ってその時間に受付に申し出る必要があるようだ。
覚えておかなければならないのは、目安ランクや必要ランクというものが設けられていること。
これらの『ランク』は、依頼書に記載されているランクに、受注希望者のギルド認定ランクが届いていなかった場合には受注お断りとなる場合があるとジェイク氏。
例えば具体例を挙げるならば、護衛依頼などがこれにあたる。
特に、王族や諸侯が、何らかの事情により、身分を隠して移動したいという場合。
そうした場合は冒険者ギルドや傭兵ギルドに依頼が来ることもあり、受注する場合は実力も品行も礼節も、全てにおいて高ランクであることが常に条件として付きまとう。
まぁ、当り前の条件といえばそうだけどな。王侯貴族の周囲に立つのであれば、実力はもちろん、その周囲に立つにふさわしい品格というものが求められる。
実力はあるが行動がいちいちがさつで、礼節も守らない。マナーが絶対の貴族社会において、例え身分を隠しての行程とは言えど、そういう人材はノーサンキューだ。
特に、王族がこうした依頼を持ってきた場合は、厳しい内部選抜の末選ばれた精鋭中の精鋭のみが受けることを許されるため、真面目に上を目指す冒険者ほど、礼節を大事にし、常に自分の在り方を模索しているのだという。
「願わくば、あなた方もゆくゆくは、そうした依頼を受ける資格がある、と我々に認められてほしいものです。もっとも……そこまでたどり着けるのは本当にごく一握りですけれど」
こればっかりは、本当に嘆かわしいといわんばかりにジョゼフィーヌさんはかぶりを振る。
まぁ、先ほどの食堂の光景を見てしまえば、頷けない話ではないけど。
「ちなみにですが、加入したての時点での評価は、皆さんのここでの受講態度をもとに付けられます。まともに聞いていなかったり、好戦的な態度を示した場合にはもちろん、低評価を付けますが――そうですね。今回、特にこの方であれば信頼がおけそうだな、と思ったのはイツキ・オマエダ様、イブキ様、フタバ様。そしてミオリ様、この四名くらいでしょうか」
「ほかははっきり言って並みか、あまり期待はしていないといったところか」
ジェイク氏がそう伝えれば、周囲からは落胆しているとしか思えない息遣いが聞こえてきた。
気持ちは、わからないでもないけどな。ここまで見事にこき下ろされれば。
その話が終わった後は、税金はどうこうとか、失敗してしまい、継続不能となってしまった依頼の対処法はどうすればいいのかとか、そういったこまごまとした説明が続いたくらいで、これといった内容はなく気づいたら講習が完了していた感じだ。
最後にジョゼフィーヌさんが部屋に入ってくる際に持ち込んでいた籠の中身が配布されて、それでこの場はお開きとなった。
ちなみに籠の中身はギルドカードだった。
「あぁ、そういえば言い忘れていましたが。最後に、ギルドにお金の管理を依頼したいという方は、申し出てください。この場でまとめて手続きをしてしまいますので」
「ギルドがお金を管理? 俺達のを、ですか?」
「はい。それであっています」
「それって、俺達にいいことあるんですか?」
まぁ、そのあたりわからなければ、気になるよな。
俺達は商業ギルドにすでに口座作ってあるし、いらないけど。あ、でも――
「すみません、別のギルドの口座に払い込み先として指定することは可能ですか?」
「なんだ? すでに口座持ってやがんのか。ならその手続きやるからちと待ってろ」
ジェイク氏は俺の席までくると、手に持っているボードと木ペン、インク便を乱雑に机において、『ほれ、口座情報』と聞いてきた。
一応個人情報なので、口頭で言うのもはばかられたので、商業ギルドで作ったばかりの会員証を取り出してそれを掲示。
それをささっと記入したジェイク氏はそのままジョゼフィーヌの元へと戻っていった。
「ふぅ……冒険者たちのリーダーなだけあって荒っぽい外見と態度でしたけど、やはり人格者ではありますね」
「マスターを威圧したのは許せませんでしたけれど、必要なことでもあるのでしょう。この程度で臆していては務まらないという教えかと」
「さてと。それじゃ~、講習も終わったことだし、受付に戻りましょ、マスター?」
「そうだな。他にはもうやるべきこともなさそうだし、そうするか」
去り際に、これであとはギルド側の処理だけになるから、もう帰って良しとのお達しが出たし、これでもう退室しても大丈夫なはずだ。
一応、ジェイク氏に一言断って、俺達は会場から退室した。
そして、受付兼食堂へ戻る道すがら、今は何時頃だろうかとダンジョン管理画面を呼び出してみれば、講習でそれなりに時間を使ったと思っていたのに、それでもまだ昼には少し早いような気もした。
ただ、何かをするにはすでに遅く、あと数十分もすれば昼時になるのは間違いない。
「微妙な時間だね~。どうする、イブキ」
「そうね……マスターは、どう思いますか? 昼食をいただくには、少し早いような気もしなくはないのですが」
「ん……そうだな。とりあえず、さっそく常設依頼ってのを見てみるか」
冒険者としてしばらくの間活動するわけだし、そのための準備に何が必要なのか、イブキたちならまずはそこから考えさせるだろうし。
いきなり依頼を受けよう、というのはそもそも何も野外活動をするための道具を持っていない以上、愚の骨頂だろうな。
武器も持ってないし。
「……まぁ、確かに、どんな依頼があるのかを確認した後ならば、、どのようなものがよう入りになるのかイメージしやすくはありますわね。さすがはマスターです」
「うちらのこと、きちんとわかってくれているみたいですしね~。実際問題、さっそく依頼を受けよう、だなんて言われてたら、そのまま説教タイムに移るところでした」
「まぁ、商業ギルドでもらったパンフレットもありますから、それを参考に考える手もありましたけどね」
実際、私はそれをもとに準備をマスターにしてもらおうと思っていましたと言われて、予想が正しかったことを察した。
どうやら、午後は午後でいろいろと頭を使うことになりそうだ。