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ラッキーッ!!

(すごい引き締まった肢体に……スポーツブラ……ナイス!)


「あ、あんたは……!」


(ショートカットの水色……、普通に美少女ッ!)


 全面真っ白な部屋の中央で、下着姿の女性がカメ朗を睨んでいる。

 当の本人は、頭が真っ白になっていた。

 以前も似たようなことがあったが、続けてこれでは、彼の世間の評判も地に落ちるというもの。

 今回こそは牢屋行きかもしれん、そう覚悟する。


(だが、弁明はさせてもらおうッ)


 真剣なまなざしのカメ朗。

 そう。

 目前にいる彼女の体を舐め回すようにしっかりじっくりと完璧に凝視する姿は、どっからどう見ても弁明の余地なしに変質者。

 あまりの事態に少女は後退した。


「ひ、こ、来ないでッ!! 人を呼ぶわよ!?」


「おいおい誤解だYO! HAHAHA!」


「なにが誤解なのよ!? あんた、前もこんなことしてたわよね!!?」


「?」


「プールよ! プール!!」


 女性の言葉にカメ朗は思案。

 なんのことやらと頭を働かせているが、すぐに思い出した。

 それは以前、友人ブレインと引き起こしてしまった事件……。


(室内プール施設の更衣室に突撃、追いかけ回されるというね) 


 紳士にあるまじき醜態に歯噛みする彼。

 あの後、メイド長による1時間以上の説教を受け、軽くトラウマになっている思い出。

 なのでカメ朗はわりと簡単に思い至る。


「あの時の……ファイターかッ。くそなんてこった!」


「思い出したわね……変態ガメ! 今度は直接襲おうってわけ!?」


「なんてひどいことをっ。さっきからモラル欠如してねぇかYO!」


「こっちの台詞よ! ゆるせない女の敵! 今度こそ引導を渡してやるから!」


「く、カメ朗さんの功績を知らずに勝手なことを……! おれは大いなる陰謀に立ち向かう勇士だ!」


 功績だとか適当なことを言っているが、彼の行いをファイターの女性が知れば、さらに拒否感を強めることであろう。

 そんなことも知らずに、自覚なしのカメ朗はなんとか説得をしようと頑張る。


「まあ待てよ、おれはただ間違いを犯しただけだ……間違いは誰にでもある」


「なにをする気よ!? やだ! なんなのその顔!」


 なんとか言い訳をしようとするが、正しく言葉の意味が伝わっていないせいで、余計に事態は悪化している。

 気付けば女性は壁際まで後退。

 カメ朗は悲しい。


(まずは、打ち解けないとだめだ)


「【ゲルシュ・ガルチュア】。身長161cm・体重50キロ。ファイターとしては経験が浅いが、期待の新星として活躍している……得意な魔導の種類は、自然現象を操る【現象の言】。だったね?」


「え……?」


「君の名前とプロフだろ? フフ。いつも見てたYO」


「い、いつも見てた……?」


 有名なファイターである彼女の情報は、雑誌などでカメ朗は知っていた。

 そのことをアピールし、彼は右目ウィンクを披露する。

 完璧に決まった。


「ひいい! なんであたしの名前を知っているのよおおお!?」


 決まった。

 不審者であることが決定した。

 ゲルシュの顔が恐怖で染まり、もう逃げられない程に後退を行い尽くす。

 カメ朗は顔をしかめて疑問を強めた。


「ちがうぞ、なにか勘違いしているぞ?」


「なら近付いてこないでッ。」


「いやいや、まずは仲良くなろうYO~。うぇ~い」


「い、いやっ!?」


 自分の名前を知っていることも、状況が違えば何かの情報媒体で知ったのだろうと思えた筈の彼女。

 あまりに状況が悪いせいで、ストーカーがにじり寄って来る光景にしか見えないのだ。

 カメ朗の対応が一番悪いのだが。


「だ、だれかっ! 来てっ!」


「わッ!? よせYO!!」


「きゃあ!?」


 声を上げようとしたゲルシュに、慌ててそれを阻止しようと動くカメ朗。

 それがいけなかった。


(おわッ!? 足のバランスがッ)


