普通のソシャゲプレイヤー、異世界へ!?
現実は小説より奇なり、とはよくいったものだが、まったくもってその通りだな、と俺は今、まさにそう思っている。
例えば、の話だが。
ここ近年の物語でありがちな展開に、異世界に召喚されて、勇者という大任を任され、魔王と戦わされる――なんて展開とか。
そんな話、現実に起こるわけがないだろう、と思っていた。いや、思い込んでいた。
だが。そんなことはなかった。
「はぁ……とうとう来ちゃったんだなぁ」
「そうですねぇ。ここから、私達の物語が始まっていくのですね」
例えばの話だが。
作り物の話ではないが、ソシャゲをやっていて、ガチャをひいたら、最高位レアのアイテムをいくつも引き当てた、という神引きの話とか。
ありえない話というわけではないが、それでも普通そんなのが何度も起こるわけはない。
自分にもそんな、極めて低確率の奇跡が起こるわけない。そう思い込んでいた。
たが――実際には、そんな極めて低確率の奇跡を、天文学的な神引きを、俺はしてしまった。
その結果として出来上がったのは――多分、生まれたてにしては破格の防衛能力を持つダンジョンだ。
「うん、このダンジョンを攻略しろって言われたら、俺ならまず敵前逃亡するな」
そうつぶやかざるを得ない『神引き』の結果を『見下ろし』ながら、かぶりを振る。
眼下にあるのは、果て無き大海原と、その上を航行する――巨大な艦船。
「同感です。私でも、このダンジョンを攻略せよと命ぜられたら、――に籠りたくなります」
「お前でさえそう思うのか……」
隣に控えるのは和装に身を包んだ、艶やかな黒髪の女性。
この女性の正体を知る身からすれば、本当に愚痴をこぼさずにはいられないほどの引きの良さ。
逆に、この引きの良さが今後にどう響いてくるのか、という不安さえある。
まぁ、にっちもさっちもつかない異世界生活、早い段階で戦力を整えられたのはいいことではあるが。
心の内とは裏腹に、どこまでも澄み切った青空を眺めながら、俺はこうなるに至ったいきさつを思い返した。
そもそも、俺は異世界に召喚……でいいのかどうかはわかりかねるが、とにかくこっちに来る直前まで普通に日本某所で生活していた。
しいて言えば、玉の休日、もったいないと思いながらも他にやることが見つからなかったのでPCゲームに費やしていたくらいで。そのPCゲームも、18禁ゲームとかではなく、ファンタジーな世界をモチーフにしたソーシャルゲーム。
いわゆるガチャをひいて、強いキャラを引き当てて。
それを育成しつつストーリーを攻略したり、公式のイベントに参加したり。
プレイしていたのはそういった、本当によくあるソーシャルゲームだった。
それが、為にためた無償石で、推しキャラの新カードを天井覚悟で引き当てようとしていて――突如、テレビ電話モードに切り替わり、全然知らない相手との通話が始まってしまったのだから、驚いたものだった。
運悪く、290連引いて一枚も目当てのカードを引き当てることができず、ここは潔く天井で交換しようか、と諦念さえ抱いていた状態だったし、突然の事態に思わず奇声を上げながら一瞬の間、固まってしまったのは仕方ないことだと思う。
『こんばんは』
「…………は? あ、は、はい。こんばん、は……?」
わけのわからない事態に困惑している間に、モニターに映った人物は勝手に話を進めていこうとする。
『思った以上に困惑しているわね……けど、時間がないから、とりあえず説明だけさせてもらうわね』
事態を呑み込めないまま硬直している俺を無視して、モニターの向こう側にいる人物――妙齢の女性は勝手に話を進め始めた。
その女性は、ポニーテールでピンクブロンドの長い毛髪を後ろへまとめており、若干釣り目気味と、ぷっくりとした桜色の唇が相まって、嗜虐的な印象を見るものに与える風貌を持っている。
着ている衣装ですら、体を締め付けるようなボンデージという徹底ぶりで、正直目のやり場に困る。
ただでさえいきなりの事態に困惑しているうえに、なぜか見ているだけで頭がくらくらとしてしまうような女性と相対している現状。それでも、なぜかこれを聞き逃すととんでもないことになってしまうような気がしたため、思うように働かない頭をフル回転させて女性の話を理解するように努めた。
