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神引きダンジョンマスター  作者: 何某さん
Episode:1.10 Challenge the new life!!
12/27

早起きダンジョンマスターは思う。「フリーランスの弓聖はやらかしたようだ」


 食堂内は、昨晩見かけたみたいな風景から様変わりしていた。

 昨晩見かけた光景は、客がカウンターまで言って料理を注文し、適当な席に座ってそれを待つ。そういうスタイルだった――と記憶している。

 しかし、今見えている光景は、見事にビュッフェスタイルに則したものとなっていた。

 しかも、奥の部屋にあった注文用のカウンターは姿を消しており、そのカウンターがあったところにもぎっしりと料理が並べられた長机がドン、と置かれていたのだから、驚いたものであった。


「昨日のあのカウンター、どうやら可動式だったようですね――ほら、このトレー・食器の受け取り・回収カウンター」

「ん――あ! 言われてみれば」


 室内入口に設えられていた、トレー・食器の受け取り・回収用のカウンターを観察してみれば、なるほど確かに昨日注文カウンターとして使用されていた机だった。

 なるほど、朝はこういう風に使われるんだな。

 そして、そのカウンターで食器を受け取り、口頭で案内を受けてから再び周囲を見渡してみると、なるほど、実に合理的な配置をされていることに気づかされる。


 まず、食堂に入ってくると、もれなく朝食はビュッフェであるという案内のもと、食器と、それを乗せるためのトレーを手渡される。

 そして、手渡しと同時に案内されるのが、用意されている料理の配列だ。

 トレーを受け取って、右回りに進んでいくと、そちらには主にパン食やパスタなどの『洋食』がずらりと並んでいる。

 飲み物と各種パンやパンをトレーに乗せた後は、そのままスープや主菜、そして副菜のコーナーへと進み。そして、一番奥に並んでいるデザート類のコーナーへと到着するようになっているようだ。