■前に転倒する機械の体■


「いてて……」


 別に痛くはないのだが、一応お約束の言葉を言ってみた。

 しかし問題なのは、彼の視界が真っ黒に染まっていること。

 あと、柔らかい感触が両方の頬から伝わってくる。


「……(これはもしや、アレか?)」


「あ、あああっ」


■そこには■


「きゃあああああああ!?」


■彼女の胸を掴みながら■

■両足に挟まれて、股間に顔を突っ込むラッキースケベの姿!■


(なんてこったいっ)


■結構嬉しそうなゲス朗であった!■

■それから数秒後、再び距離を開ける二人!■


「(すばらしい感触!)」


 さっき己の両頬に感じていた感触を思い出しながら、彼の顔をオイルが流れた。

 とてもまずい状況であると思われる。


「この、この、エロ亀ェ……!」


(やばいよ、誤解が加速しているZE)


「ゆ、ゆるさない! ここで討伐する!」


(モンスター扱いとは……悲しいっ)


 下着姿でぷるぷる震えながらカメ朗と距離を取るゲルシュ。

 カメ朗は度重なる不運な事態に泣きそう。

 メイド長がここにいれば、日ごろの行いのせいだと彼を責めていただろうが。


(まだだ、おれは諦めないっ)


 何故か少年漫画的な熱意を灯したカメ朗の瞳に、「ひっ」と声を漏らすのは当然の反応か。

 ゲルシュから見れば変質者が目をギラギラさせているようにしか見えない。

 なんか、カメ朗の目の光が異常に輝きを増しているのも、恐怖感を倍増させているようだ。

 彼女は両拳を構え、完全戦闘態勢に入ってしまう。


「刺し違えてでも……、ここで仕留めるわ……!」


「く、まてまてっ。人の話を聞け!」


「人じゃないじゃない! カメでロボットってなによ!? 話に聞いた通り滅茶苦茶なやつね!」


「細かいことは気にするな!」


 いつまでたっても平行線のままの会話。

 どうすれば誤解を解消できるかと頭を回転させるカメ朗。

 どうすればエロ亀を倒すことができるのか考えるゲルシュ。


「先手必勝!!」


「!?」


■最初に動いたのはゲルシュ!■


「研磨◆研磨◆疾風!!」


■詠唱の意味は能力値・速力強化!■

■さらに肉体強化系の魔導を補助する研磨を二つ重ね!■


「真空波!!」


■速力の数値に比例して威力が上がる■

■中距離攻撃を右拳から放った!■


「うお!?」


 それは空気の弾丸としてカメ朗に襲い掛かる!


(あたしの最大威力の魔導! A級モンスターすら三回当たれば倒せる!)


「びっくりしたー」


「へ?」


「すごい速いな、回避できなかったZE」


「な?」


 しかし弾丸はカメ朗のボディによって無力化された。

 なにが起きたか分からない彼女は、呆けることしかできない。

 

(そんな……ばかな。まさかまさか)


 ゲルシュは冷や汗を流しながら、魔導無効化の意味を考える。

 スキルや魔導による完全なる耐性であることは分かるが、そうなるとある事実が確定する。


(このカメ……あたしの能力を完璧に調べて……、対策を確実に組んで来た!?)


(どんなに強くても、魔導は効かないんだよな)


(あたしを完璧に××するために……?)


(顔色悪いな。大丈夫か?)


 戦慄したゲルシュは戦意が折れかける。

 今の彼女には、カメ朗の姿が用意周到な恐ろしいストーカー男に見えているのだ。

 彼女を気遣って穏やかな笑顔を向けた(つもり)のカメ朗に、びくりとしてしまう。


(なに笑っているの……?)


(へへ、おれって紳士!)


 もう完全に不審者フィルターが構築されてしまったゲルシュの視界。

 カメ朗はそれに気づかず、そのせいでさらに溝は深まっていく。


(よーし……!)