『あなたには、これから私のいる世界に来て、ダンジョンマスターになってもらうわ』
「えっと……?」
『あなたはなぜ、と思うかもしれないけれど、これはもう決定事項なのよ。どっかのバカが過去に組み上げた、勇者召喚システム。それにより選ばれた100名の勇者候補たちは、選ばれた時点で、異世界に召喚されることが運命に刻み込まれてしまうの』
「……ちょ、ちょっと待った。突っ込みどころが多くてどこに突っ込み入れればいいのかわからないんだけど、まず一ついいか?」
『いいわよ?』
今の話の中にあった、唯一これだけはないだろう、と思った数字に対して疑問をぶつけてみることにした。
「……なんで、100名も必要なんだ?」
『そんなの、数名だけじゃ数多の世界から発せられる召喚要請に応えられるわけがないからじゃない』
「一つの世界だけじゃないのか」
『そうよ。かつては、召喚要請が1回あるごとに、懇切丁寧に対応していたみたいなんだけどね。どこかの妄想力抜群な世界のおかげで、ここ最近は爆発的に異世界が増えてしまって、神界のサポートセンターはパンク状態になってしまったのよ、一時だけね』
どう考えてもこの世界ですね、ごめんなさい。
っても、俺って悪いのか? 創作物一つ作るだけでそうなるなんて、ふつうわかるかって話だ。
そしてもう一つ。
「神様たちにも、サポートセンターとかあるんだな」
『あるのよ。といっても、私みたいな、一つの世界につきっきりの神っていうのがいて、サポートセンターっていうのは、そういった神のサポートを一挙に請け負う会社っていう位置づけにあるんだけどね』
なるほどね……。
『話を戻すわね。その、100名の中で、実はここ最近厄介な事案に巻き込まれる例があるの』
「へ~……厄介な例ね……」
『えぇ……あ、勇者とは言ったけど、魔王の召喚も兼ねていて、 立場の問題で言えば私はむしろそっち側だからそのあたりは勘違いされる前に言っておくわね?』
「うげ……それは聞きたくなかったな……」
『勇者とか言ってるけど、やってることは結局は魔王との殺し合いだからね……立場なんて二の次よ、二の次』
「投げやりだなぁ…………」
『否定はできないわね。私自身、前に一度サポートセンターに是正を求めてみたんだけど、『迅速化と正確性を追求し、より良い才能の人材を仲介するために~』とか何とか言われて、テンプレ乙、って感じだったわ』
「つまり、変える気なしか……」
『召喚直前の事前準備、まぁ、あなたの場合はまさにこの瞬間なんだけどね。その時に、召喚要請を出した世界の担当の神から、勇者サイドなのか、魔王サイドなのかの説明があるなら、まだましな方なんだけどねぇ……』
「中には説明もないまま、いきなり異世界へ召喚っていうケースもあるわけか」
『そうそう。だいぶ頭回り始めてきてるみたいね。厄介な事案はまた別なんだけど』
「これよりもまだ厄介な事例って……」
なんだ。こういうのでありがちなテンプレだと、勇者として召喚されたつもりが、実は国の奴隷として散々こき使われる、事実上の奴隷召喚パターンくらいしか思いつかないんだけどな。
あとは、世界の危機、というテンプレをわざと用意して、ゲーム感覚で世界を描きわして楽しんでいるという、狂人ならぬ狂神パターンか。
まぁ、ありがちなのはそのうちの二つだよな。
『いいところをピンポイントで当てるわね。その通りよ。あとは、世界の運営をまるでボードゲームか何かと勘違いしているアホ神とか』
「こっちの世界にあるネット小説にありがちな内容じゃないか……」
『むしろ、そっちの世界のそういった創作物が、この手の事案の温床になっているんだけどねぇ……』
目を眇めて、きわめて不快なものを見る目つきでどこでもないどこかを見つめる女性。
だが、俺と対話中であることを思い出したかのように、コホン、と咳払いをした後で、話を元に戻した。
『とまぁ、そういった事情があるから、最近では召喚先の事情を確認して、本当に要請に応えていいのかどうか吟味したうえで、仲介をしているみたいだから、ある程度は問題が減っているみたいなの。ある程度は、ね』
