神引きダンジョンマスター、ボルタリアの街に胃袋を掴まれる
宿の店員さんに部屋のカギをもらい、部屋まで案内してもらった俺達は、軽い食事を頼むことにした。
おにぎりと鳥の串焼きを先ほど一個食ってしまったからな。食堂でがっつり食べるのは無理だろうし――それに、ちょっとばっかし歩き疲れたのもあるし。
係の人の話によれば、この宿では軽食類であれば、食堂で購入してそのまま自分たちの部屋で食べることも可能だということだったので、今夜はそうすることにしている。
というわけで、食堂でも食べることができるおにぎりと味噌汁(!?)、そして生ハム入りの野菜サラダを購入して、部屋に運んでもらうことにした。
しかし、しかしこうも日本の食材があると、さすがに都合がよすぎないか、と疑ってしまうのだが……。
「今更でしょう。マスターが特に関心を示した米、清酒、醤油、そして先ほどの味噌。それらが作れる環境がそろっていることは、この地域、ひいてはこの国で清酒が作られていることを鑑みれば当然のこと。マスターも、そのことはご存じと私は思っているのですが……違うのですか?」
「……はい?」
見透かしたように、イブキがそう問いかけてきたので答えに窮してしまった。
まあ、確かにそれはそうなんだがな……。
なにせ、清酒である。清酒とは、醸造酒なのだ。
そして、清酒には各種麹が使われている。
醤油も味噌も、醸造技術で作れるものだし、同じ技術を用いるのであれば、みりんだって作ることは可能だろう。つまりはみりんだって存在する可能性は高い。
酢だって、地球では製法の違いこそあれ、大昔にはすでにその製法が存在していた。つまり、この世界にも酢は存在している可能性はあるだろう。
日本で日常的に使われていた和風調味料がそろい踏みすることはまず間違いないだろう。
「まぁ、そうだなぁ。今俺が関心を向けているのは――」
「お寿司があるかどうか、ですよね、マスタぁ~?」
「うわっ、フタバ、びっくりしたなぁ……」
急にフタバが視界から消えたと思ったら、左方からずずいっ! と目の前に割り込んでこられた。
小悪魔か、こいつは。
ちなみに、言われたことはまたしても的中。もしかしてこいつ、神聖眼で心読みやがったな?
「なんか、薄揚げ寿司っていうのがあるみたいなんですよね~。なんか名前に引かれるっていうか……どんな味かはわかりませんが、視ただけで食欲をそそられる外見をしてました!」
と思ったら、単に欲望丸出しなだけだった。
薄揚げ寿司――薄揚げってのは確か、油揚げのことだよな。てことは、それの寿司だから、稲荷寿司か?
まぁ、フタバは狐の獣人だしな。油揚げや稲荷寿司が好きそうなのは納得といったところだが。
ところで――
「油揚げってあるのか?」
「ありますよ? 豆腐を専用の工程で作り上げ、それを油に投じて揚げたものですよね」
「やっぱりあるんだな。豆腐も、油揚げも」
ということは、もしかしたら冷ややっことかも食べれるかもな。じゅるり。
鰹節があるかどうかはわからんけど……あとオクラとか。
「ちなみに、油は、この辺りではライオの実を絞って油脂を分離したライオ油が主に使われているようですわね」
「ライオの実……?」
「そうですよ~。ライオという木になるんです。マスターの世界にあったものでは……そこまではさすがに神聖眼でも対応してくれませんかぁ……」
そうか……ん? 実を絞って、油脂を分離ね……な~んか、前にどっかで同じような話を聞いた覚えがあるんだが、何だったかなぁ。
なんかの食用油が、ミオリたちの言っているライオの実に近いんだったかね。
「ん~……DEショップ覗いてみたんですけど……一応、類似品の候補っぽいのはありましたね~。オリーブオイルって、聞き覚えあります?」
「実家じゃ使ってなかったが、食用油として広く使われてる油の一つではあるな。ん~、オリーブオイルか……なら、ヴァージンオリーブオイルがライオ油に一番近いか、まったく同じ製法だと思う」
「なるほど……」
一応、ネットで簡単に調べられる程度の製法を伝えると、フタバは理解したような顔で一言、そうつぶやいた。
「私としては、むしろマスターのいた国と類似性のある品物が、この辺りにどれくらいあるのかが気になるところですね。場合によっては本当に長期間、滞在することにもなりそうですし」
「それな。住み心地がいいともしかしたら永住も考えられるかも」
「それだけはまずいですから、移動し辛くなる前にとっとと移動できるようになるまで成長しましょう」
だよな。
宗教的な面で緩衝地帯になっているとはいえ、街角で聖者に遭遇したりとかはあり得そうだしな。
特に、三人が言うには、フタバがかけた隠蔽魔法でも、同じ聖賢相手だとどうなるかわからないらしいし。
ちなみに、フタバがかけた隠蔽魔法は、一度付与すると術者が解除するか、隠蔽魔法に気づいた人がどうにかして解呪しない限りそのままになるらしい。
「成長といえばマスター。明日は商業ギルドと冒険者ギルドへの登録がありますが、それらが終わったら仕入れをする前に、ある程度の強さになるまで鍛錬を積み重ねることにしましょう」
「私達に頼りきりだと、いざというときに困りますからね~」
「目標としてはそうですわね、少人数相手に対等に渡り合える程度、といったところかしら。みっちりと叩き込んで差し上げますわ」
あっはっは~。やっぱりそう来たか~。
まぁ、そうくるんだろうな~、とは思ってたよ。
「お手柔らかに頼むな?」
「もちろんです。無理は禁物ですし、やる気をそぐようなハードワークも私達としては望みませんからね」
