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魔法使いの彼と私

 カーテンを閉めきった暗い部屋の中、私は仁王立ちで男の帰還を待っていた。

 何日でもこの姿のまま待ち構えてやると意気込んでいたところ、空気を読んだように家の扉が開いた。


「ただいま、ゆずり葉」


 明るい日差しを背に受けて待ち人はとろりと笑った。我が家にあがりこむような気安い調子で踏み込んでくる男を見ると、私の中の血が溶岩のように沸騰するのを感じた。


「今日、あなたの彼女だって人が乗りこんできたわよ」


 開口一番にたたきつけてやった。


 怒れるまま怒鳴りつけて、手元の食器を手当たり次第なげつけたい衝動を押し殺しすことに成功した私はえらい。


「彼女って。俺の彼女はきみだろう?」


 彼はすっとんきょうな声でのたまってみせた。

 よし、もう冷静なふりはよそう。


「その彼女のはずの女の家に、見知らぬ女が『私の彼氏にちょっかい出すな』って乗りこんできたのよ!」


 しかもおまけにあの魔女は、魔力どころか薬草の知識すら身に着けていない素人女のくせにと叫んだのだ! 私は魔法使いでも魔女でもない料理人だというのに。


「彼女きみにそんなこと言ったの? わかってないな、ゆずり葉の料理は魔力すら回復する心地になる最高の味なのにね」


 にっこり笑ってまるきりズレた物言いをする。

 鼻歌さえ歌ってローブを脱ぎ捨てる男を私は視線で殺してやるくらいの気持ちで睨みつけた。


「わかってないのは、蜜風(みかぜ)でしょ! またなの!?」


 月に一度はこんなことがある。

 蜜風は魔法使いと精霊の混血だ。恋と肉体関係が繋がらない男で、挨拶代わりに近寄ってきた女の子と口付けを交わしたりそれ以上の関係に踏み込んだりする。ともすればそこに下心すらない時があるから事態はややこしい。人の常識が通じないのだ。

 寄ってくる女の子と寝るのは、彼にとって出された料理の味を見させてもらっただけ。

 けれど彼の手にかかった女の子はその一度で好奇心がぐずぐずの恋にまで進行してしまう。


「彼女そんなこと言ったの、って言うからには心当たりはあるのね」


 いますぐこの常識知らずの頬をまんまるに腫れるまで平手打ちしてやりたい。けれどそれが意味ないことを私はとっくに知っている。それでも腹が立つから怒鳴りつけてやるけれど。


「ゆずり葉が気をつけてくれって言うから、女の子と話すときは今女の子と話してるなぁって意識するようにしてるよ。そうか。また誰かを勘違いさせちゃったんだね」


 悪びれもせず蜜風はにこりとした。こういうところが純然たる人である私には御しきれない。意識はしても行動を改めるという発想がこの男からは抜け落ちているのだった。


「他の誰かと寝ないで。口付けたり手を繋いだり、恋人みたいな距離で話すのをやめて。どうしてあなたと私がまだ五体満足でいられるのかって私たまに疑問になるわ」

「ゆずり葉が望むならそうしたいな。でも、ねえ。話しかけてくる相手を無視するのってとても居心地が悪くない?」


 いまだ仁王立ちの私の腕を引き寄せると頭のてっぺんに唇をくっつけてくる蜜風。腰を抱かれて、ソファまで誘われる。

 ソファに腰を落とした私は彼を睨みあげた。


「ゆずり葉は怒った顔も魅力的だ。わかったよ、対処が必要だと感じた時にはその女の子の心から俺へのあらゆる感情を消してしまおう。俺を見ても何も感じられなくなるようにね。どう?」

「そういう非人道的な対処をしてほしいんじゃないんだけれど。あなたってどうしてもっと根本的な行動の見直しがきかないの」


 ため息がもれた。力任せに怒って片付く問題ならどれほどいいだろう。

 けれど彼は見かけは人そのものの姿をしていても人外の者である。結局のところ、別れないのなら何度でも諭していくしかないのだろう。


「でもおばあさんになるまでこんなことを続けるのは嫌」


 思わず本音がもれた。私ったら本当はこんな日々を投げ出したいのだったりして?