 そして、反対方向――左回りに進んでいくと、ご飯ものやみそ汁など、いわゆる『和食』ブースとなっている。

 それらのほか、温野菜煮物といった主菜や、漬物などの副菜、そして佃煮などの『ご飯のお供』などが並び、一番奥ではやはりデザート類に行きつくようになっているらしい。

 まぁ、料理の並びについては案内された内容そのままなんだけどな。


「マスター。私たちは、あちら側から回っていきますので、何かありましたらイブキに何でも仰ってください」

「まぁ、さすがに宿の中で粗相(・・)を働くような方はいないと思いますけどね~……うぅ~、うち、もう腹ペコ……失礼します、マスター」


 そういって、フタバは若干元気なさげな尻尾を俺達に向けながら、真っ先に洋食ブースへと向かっていった。

 それを、やれやれと言わんばかりにミオリも追っていった。


「私達も参りましょうか。マスター、お手伝いいたしましょうか?」

「いや、さすがに大丈夫だよ、子供じゃあるまいし」

「ふふ、そうでしたね」


 輝く銀色の髪を揺らしながら歩くイブキに先導される形で、俺達は和食ブースへ。

 先にイブキが二人分受け取っていたトレーとナイフ、フォークやスプーンなどの各食器を手渡される。

 その後、まず手に取ったのは、もちろんご飯だ。

 そばに置かれていた容器は、さすがに金属製の――おそらくは銀か何かの――お皿とだったが、それに盛り付けるようになっていた。

 そして、その次に味噌汁らしきもの。

 説明を見てみると、専属で契約している事業者から仕入れた『パップル豆』という豆を使用した『パップルルーヌ』なる発酵食品を使用している、とある。

 まぁ、パップル豆がパップリッシュに使用されているとすれば、おそらくはパップル豆は大豆のこと――つまり、パップルルーヌとは味噌のことだろうな。


 うん、色も普通に味噌と一緒だな。

 いつも家で使っていた信州味噌と色合いもそっくりだ。


 そして、『厳選したティルヴィノートを使用したヴィノート出汁を使用し~』とあり、結構本格的な味噌汁になっているようである。

 これは期待が持てそうだ。

 説明書きとにらめっこしていると、イブキが何やら悟ったような表情で、『私が(よそ)いましょうか?』と聞いてきた。

 どうやら、装い方がわからないのだろうか、と思われたのかもしれない。苦笑して『いや、問題ない』と自分でお玉を持って味噌汁を容器に入れた。


「しかし……マグカップに入れて飲む味噌汁というのもまたシュールだな……」

「マスターがいたところでは違うのですか?」

「あぁ。お椀っていう、片手で持てる程度の、すり鉢状の容器があってな。それに入れてた」

「ほぅ…………なるほど。確かに、これとはまた違った趣がありそうで興味深いですね」


 むしろ、そちらの方が――などとブツブツ考察しているようだが、後ろがつっかえているので俺はさっさと次の料理を取りに行くことにする。

 ご飯と味噌汁を取りに来る人もそれなりにいるみたいだしな。

 おっと、味噌汁の次にご飯の供か。ボルタ煮が気になっていたし、忘れずにとっていかないとな。……ご飯に適量を乗っけておけば大丈夫か。


 主菜もいろいろあった。

 が、俺が目を見張ったのは、肉じゃががそのまま肉じゃがという料理名で存在していたことだ。

 正確には肉ポタポというらしいが、中身を視たら少なくとも見た目はジャガイモと肉と人参、そして玉ねぎを調理したものだったので、色合いからして肉じゃがだろうと思っただけなのだが。

 とにもかくにも、主催のテーブルから肉じゃがらしき料理――肉ポタポを若干深めのさらに盛りつけて――これで一汁一菜は確保できたわけか。

 あとは、そうだな。漬物とかを軽く添えて、テーブルに着くか。

 そう思い、間近にあったキュウリっぽい野菜と海藻類の和え物(酢のにおいがすることから酢の物だろう)をトレーに乗せて、その場を離れようとしたところで、ふと鼻腔をくすぐるかぐわしい香りに気づく。


 ――ん? これは……。


 その匂いは、漬物類のブースを過ぎた後、少し目立たない場所から漂ってきていた。

 人を選びそうな独特のにおいを持ち、周囲の料理から遠ざけるように配置されたこれは――料理名が記された札には、『ロアネク・パップル』と書かれていた。


「おぉ……こんなものまであるとは思わなかったな。本当にいろんなものがそろってるな……」


 つぶやきつつも、こうも誘われては手に取らないわけにはいかないだろう。

 傍らに備え付けられていたタレ(・・)添え物(・・・)を取りつつ、ほくほく顔で俺はテーブルへと向かった。




 フタバとミオリは、すでにテーブルについていた。

 さすがは女性聖者、実力もさることながら容姿端麗だ。俺が頭を上げて、どこにテーブルを取ろうか、と見渡したところで彼女たちと目が合ったときには、いい目印にすらなったくらいである。