 なにか間違った方向に決意を固めた風のカメ。

 彼は準備してきた【もの】を取り出そうと、背中の甲羅に手を伸ばす。


「えーっと、どこに仕舞ったか……?」


 何かを取り出そうとしているカメ朗の動作は、ゲルシュにとって恐怖でしかない。

 そんなことも知らずに、彼は甲羅から様々なものを取り出す。


「……」


■取り出され、床に散乱するエロ本やいかがわしい品物の数々■

■「ファイター美少女危機一髪! ××の××!!」というタイトルの、DVDもある模様■


「……」


「にこり」


「……」


(さあ、持っているものは全て見せた! 潔くな!)


 その品の数々は、ブレインに対するお詫びとして用意したモノ。

 それをカメ朗は、とにかく手の内を晒して信用してもらおうと、一気に放出したのだった。

 結果。


(なんて恐ろしい……! じわじわとあたしの心を削っていく……! みんなごめん、もう駄目かも……)


■恐るべきカメ朗の欲望を幻視して■

■彼女の心はへし折れた■


●■▲


【なかよくなろうZE】


【……はい】


■あの後、なんやかんやで仲良くなった(とカメ朗は思っている)■

■二人は連絡先を交換したのだった■


【(きっとカメラで下着姿を隠し撮りされている……そしてあたしを脅すのね……)】


【(やった! 誤解が解けた!)】


(ついてるYO!)


 ほくほく顔で彼女と別れたカメ朗は、美少女とお知り合いになれたことで嬉しそう。

 だが。


「疲れた……」


 さすがに精神はわりと擦り切れていて、彼は受付前の椅子に座って、大きなため息を吐いたのだった。

 何回も人違いが続き、もうそろそろブレインの蘇生を諦めようかなと思っている彼。

 ぶっちゃけもうそろそろ夕暮れ時であるからして。


「あ~、もう夕飯だよな~。やっぱり帰りたいぜ~」


 今日の夕飯は肉系と言っていたことを思い出し、自分はなんでこんなところで時間を潰しているのだろうと悲しくなってしまう。

 これというのも受付の爺さんが悪い。


【ああー、またー、間違えましたかっ】


【次は頼むぜ、爺さん!】


【任せてくださいっ、なっ】




【――貴様、組織の者か?】


【へ?】




【キミハ、ボクトトモダチニナリタイノカナ?】


【は?】




【……なんで、復活させたの? そのまま死にたかったのに】


【え、え?】


【きぃいいいいいいッ】


【うわああああ!?】


(本当に……疲れる……!)


 何回ミスしてんねんと、わりと心は広い方かもしれないカメ朗も呆れるしかない。

 彼は今日一日で様々な人の闇を見てしまったようだ。これが蘇生場の恐ろしさか。早くもトラウマになり始めていた。


「だが、今度こそ最後だッ」


 受付に対する苦情を伝えたため、爺さんは交代し、けっこう美人なお姉さんになった。

 これにはカメ朗もにっこり。

 凄いまじめそうなスーツお姉さんで、絶対に間違いなんて起きる訳はないと確信した。


(勝ったな……)


■安心しきった表情で、彼は受付前の椅子に腰かけた■


(ブレインに対する策は、きっちりと準備してある)


 己の無限空間的な甲羅の中に収納した、数々のアイテム。

 その内のいくつかは、ある人物に渡してしまった。


(なんか凝視してたから譲ったけど、【脅迫××奴隷×××!!】……楽しんでくれると嬉しいぜ! ゲルシュちゃん!)