「ある程度、てことは完全ではない?」
『そ。中には、そういった事実を巧妙に隠し通して、サポートセンターの目をかいくぐる例もあって、最近ではむしろそうした例も増えてきているの。そこで、私達みたいな、異世界召喚はしない方針だけど、現状が気に喰わないから黙っていられないっていう世界の神々が登場した、というわけ』
「……水際対策、か?」
『そうね。巧妙にサポートセンターの目をかいくぐっても、私たちみたいな『管理する側』の神目線からすれば、いかにも怪しすぎるって一目でわかるからね。過去に幾度となく召喚要請を出している世界に対しては、サポートセンターが選んだ、第三者委員会みたいなところにも調査を依頼するわけ。
でも、厳重な調査を行う分、サポートセンターより時間がかかるケースがあるし、そういった場合は召喚期限ぎりぎりになる場合もある。最悪、召喚システムが準備フェイズに移行してしまってから、これは危ないって判明するケースもね』
「へぇ……まぁ、監視の目が増えるのはいいことなんだが……だからって時間がかかっちゃ意味なくないか?」
『そのあたりはもう、価値観の違いでしかないわね。想像してみなさい? 元の世界に変えることも許されず、また楽をすることもできず。殺戮と破壊と、それから国益を伸ばす研究を、見返りもなくただ命じられるがままに繰り返すだけの毎日と、自分の意志で行動を選べる自由を約束された毎日。どちらがいいかなんて、一目瞭然でしょう?』
「あ~、まぁ……」
確かに、それならそうなんだが……俺目線からすれば、そもそも、それなら召喚自体を無かったことにはできないのかってところなんだけどな。
『一度準備フェイズに入ってしまえば、召喚自体を無かったことにはできない。召喚される100名全員が連動しているからね。でも、行き先だけなら、変えることができるの。準備フェイズ中に割り込んで、急遽行き先を変更してしまえば、そのフェイズの初期段階からやり直しという荒業が使えるから』
「それで、システムの起動までに間に合わなかった人に対しては、せめて、という気持ちで自由性の高い待遇で本来とは異なる世界に召喚するわけか……」
『そういうこと。それを可能にするための力を与えて、ね』
スケールはでかいし、最初は不満も感じられたけど、向こうには向こうの事情もあるんだ、と理解したら、留飲は下がった。
完全にはまだ納得していないけど。
「んで、話からすると、俺はまさにその、厄介な事案とやらに巻き込まれて急遽そちらの世界に行き先が変更された、という感じでいいんかね?」
『そうね。そうなるわ。そして、あなたにとっては申し訳ないのだけど、私が持っている力の関係で、人々にとっては、討伐すべき対象であるダンジョンマスター――他の世界で言うところの、いわゆる『魔王』としてしか召喚できないの。ごめんなさい』
「いいよ。むしろ、最悪な待遇の世界に召喚されるところだったのを救ってくれたんだ。感謝したいくらいだね」
『そういってくれると救いになるわ。ありがとう』
「お……おぅ…………」
なんかこう、嗜虐的なイメージがある分、真正面からこう純真な笑顔を向けられると、眩しすぎて別な意味で見ていられないな。
誰だよ、この乙女。本当にさっきと同じ妖艶な邪神様なのか? なんでボンデージなんか着てるんだよ、雰囲気台無しじゃないかこの野郎。相手は野郎じゃないけど。
『さてと。それじゃあ、了承もいただいたことだし、次は私の世界のことについて、説明しておくわね』
「わかった」
『といっても、あなたなら多分、剣と魔法のファンタジー世界、って例えればすぐにわかってもらえると思うんだけどね……』
「なるほど、ファンタジー世界か。わかりやすいな……確かに、俺、というか日本に住んでいる人ならその例えですぐにわかるかもな。ちなみに、世界の名前とかあったりするのか?」
『あはは、褒めてくれてありがとう。世界の名はきちんとあるわ。ハルメイア・リブシブルといって、私の世界の共通語では『調和する相反』という意味になるわね。普段はリブシブル、『相反世界』と呼ばれてるけど。