 私の怒りが横へずれたのを機敏に察したらしい蜜風が、困惑した表情で隣りへ腰掛け私にぴたりと身を寄せてくる。


「ゆずり葉は俺と離れたい? きみから俺への恋は消えてしまった?」


 手を取られ、指先に唇を押し付けられる。不安そうな顔が私を見つめる。

 ……こういうところが麻薬のようだと思う。

 彼は私に恋をしている。それは他の誰かに向かうことがない。私はそれを確信している。

 他者の恋に鈍感なくせに、彼は確かに彼独特の恋を抱えているのだった。

 そしてそれは私の胸にもある。薄れることなく、ひどく粘り気を持って今も私を絡め取ってくる。

 私が答えあぐねていると、彼は私の表情から答えを見出したらしい。


「俺は皺だらけになったゆずり葉も隣りで見ていたいな。ねぇ、俺の隣りにずっと立って、俺のために怒ったり笑ったりしていてよ」


 とろりと笑って私の手に何度も唇を触れさせる。人めいた愛情表現に私はくらりとして自分の中の恋心を悔しいくらいに自覚する。

 せめて抵抗してやろうと、もたれかかってくる蜜風を睨んで見下ろした。蜜風はソファにもたれる私の肩に頭をあずけて、なにかを期待するようにじっとこちらを上目遣いに見つめている。自分よりもずっと背の高い男にやんわりと寄りかかられて、「重い」と不満をぶつけてやろうとしたのに、なぜか蜜風の方が不満げな顔を浮かべた。


「どうして黙っているの? 俺は今、きみに求婚したのだけど?」


 不意をつかれて私はきょとんとかたまった。


「なんですって?」

「きみに結婚してくれと言ったんだよ。返事を聞かせてくれないの?」

「あなたが、私に。今?」


 いつ? 彼から言われた言葉を慌てて頭の中で反芻させる。確かにそう取れなくもない? いや、ばかな。その直前まで乗り込んできた自称彼女のことで揉めていたのに? 蜜風の思考回路に置いていかれて私は頭を抱えた。

 混乱したまま二の句が告げずに蜜風の顔を唖然と見る。求婚。結婚。どれも蜜風とは結びつかない。なぜそんな話になったのだろうと心底不思議に思った。


「ゆずり葉の今の顔も魅力的。きみの表情はなんだろうね? まるで魔力が宿っているみたいに俺を惹きつけるんだ。きみを失う日がもし来たら、その日が俺の最期の一日になるんじゃないかってそんな気がするよ」

「本気で言ってる?」

「俺がきみに嘘を言うと思うの?」


 蜜風は心底心外そうな表情をする。そう、蜜風はのらりくらりとした物言いをするけれど、私には嘘をつかない。

 荒唐無稽な事実もありのまま答えてみせるから、私はその度怒ったり戸惑ったりするはめになりもするのだけれど。


「私――」

「それに、ねぇ、考えてみてよ。きみと俺が夫婦になったら、どう割り込んでも俺の彼女だと言える存在はこの世に存在しなくなる。それはきみにも都合の良い話ではない?」


 開きかけた口がそのままかたまる。

 私は思わず蜜風の唇を思い切りつまみ上げた。


「それ以前に、自称彼女が乗り込んでこなくなる状況をつくる方が先でしょう!」


 ついでに我慢していた平手打ちを頬に食らわせてやる。


「痛い」

「それはなにより。その痛みを心でも感じとれるようになってほしいの」


 そっぽを向いて私は彼から距離を取った。


「本気で言ってるのに」


 不満げに蜜風が訴える。

 今日はもう彼に指一本触れさせてやらないと私は思った。ほだされそうになった私自身にも平手打ちを食らわせたい気分だ。


「あなたって本当に困った人」


 言うと蜜風はなぜか照れた笑いをみせる。本当にこの男は私では御しきれない。

 

 



 私は一人考える。

 たとえばもし、蜜風が皺だらけのおじいさんになって、その時私もしわくちゃで染みもいっぱいのおばあさんになっているとして、もしも、もしも。それでも私が蜜風の隣りにいるとしたら、その頃の私はいったいどんな心境になっているのかしら。まだ彼に愛情を持っているのだろうか。それとも情に流されそばにいるだけ? もしかして復讐だったりして。いまわの際に痛恨の一撃。

 それでももしも、しわくちゃの顔の蜜風が今みたいに笑ったら、やっぱり私はその表情にほだされて、しわくちゃの顔で、時には笑顔を返したりしてしまうのかしら。

 今はまるでわからない。それは、はるか先のおはなし。


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