 しかし、二人とも俺が近づくと少し顔をしかめた。フタバに至ってはテーブルから少し離れた場所で、だ。

 まぁ、理由はわからなくもないが。


「ロアネク・パップル、ですか……。うち……これのにおい、きつくてだめかもしれません……」

「あ~、なんかごめん」

「いえ……オキニナサラズ……」


 これはさすがに狐っ娘にはきつかったか……。


「一応、においを遮断する結界を張りましたが……五感のうちの一つを自ら封じるのは少し気が引けます……」

「無理もありませんわ……まぁ、こんな見た目とにおいでも、きちんとお米には合うのですから、不思議ではありますが」

「そうですね。私も、さすがにロアネク・パップルだけは…………あら。でも、においがきついだけで、味は……ふむ。今度試してみようかしら…………」


 イブキは地球で言うところの西洋人らしい顔立ちながらも、食の好みはどちらかといえば日本食によっているみたいだな。

 よかった、仲間内に共感してくれそうな相手がいて。


「その……あとで、少々取り分けていただけませんこと? 興味がわいてきまして……」

「ミオリもか? ……においを苦手そうにしていたけど、大丈夫なのか?」

「ほんの一匙程度で構いませんわ。その……少し、試す程度で……」

「ん、了解。……ほれ」

「うわぁ……」


 うむ。やはり、これを最初に見ると、誰でも引くよな。

 イブキも、やはり少々引いているし。

 よくかき混ぜるとさらにおいしくなるんだけど、それは今は見せないほうがよさそうだ。

 少し味気なくなるけど、今日はそのままいただくとしようか。


「んじゃ、食べるとしようか。いただきます」

「そうですね~。いい加減腹ペコで、もう目が回りそうですよ~。なので……いただきま~あむ」


 よほど腹が減っていたのか、フタバは食膳のあいさつもそぞろに、真っ先に皿に山盛りになっている小さめのパンを一つ手に取り、ひと齧り。

 そのまま飲むような勢いで、スープと一緒に平らげていった。

 そんなフタバや、そしてなぜか俺までも見ながら、何かを聞きたそうにしているミオリであった。しかし、すぐに答えを得たように、自分もそれに続いた。


「……? あぁ、そういうことでしたら……いただきます」

「えっと、こんな感じでしょうか。……いただきます」


 そしてイブキと一緒に、見様見真似といった感じで合掌してそれを言った。

 気になっていたのは、『いただきます』というその単語だったのだろう。

 おそらくは神聖眼で答えを割り出したかなんかだろう。


「フタバはよく見てるな……」

「ま~、これでも聖賢さんですので。マスターの一挙一動から、故郷で身に着いたしぐさや作法、宗教的思想などなど……それらの何がトリガーとなって、どう転ぶのか。それを推し量るのは、マスターの身の安全を守る役を任された関係上、必要なことですからね~。もちろん、それで得た情報は全部、マスターの利益に還元することを前提にしたうえで、いろいろ視させてもらってるんですけどね?」

「それについては私達もできないわけではないのですが、頭の良し悪しで言えばフタバが一番ですので」

「戦略値の高さや、それを裏付ける知力や理性の高さは伊達ではないということですわね」


 なるほどな……まあ、裏を返せば、三人にとって俺のプライバシーはあってないようなもの。だけど、そこには相応な理由があるし、なによりプライバシーポリシーというものははっきりさせている、ということなんだろう。


「そーいえば、昨日うちらに喧嘩吹っ掛けてきました弓聖なんですけど、どうも彼もこっちの街に来ているみたいですね~。私達とは別の宿に泊まったみたいですけど」

「そうなのか……でも、どうしてまた、昨日は急に射られたんだか……。そいつも神聖眼持ってるんだよな。だとしたら、なんで急に攻撃仕掛けて来たんだ? 神聖眼で敵意があるかないかなんてすぐわかるだろうに」

「あはは……多分、隠蔽魔法が相手の神聖眼をシャットアウトしてしまったがために、敵意のあるなしも読めなかったんじゃないかと」

「そ、そこまで隠蔽しちまったのか……つか、そこまでやる必要あったのか?」

「可能な限り全力投入しましたからねぇ、持てる限りの知恵を絞って。隠すべきもの、そうでないもの問わず色々と隠蔽対象に入れてしまいましたから、ある意味急ごしらえともいえますが――いつこっちに意識向けてくるかわかったものではありませんでしたから、あの場ではあれがベターと判断したまでです」

「意識を向けられて、神聖眼の真価を発揮されてしまっては、隠蔽魔法もあってないようなものですからね。そういう意味では、フタバのナイス判断でした」

「ふ~ん……そんなものなんかね」


 なんか、釈然としないものもあるが――三人がそういうなら、そうなんだろうな。

 ちなみに、こちらは隠蔽魔法で情報は一切漏れ出さないのに、向こうは隠蔽することもせずにいるので俺達はおろか、世界中の聖者たちに情報が駄々洩れらしい。おいおい、何やってんだよ。囲い込まれても知らね~ぞ。