あと、実はこれ、一応重要なことなんだけどね。さっきも言った通り、私達は異世界からの召喚なんて、してもそれほど旨みなんてないって思ってて、今回みたいなことを除けば、過去一回も異世界からの召喚なんてやったことないんだ。勇者や聖女にしても、突発的な例外を除けば基本的には出生前に相方の聖神が選定することでしか誕生しないし』
つまり、異世界からそういった人材を召喚したことがない以上、例えば『勇者』とか『聖女』とか、そういった称号を有する存在がいたとしても、それは基本的に邪神さんの世界――リブシブルで生を受けた人だから、勘違いはしないように、といったところだろうか。
まぁ、不当な勇者召喚から救い出しました、自分たちもあまりそういうのはよくないと思ってます、といった矢先に、そういった称号を持つ人たちと相対すれば、場合によっては下手な勘繰りをされる可能性もある。
それを防ぎたかったということなのだろう。
今回みたいなこと、突発的な事例というのは今まさに俺が直面している案件で、それも除外すれば基本的には自己完結しているのがリブシブルなんだそうだ。
まぁ、個人的にはそれよりも、邪神さんの相方がまさかの聖神という存在だった、ということだ。
『勇者』や『聖女』といった存在は、邪神さんの相方にあたる存在――聖神と呼ばれる女神がいて、その聖神によって認定された人が『勇者』や『聖女』として扱われるという。
邪神さんの相方がまさかの聖なる神様という事実……意外過ぎる事実に、思わず言葉を失ってしまった。
まぁ、世界の名前からして、予想がつかないほうが悪い、ともいえるのだろうが。それでも、誰が想像するだろうか。聖なる神が、邪悪な神と仲良く世界を運営しているとか。
「聖神、相方なんだな……」
『一応、負の感情から生まれる瘴気をどうにかするのが私の役割だからね。瘴気を凝縮させて魔物に変えたり、ダンジョンを作ったりしてね。でもって、聖神がそれらを討伐するのに向いた存在を『創って』、勇者や聖女として認定して、物質化した瘴気を浄化する…………そんな感じになっているわ』
「って、それは俺に死にに行けって言ってるようなもんじゃないか。聞きたくなかったぞ、それは……」
『あはは。そう言うと思ったわ……まぁ、さっきも言ったとおり、あなたの場合は世界のシステムの一環としてダンジョンマスターになってもらうわけじゃなくて、あくまでも救済目的だからね。聖神ともども、やばいって思ったときにはフォローさせてもらうわ』
「なら、まぁ……助かるけど」
正直、ダンジョンマスターの裏事情は知りたくはなかったな。いや、ほんとに。
そして、少しの間雑談交じりの会話をしたところで、邪神さんは、ここまでで何か疑問に思ったことはあるか、と問いかけてきた。
まぁ、邪神さんの世界のシステム的なところですごく納得しがたい話が出てきたけど疑問、という意味では気になったところはすでにない。
一つ頷いて、大丈夫であることを告げると、そう、と邪神さんもうなずいて、
『じゃあ。あなたを私の世界に招く話をして、その背景事情も説明したし……あなたも一応、理解だけはしてくれたみたいだから、後はいろいろ話を詰めていきましょうか』
「詰める?」
話を詰める……?
何の話を詰めるんだろうか。確か、向こうでダンジョンマスターをすることになる、とは聞いたけど……って、もしかしたらそのことか?
疑問形で返答したせいか、その答えはすぐに返ってきた。
『そう。具体的には、ダンジョンマスターとしてどういう感じでスタートを切るか。いわゆる事前準備ね。
確かに私は邪神なんて呼ばれる存在だけど、それはあくまでも私たちを信仰してくれてる宗教の教えの中での話。私だって、れっきとした神なんだから。
さっきも言ったように、あなたに与えるのは使命じゃなくて救済なんだから、生存できるようにいろいろ準備するのは当り前よ』
「それはありがたい話だな。わかった。いろいろ申し訳ないけど、お願いするよ」
『えぇ、お願いされました』
しかし、事前準備って言っても、何をすればいいのやら。
そう思っていたら、邪神さんは手元で何かを操作するようなそぶりをしながら、その説明をしてくれた。
『それじゃ早速だけど、あなたには、これからダンジョンの初期設定をやってもらうわ』