へたれダンジョンマスター、身内のヤバさを改めて知る
ミオリに先導されながらたどり着いた狩猟ギルドで、いつの間にかフタバが倒していたらしいナニカを売った後、俺達は宵闇に包まれつつある街並みを再び練り歩いていた。
その『ナニカ』とは――まぁ、海水まみれの、きれいな蒼い鱗のドラゴンだったんだが。
おかげで狩猟ギルドは大騒ぎ。
三人とも容姿端麗ということも相まって、ぜひ狩猟ギルドでハンターとして登録しませんか!? などといった勧誘の嵐に巻き込まれる羽目になったため、軽く精神誘導の魔法まで使ったほどだった。なお、自己申告だが使ったのはフタバだ。
天真爛漫な印象を受ける彼女だが、その実えげつないほど躊躇しない性格であることを、まざまざと思い知らされた気がする。
ともあれ、かくして、少々荒々しい形で先立つものを獲得した俺達は、ようやっと街を自由に散策できるようになったわけだ。
そろそろ空が完全に夜の闇に閉ざされる頃合いだし、目下の目標は宿探しだな。
まぁ、そのあたりは、さりげなくイブキがフォローしてくれたので問題はないだろう。
そうでなくても、神聖眼を持つ人が三人もいるのだから、どこかしらの宿は取れるはずだ。
「しかし、いつの間にあんなの倒してたんだ?」
「いつの間にか、ですよ~? これでも私、アレなので……」
「あーうん、察した」
答えたのは、これもまたフタバだった。
つまり、聖賢お得意の魔法でちょちょいっと狩ったのだろう。
はたから見ればえげつないことこの上ないが。まぁ、俺的解釈では、聖賢は歩くミサイルランチャーみたいなものだと思っているので、別にそれほどおかしいことだとは思っていない。
ただ、できることの規模が普通とはかけ離れているだけで。
だから、狩猟ギルドで売ったのがアレだったとしても、別におかしいことではないのだろう。聖者たちの間では。
「つか、飛翔魔法って燃費悪いんだよな? よくあんなでかいの倒せたよな」
「そうですね~。でも、飛翔魔法と比べればそれほどでもないですし。なにより、やったのは離艦前ですし~? ある程度大陸に近づくまでは、暇でしたからねぇ」
つまり、ダンジョンの艦橋にいた時に、あんなやばそうな外見をしたやつをただの暇つぶしで倒していたと。
絶対に敵に回したくはないな。
あまりの感覚の違いに、呆れを通り越して感心していると、ただ、とフタバは指を振りつつ微苦笑を浮かべながら、
「まぁ、こんな私でも、弓術士とは極力差しではやりあいたくないんですけどね~」
「そうなのか? せ――魔法使いって、そういうのとは関係なさそうな気がするんだがなぁ」
「そんなことはありませんわ、マスター」
スイっと俺達の雑談に混ざりこんできたのは、どこの露店で買ってきたのか、鳥の串焼きが乗った木皿を片手に持ったミオリだった。
傍らには、葉っぱにくるまれたおにぎり――そう、おにぎりである――を持ったイブキもいる。
「戦いには、その人の得意とする武器や戦術によって、得手不得手が必ず付きものになります。特に、敵対する相手との相性などにはそれが顕著に現れます」
「そして、それらは近接、中距離、遠距離といった、有効距離とは別口で考えねば戦略は成り立ちません」
「へ、へぇ~……」
正直分かりづらそうなんだが……ここで無禄に扱うときっと怒られるんだろうなぁ。
ストレージにしまっていたのか、どこからともなく現れた追加の――俺の分のおにぎりを受け取りつつ、ひたすら聞きに徹する。
「例えば、うちは魔法使いですけど、同じ遠距離攻撃型で戦う弓術とは互いに潰しあう関係になりますね」
「? なんでだ? 弓もろとも魔法でどうにかできそうな気がするんだが……」
「確かに、それ相応の魔法を放てば可能ですね~。あくまで、放てればの話になりますが」
