執事がうわて
この男の気を引くにはどうすればいいのだろう。
普段どおりの取り澄ました顔で部屋を出ようとする執事を、沙耶はその燕尾服の裾を引っ張って呼び止めた。
「沙耶様なにか?」
蜥蜴のようなひやりとした瞳が沙耶をうつす。心臓がことりと音をたててまたたく間に沙耶の心を浮足立たせた。
「伊緒、好き」
突発的に言葉が口をついて出る。沙耶の心は唇と直結しているのだろうか。何度目になるかわからない告白に沙耶の執事は片眉をしかめた。
「さて、では今日も申し上げましょう。それは私の主人としてふさわしくない物言いだとご存知のはず。すぐに改めていただきましょう。あなたは私にかしずかれる無二の主人、まさか私の忠信を裏切ったりはなさいませんね?」
沙耶の瞳を覗き込むように腰をかがめて、執事は唇を笑みの形に釣り上げた。ひやりと冷たい眼差しにたじろぎかけて、沙耶はもうひと押し勇気を持って執事のシャツの胸元ををすがるように掴んだ。
「伊緒」
沙耶が言葉を重ねるより前に伸ばした腕を逆に捕まれ引き寄せられる。口づけの距離で執事が吐息を漏らした。
「沙耶様、あなたが私に今日言える言葉はただ一つですよ。さぁ、言って」
沙耶を絡め取る声音。沙耶は観念してつぶやいた。
「ご苦労さま、伊緒。今日はもう下がっていいわ」
できの良い執事は姿勢を正して、気品ある笑みを浮かべる。
「それでこそ私の主人です。それでは下がらせて頂きます。良い夢を、沙耶様」
沙耶の手が宙をかくように揺れるのを一顧だにせず、執事は踵を返すと退出してしまう。
「本当にどちらが主人なのかしら?」
はしたないとわかりながら床にへたりこんで沙耶は頬に手をあてた。
まるで相手にされなくても、それでもあの隙きのない執事のことだけを沙耶は好きでたまらないのだった。