「あの後きっちりとあの弓聖のこと調べたから、私達も向こうの事情はすでに知り尽くしてはいるのですが……」

「うちらにはどーしようもないというか……『矛盾の申し子』がありますから、いざというときには捨て駒にしないといけませんからね。マスターは、そういうの嫌いでしょ?」

「まぁ確かに……可能であれば、どうにかしてほしいとは思うだろうけど」

「残念ながら、何事にも限度というものがありますわ。『矛盾の申し子』は有効化と無効化を切り替えることができるようですが、だからといってそれほど融通が聞くわけでもないようですからね。無理な時は、私達は真っ先にあの者を切り捨てることになるでしょう。たとえ、その結果マスターと仲違いすることになったとしても」

「だよなぁ……」


 そもそも、俺とそいつの立場が違うのはもちろんのこと、同じ聖者という観点からイブキたちと比べても、やはり立場は異なる現状に彼はおかれている。

 彼は聖者だ。そして、彼は個人でもある。この場合における『個人』とはもちろん、何の『後ろ盾』もない、何の組織にも所属していない真っ新な状態であるということだ、とフタバは言う。

 つまりは、俺と同じ異世界出身者。この事実自体、今聞かされて正直驚いているが――気になるのは、その事実は同時に、彼が社会的に極めて不安定な状態にあることをも意味している、ということ。

 理由は何であれ、この世界の今の情勢からして、そういった状態にある聖者たちは容赦なく既存や新興の宗教団体からの勧誘の嵐が待っていることだろう。

 それも――かなり過激な勧誘が。

 場合によっては人質も取られることになるかもしれない。無論、彼も聖者なのだからやりようはいくらでもあるかもしれないが――あぁ、それでも個人では限界があるのだ。

 いくら組織と共生関係を築くことができたとして、やはり彼は個人でしかないのだ、聖者である限りは。その力を持っている限りは――その強大さゆえに。


 俺達と行動を共にする、という手を取った場合、彼は擬似的ながら俺のダンジョンという後ろ盾を持つことになる。しかし、俺達はダンジョンから離れて行動しているからその恩恵は極めて薄いだろうし、そもそもイブキたちは『矛盾の申し子』によって、聖者やそれに与する者に対してはありとあらゆる行動が毒手と化す。それは無論、件の弓聖に対しても同じだろう。

 なぜなら――イブキたちのもつ『矛盾の申し子』の取得条件は、聖者でありながらダンジョンに生まれること、という稀有といえるだろう条件となっている。

 取ろうとして取れるものでは到底なく――結論から言って、彼は、俺達と組んだ時点で、詰みを迎える。


「昨日の時点では、私達――厳密には、マスターのダンジョンに世界中の宗教団体が目を向けていました。が、さすがに今日の内にはもう落ち着いてきてしまうことでしょう」


 この世界の宗教団体は、聖者という存在のおかげでそこそこ情報の伝達速度が速い。今日中にも他のことに目を向ける時間が見えてくるだろう。

 少なくとも、他の聖者やそれに近しい人たちは、すでに弓聖のことを察知して行動を起こし始めているころかもしれない。


 今隠蔽したところで、時すでに遅し。

 彼には申し訳ないが、俺達はこのまま我関せずを貫くのが一番だろう。


「わかっていただけたようでなによりです」

「――苦渋の決断をした、といったところだけどな。ちょっと心苦しいな」

「同郷という可能性もありますが――マスターの記憶を読み解く限り、その線は極めて薄いですわね。あり得たとしても、よく似た別の世界――並行世界、みたいなものでしょう。ですから、そのあたりはご安心くださいな」

「そっか……なら、安心……なのかな」

「えぇ、そうですわ」


 まぁ、困っていて、助けられるようなことがあれば助ければいいかな。

 あとは、あっちなりに自分でどうにかしてくれることを祈っているしかないだろう。

 それよりも――今は、俺のことを考えないといけないしな。


 けど、まぁ……とりあえずは。


「まずはおかわり、かな。ボルタ煮、うまい!」

「あら。クスクス……そうですね。朝ごはんは一日の活力の源ですからね」

「あ、お待ちくださいな。私も、ご飯とボルタ煮を取りに行きますわ! そのために、あえて少なめに見積もって取ってきましたの」

「お、そうだったんか。道理で少ないと思った。あれで足りるのかと思ったけど、そういうことだったんだな」



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