「できないのか?」
「駆け出しの弓使いならどうとでもなるかもしれませんね~。でも、弓に特化したスキルを持つ、熟達した腕前の一般の弓使いだと、その飛距離は水平射撃でも100mは軽く超えますし、大抵はスキルの効果で音の壁を軽く超えます。つまり、相手が矢を放った、と思ったときにはもう手遅れの可能性が高いということでなんです」
それ俺の知ってる弓道や弓術とは違う。
ファンタジーマジ怖ぇ、どんなけ盛ってくるんだよ……。
「対して、魔法は集中力がかなめとなります。魔法使いにとって、能力のなかでも特に重要といえる要素が『戦術』ではなく『戦略』なのもそのためなんです。ですから、牽制でも矢が連続で飛来すれば、前衛を守るような魔法を撃つどころじゃなくなりますよね~? 障壁で身を守りながら、全力には程遠い魔法で弓使いを攻撃しなければ、強力な魔法など碌に撃てませんから。結果として、弓と魔法の打ち合いになっちゃうんですよ」
それに、弓矢と違って魔法は強い魔法ほど、魔力をそれ用に練る必要がある。いってしまえば、術式を構築するというのはそういうことであり――速射性という意味では、弓矢に大きく劣ってしまう部分も出てくる。
聖賢にとっても、天敵は弓聖といって過言ではないのだろう。
弓聖の放つ魔力矢も原理は魔法と似たようなものだが、あっちは魔力の塊に攻撃という概念をくっつけるだけの単純作業。どちらが速射性に優れているかは言うまでもない。
そしてそれは弓聖にとっての聖賢にも言えることである。
一度隠密魔法で完全にその存在を隠されてしまえば、そこは魔法という二文字において右に出る者はいない聖賢である。
いかに聖者の神聖眼と言えど、隠蔽や隠密といった魔法に対するその性能は、魔法の得手不得手に比例するようだから、魔法で隠れられてしまえば魔法は撃たれ放題。
自分は避けることしかできなくなってしまうというわけである。
しかし、隠密魔法は、隠す情報量の多さと術式の複雑さは比例する。一度弓聖に狙われれば、隠密魔法で隠れるなど不可能に近いとのこと。
いわば、両者には完全に『先手必勝』の理がある、ということに他ならないのだろう。
「一方で、近接戦闘型ではいろいろありますから一概には言えませんが……そうですね。私たちの中で言えば、私はミオリにはたぶん、勝てないかもしれませんね」
「それはまた、どうしてだ?」
「単純です。近接戦闘型では武器の間合いというものが非常に重要だからですよ。私は剣であれば一応一通り扱えますが――短剣だけは論外なんです。そっちは斥候や暗殺者向けなので、畑違いなんです」
「ふぅん? とすると、近接戦闘型の中でも、密着して戦うような輩とは戦いづらいってことか」
「そうですね……体術などで引き離すことはできますが、相手の腕次第ではそういうわけにもいかなくなりますから……負ける可能性は高くなります」
そして、ミオリは聖女――長所はないけど、短所もない万能型――であり、つまり必ず相手の弱点を突くことができるタイプなわけで。
イブキと戦えば、ピンポイントで弱点を突かれて、不利な戦闘を余儀なくされる、というわけか。
イブキは剣聖なのでどちらかといえば武器戦闘がメインであり、魔法は聖者の中では苦手な部類みたいだし。
いずれにしても、常人には太刀打ちできないほど強いのは確かなことだろうけど。
「そういえば、フタバは近接戦はどれくらいできるんだ?」
「そうですね~……あんまり得意な方ではないのは確かです」
「具体的に言うと?」
「戦術値は大体0.9M程度ですね。無論、ほかの二人には遠く及ばない値なので、期待はしないでくださいね?」
「……え?」
なんか今、理解できない数字が出て来たんだけど……?