「まぁ、マスターは魔法の使い方も知りたいと言っていましたし、最悪無詠唱で魔法を使用できるようになれば、護身術としては上々ですからね。それほど道は長くはないでしょ~」
「そうですわね。それに、身体強化の魔法さえ扱いこなせれば、格上相手でもなんとか渡り合えるでしょうし。……と、あれこれ話し込んでしまいそうになりましたが。なんにせよ、今あれこれ考えていても仕方がありませんわ。一応、その方向で予定を考えるだけで今は大丈夫ですわ。実際の鍛錬の内容を決めるのは私たちなのですから」
了解。
とりあえずは、すぐに動くんじゃなくて、ある程度鍛えてっからな。
PC越しにエルメイアさんに言われたこと、こっちの世界に来て早々に死んでしまったダンジョンマスター達の死にざまを忘れたわけじゃないし。スタート直後に魔物や獣の類に襲われて死亡、なんて望んじゃいないからな。
さてさて……それじゃ、ひと段落したことだし、そろそろアマテラスに定時報告でもしときますかね。
なお、そのあとはもう本当に何事もなく、係の人が届けてくれた軽食を食べ終わった後は、ミオリに日常魔法という分類にカテゴライズされる魔法、『洗浄魔法』をかけてもらった後、就寝という流れになった。
歩き疲れていたせいもあってか、初日の夜は横になったらすぐに眠りに入ってしまった。
翌朝。
イブキの呼びかけにより、日の出と同時くらいに目を覚ました俺は、目をこすりながら三人にあいさつをした。
「おはよ~。三人とも朝に強いのな……」
「あはは……まぁ、マスターが元の世界でどうだったかはともかくとして、この世界では別に珍しいことではないのですけれどね」
まぁ、そうだよな。
例えばこの宿で働いている人だって、食堂の厨房を担当している料理人はそれこそ日の出前から仕込みとかありそうだし。
「そういえば、昨日二つのギルドに行くって言ってたけど、一日で二つも可能なのか?」
ギルドに所属するって、なんか手続きでそこそこ時間取られそうな気がするんだが。
「大丈夫ですよ。そのために早起きしてもらったのですから」
さぁ、食堂に行って朝食をいただきましょう、と行動を促してくるイブキと、他二人に動かされるままに俺はあてがわれた部屋から退室する。
早朝の、まだ眠気が抜けきらないこの時間。宿の廊下は、閑散としていて、耳が痛いほど静かだった。
時折他の部屋の中からかすかに話し声などが聞こえてくるから、起きている人もいるのだろうが――それでも、まだ動き始めるには早すぎる時間であることを思い知らされる。
「朝食はビュッフェスタイルのようですわね」
「ん~、パンか米飯か、どちらか選べるのがうれしいなぁ。お米もよかったけど、私的には次はパンを食べてみたい……」
「私はご飯にしようかしら。なにやら、パップリッシュと、料理酒の一種を使用して作られるこの地域の風土料理があるみたいでね、それの海苔を原料にしたのをご飯にまぶして食べるととても美味しいみたいなの。」
「私はやはりパンかしら。エジームをいろいろ試してみたいですし」
「おぉ! それもいいね~」
三人はそれぞれが食べてみたい料理をそれぞれ主張しあっているが――おそらくは神聖眼で情報を視たのだろうが――俺にもわかるように説明をしてもらいたいものである。
一応、イブキが言ってるのは予想がつくけど。多分、海苔の佃煮のことなんだろう。
なんていうのかは不明だが――
「でも、イブキが言ってたものも興味はありますけれどね。……ふむふむ、ボルタ煮、というのですね。次に食べられる機会があったら、今度はそれを試してみましょうか」
などと思っていたら、ミオリの独り言で答えが出てきてしまったな。
まぁ、佃煮も、もともとは地名がそのまま充てられた名前だし、風土料理という時点でそういう名前になってもおかしくはなかったか。
だが、そうか――佃煮みたいなものがあるなら、俺もご飯に決定だな。
三人の姦しい話を聞き流しながら、ビュッフェスタイルらしい朝食の今日のメニューを頭の片隅で決めつつ、俺達と同じように早起きした宿泊客達に紛れて食堂へと向かう。
そして、階段を降り切って一階へと到達したところで、不意にイブキから話を振られた。
「マスターは、何にしますか?」
「うん? 俺か? そう、だな……イブキが言ってたボルタ煮って、使ってる料理酒はみりんっていう――いや、みりんじゃわからないか。えっと、どういう料理酒が使われてるかわかるか?」
「もちろんです。ボルタ煮に用いられている料理酒はミライムと呼ばれるものですね。粘性の高い米と米麹に酒精を加えておおよそ二月弱くらい寝かせることで作られるようです」
「間違いないな、それみりんだ! じゃあやっぱりボルタ煮は俺の知ってる佃煮の可能性が高いな……決めた。俺もご飯にする」
「左様ですか。では、ともに存分に堪能いたしましょう!」
「ああ……」
そういえば久しく佃煮は食べてなかったな。
ご飯のお供としては定番なんだが……ここ最近は納豆やら明太子やらで、あまりそっちには手を伸ばしてなかったからなぁ。
まだ見ぬ異世界版の海苔の佃煮。俺は頭の中で、日本で良く購入していた、市販の海苔の佃煮を思い浮かべてみた。
この宿で食べられる佃煮はどんな味がするんだろうか、俺のよく知ってる海苔の佃煮と変わらない味なんだろうか、とまだ見ぬ佃煮に奇怪な運動をしないよう平常心を保ちながら、食堂へと足を踏み入れた。
※ジャム→JAM→AJM→『エー』『ジェー』『エム』→エジーム
※食用油→オイル→OIL→LIO→ライオ
※みりん:ローマ字でMIRIN→『ミライン(MIRINE)』




