俺のお嬢さん
しゃがみこんだ膝に頬杖をつき、理央はため息を吐き出した。
「ねぇ、理央。もっと遊んでよぉ」
幼い少女がじれた様子でその腕を引っ張った。顎を預けた腕を引っ張られてがくりと均衡を崩し、理央は辟易する。
理央の腕を引きむりやりに立たせようとするこの少女は、理央が仕える家の一人娘だ。この家の女主人とは真逆で、落ち着きがなくいつも肉体的に理央を振り回す。
大人の男が疲れて座り込んでいるというのに、まるで堪えた様子もなく今も元気に瞳を輝かせている。そのくせもうしばらくすると糸が切れたように眠そうにしだすのだから、子供の体力配分って怖いなと理央は思う。
「お嬢さん、俺はもう疲れたんですよ。いい加減飽きて一人でできる遊びに切り替えてもらえませんかね。ほら、お絵かきとか。昨日は楽しんでらしたでしょう?」
「い、や。お絵かきは理央が遊んでくれない時間にするから今はいいの」
お嬢さんは子供らしく我が侭だ。理央の手が空いているとみるや一時も離さぬ勢いでくっついてきて、こちらがくたくたになるまで振り回す。
「あたし理央がだーい好き! 大きくなったら理央と結婚するわ」
くったくなく言うお嬢さんに理央は疲れ顔で苦笑する。
子供は愛情の示し方も素直だ。遠回りすることを知らない。
もしこれが持って生まれた彼女の素質であるのなら、一体誰から受け継いだのだろうかと理央が疑問に思うほどお嬢さんには陰りがなかった。
理央はこういう時子供の素直さに打たれると同時に、どこか別のところでひどく辛辣な自分が顔を覗かせることを自覚する。
「はいはい。大きくなって同じことが言えたら返事をしますねー」
「返事はしなくていいの! だってもう決まっているのだもの」
「まったく、お嬢さんはお嬢様だなぁ」
憤慨しているお嬢さんの頭をなだめようとぞんざいに撫でてやる。気安いしぐさは家に仕える者の態度ではないが、理央はそれを許されているのだ。信頼されているとも言える。それが理央の自慢であり、枷でもある。
不満げな子供にははっと笑って、理央は心の中で独白する。
――あのね、俺が惚れてるのはあんたのお母さんなんですよ。ちっとも俺のことなど相手にしてくれないあの人に俺は一方的に恋をして振り回されているんだ。
そんなことお嬢さんは知らない。なのにまるで因果のように自分を恋い慕ってくれる。幼い子供が大人の男性に惹かれるのは通過儀礼のようなもので、あるいはそれこそ子供が父親に言うそれと変わらないのだろうが、どうにも理央はこの関係ががんじがらめの糸に絡め取られているようで居心地が悪かった。
「理央、理央ったら。もう、今に見ていなさいな。あたしが本気なのが理央にもいつかきっと、はっきり分かるようになるんですからね!」
生意気に言うお嬢さんにはいはいと愛想をふって返事する。
本当にそんなことになったらぞっとするなと理央は思う。まぁ、子供の発言など相手にするだけ無駄なのだけど。
真実この数年後、身も心も年頃になったお嬢さんに振り回されることになるとは、この時の理央は思いもしないのだった。