「あれ? 伝わりませんでした? 大体0.9M。90万程度はあるってことなんですけど。一応、これでも聖者の中では弱い方なんですよ? 魔法重視の聖賢なので」
聞き間違いじゃなかったんだな。
90万……0.9ミリオンか……聖者の中では弱い戦術値、それでもミリオン一歩手前……。
「ちなみに、この戦術値には、関連する基礎能力値による評価、すなわちどれだけ戦闘時に動けるのかということに加えて、身体強化の魔法でどれだけ己の力を高められるか、皮膜結界でどれだけ守りを固められるか。そして、いかに高い殺傷能力を持つスキルを持ち、それを自在に扱いこなせるか――なども含まれます」
「フタバは基礎能力自体は低めですが、あくまでもそれは聖者としてであり、一般人基準であれば熟練の闘士に近しいものがありますの。加えて、聖賢ですからね。身体能力や皮膜結界、魔力操作や制御による即席の武器の作成やその威力。それらは、聖賢の次に魔法が得意な、私達聖女では遠く及びません。
ただ、素となる身体能力が低いですからね。身体能力を強化したところで、他の聖者たちと近接戦闘をしても、捨て駒前提の足止め役か、そうでなくても撤退戦くらいしかできないでしょうが――そうですわね。常人ではまず、傷一つ負わせることはできないでしょう。おそらく、髪の毛一本分の損害を与えることができる程度、ではないかしら」
「…………、」
呆然自失、とはまさにこのことを言うのではないだろうか。
これでも、三人の中ではフタバが一番弱いんだよな、近接戦では。
それでもそれだけの開きが俺とこいつらの間にあるって……俺、鍛錬で生き残ることできるのか……?
捨て駒とかひどい、とミオリに文句を言うフタバを尻目に、俺はいましがた聞いた話をもう一回思い返して、そして空を仰ぐ。
そして、三人が間違っても身体強化を自身に施して俺の鍛錬にあたることがありませんように……、と、心の中でエルメイアさんにお祈りを捧げた。
さて。そうこうしているうちに、俺達は狩猟ギルドで紹介された宿、『酔いどれオーガ亭』へとやってきた。
なんか、いかにも呑兵衛が立ち寄りそうな宿屋だが――まぁ、入ってみればわかるだろう。
入店して目についたのは、右手にフロントが設えられており、左側には柵で仕切られた先に広い空間が確保されており、その内部が食堂として使われているのが見て取れた。
食堂のサービス提供時間が気になるところだが、それはフロントに聞けばわかることだろう。
柵の向こう側から漂ってくる美味しそうな匂いに、先ほど露店などで購入したおにぎりや焼き鳥で腹を満たしてしまったことを悔やみながらも、俺達はフロントへと向かった。
「いらっしゃいませ。酔いどれオーガ亭へようこそ! お泊りですか? それともお食事ですか?」
「宿泊で。えーと……」
「長期滞在を希望したいのですが、できますか? できれば一か月単位の契約で……」
「はい、可能です。ただ……長期滞在の場合ですと、途中で以降の宿泊をキャンセルした場合、10メティスいただきますがよろしいでしょうか?」
この辺りの通貨について聞いていたから、これがどういう意味かは分かる。
10メティスとは、1メティス銀貨10枚相当という意味だ。
ちなみに、このあたりで使われている通貨は硬貨しかないようで、大きく分けてコルニア金貨、メティス銀貨、アギル銅貨に分類されるらしい。価値の高さは手前ほど高く、銅貨が一番低いのだとか。
とはいえ、金貨、銀貨はそれぞれ100%の金や銀が使われているわけではなく、真鍮だったりアルミ合金だったりと、それとなく似せているだけの。名前だけの金貨、銀貨らしいが。
さらに、各種コインにはそれぞれ額面金額が設定されており、1枚分、2枚分、5枚分の三種類がさらに存在している。そして、銀貨と銅貨はそれぞれ100枚分でワンランク上の硬貨と同じ価値――例えば100アギルで1メティスと同じになる。
ここまでくると単純明快な話だが、5メティスは、5メティス銀貨1枚に相当する額ということになる。
参考までに、先ほど屋台で購入したおにぎりが1個で1.3メティスだったと、後でイブキから説明された。
しかし、そかぁ、長期滞在だと中途退去でキャンセル料かぁ。そりゃそうだよな。
宿としても、それ前提で動くわけだし、途中で約束を違えらたら話が違う、ってことになるもんなぁ。あってもおかしくないな。
「はい、それで大丈夫です」
「かしこまりました。そうしましたら、何か月滞在なさいますか?」
「とりあえず……一か月の滞在で試算してもらえますか?」
「一か月ですね……お食事は、当店の食堂でお取りになりますか? 朝食は完全にサービスとなりますが、昼食と夕食はそれぞれ一月当たり2.8コルニア、両方合わせますと一月当たり5.6コルニアの追加料金となりますが……」
こちらの世界では一月当たりが等しく35日。5年に一回だけ閏日があるが、どうやらこの話を聞く限り、少なくともその閏日のことは度外視されるようである。
しかし、これは結構高いな……いや。朝食がフリーであることから、5.6コルニアというのは三食合わせての値段ということになる。一日換算だと8メティス――日本にいたころの食費を考えると普通か、ほんの少し節制している感じか?
「その日その日で決める場合だとどうなります?」
「そう、ですね……その場合ですと、短期滞在でご宿泊のお客様と同じ扱いになりますので、毎日ご利用になる場合ですとやや割高となります。ご参考までに、短期滞在で同期間、毎日食堂で朝食時と夕食時のみご利用いただいた場合、追加料金は3.5コルニアとなります。
また、チェックアウト日は、午前中でチェックアウトの扱いとなりますので、どちらの場合でも完全に外部客の扱いとなり、ご注文の料理によって料金が変動しますのでご了承ください」
つまり、8メティスが一気に10メティスに跳ね上がると……。しかし、かといって毎日食べるわけでもないだろうしなぁ……。
あれこれ考えあぐねていると、隣で同じように考えていたイブキが、それなら、と先に答えを出した。
「食事は、その都度取ることにします。行商人兼、冒険者として活動する予定ですので、毎日ここで食事をいただくことになるかといわれると、少々考えなければなりませんので」
「左様に座いますか? でしたら、食堂をご利用の際は食堂にて鍵をお見せください。チェックアウト日に、ご利用いただいた回数に応じた追加料金をご請求させていただきます」
「お手間をおかけいたします。では、3ヶ月の長期宿泊でお願いします」
「いえ、大丈夫ですよ。長期滞在で3か月のご宿泊ですね。お部屋はいかがなさいますか?」
「全員、一緒の部屋でお願いいたします」
「はぁっ!?」
イブキが一人で次々と取り決めていってくれるし、一応言っていることもごもっともだったので素直にそれを受け容れていたのだが――最後のだけはいただけない。
いったい何を考えているんだ。
「ちょ、イブキ!? それ本気か!?」
「はい……本気です。第一、一緒の部屋でなければ護衛できないではありませんか」
「そ、そりゃそうだが……隣の部屋も取るとか……」
ジト目で攻めるようにそう言われて一瞬、たじろいでしまうが――ここは、これだけは引き下がれない。
三人とも、すごい美人なんだぞ! その――俺だって、それなりに、その……ごにょごにょ。
「それですと、割高となりますがよろしいでしょうか?」
「はい!?」
そっちはそっちでマジか!?
店員は、そろばんらしき計算具を取り出して計算を行い、試算結果をこちらへ掲示してきた。
掲示された金額を見て――それを支払っても、まだ先ほどのドラゴンの代金は十分余るくらいのものだったが。
イブキは、べにもなく、こう返した。
「では、一部屋でお願いします。持ち合わせが、足りませんので」
「はい。かしこまりました。それでは少々お待ちください」
いやいやいや、持ち合わせ、十分あるよね。
ねぇ! 聞こえてるよね!?
俺の必死の呼びかけもむなしく、三人とも応じる気配がないまま、係の人が俺達のもとへ到着したのを見た時には、がっくり、とうなだれるしかなった。
――俺、耐えきれるのかな。
三人に軽蔑されないようにするための、自分の欲望との戦いは、こうして唐突に始まりを迎えるのであった。
※皮膜結界
簡単に説明すると、全身を覆い、体の動きに合わせて変形・移動する服の形をした結界。
結界内部にいる生物への衝撃を防ぐが、結界が運動エネルギーを引き継ぐため、吹き飛ばされるほどの衝撃を受ければ当然吹き飛ばされることは免れない。