■何かが致命的にずれたまま、カメ朗は行動を続ける■


「どきどき」


■いよいよ訪れる復活の時■

■彼は、とにかく停滞した状況を壊したいのだ!■


「――ブレイン」


■友の帰還はすぐそこに迫り……■


「という方は、存在していませんね」


「……はい?」


「ですから、【ぶん捕り箱】で回収した魂の中に、そのような方の魂はありませんでした」


「……」


■その時、連絡が入った■


「やあ、カメ朗! 元気かい? 俺は元気さ!!」

「……」


「ははは、そういえば君に連絡するの忘れてた的なさー!! HAHA!!」

「……」


「まあ気にしないでくれよ! 勝手に復活したからさ! HAHA!!」

「……」


「今は東の海岸で、【人魚】たちに囲まれてウハウハさ!! ほら俺って、イケメンだから!!」

「……」


「さっき少し胸を軽くタッチしたらさー、顔赤らめてYO!!」


「……おい」


「おっと羨ましいかい!? 悪いなカメ朗!! 我が友よ!!」


「絶交だあああああああぁぁぁぁ!!」


■カメ朗の絶叫は、施設内に響き渡った……■

■それから数分後!■


「……ご主人様~、元気ないね~? いつもの鬱陶しさが感じられないなぁ」


「ああ、うん……そうだな……。なんか疲れちまったよ……」


 魔導車で迎えにきたシエルと共に帰路に着くカメ朗。

 後部座席でうなだれている彼を心配(?)しながら、シエルは陽気に車を運転している。流れる風が彼女の髪を揺らした。

 見晴らしのいい平原には溶け始めた積雪が見られ、冬の終わりを実感させる。

 

「あはは。まるでリリみたいな疲労っぷりだねぇ~。ざまぁ~」


「? リリがどうしたって?」


「あの娘ね~。最近、お疲れモードなんだよねぇ。まあ一大イベントがあるからねぇー」


「一大イベントってなんだYO。そんな祭りあったか?」


「学生にとっての一大イベント——期末テストだよぉ。あはは」


 リリは魔導学院(魔導を専門に学ぶ学校)に通っていて、その期末テストが来月にあるという話だ。

 コレットは同じ学校に通っていて、シエルも違う学校ではあるが同時期にテストがある。

 

「テストねぇ。………………」


「カメ朗君、まるでテスト勉強とかやらないタイプでしょう~。分かりやすい赤点学生~」


「そ、そんなことねぇよ。HAHAHA……」


 無論カメ朗はテスト勉強などしないタイプ。

 生前も転生後も、そんなものをした記憶はさっぱり皆無であり、おかげさまで就職関係で苦労をしてきた前世。

 ぶっちゃけコレットのこと言えない適当ぶりだ。


(たまーに良い点とれる時もあるんだがなぁ)


 本当にたまにいい点がとれると調子に乗り、ますます勉強意欲をなくしていくという負のループ。

 お調子者は死んでも治らないようだ。


「くぅ、学生時代の苦い経験が思い起こされちまった。気分下がるわ~」


「ははは。そのしょんぼりとした声、たまらないねぇ~。もっともっといじめたくなっちゃうよー。あんまり興奮させないでー」


「うおう、こんな時でも発情するなよっ。ここは傷心の主人を優しくなぐさめる場面だろうが……」


 たとえ捕虜の立場だろうとカメ朗を弄るのを忘れない、立場逆転系メイドのシエル。

 はぁはぁと息遣いが荒くなっていく彼女の様子を見ながら、過去の苦い思い出+現在の苦い思い出を背負ったカメ朗は嘆く。


「よしよーし、ボクの胸で泣いていいよ~。なさけないご主人様~。あははは!」


「まじで!? やったあああああ!!」


「え、冗談……きゃああ!?」


「ほおおおおおおおッ!!」


 後部座席から乗り出し、勢いよくシエルの胸に顔を埋めるカメ朗。そのスピードには、さっきまでの悲壮感が微塵も感じられない。

 とても豊かな二つの果実を、顔面の全域で余すことなく味わう。その感触と美少女特有の香りによって、彼の脳内は楽園もかくやという程のハッピータイムに突入した。


「うひょひょい! うひょひょい!」


「やぁっ。ちょ、ちょっと待ち……!!」

 

 羞恥心に悶えるメイドと純粋(?)少年。きっちりラジコン操作によって、シエルは車の運転に集中するよう設定されているため、カメ朗を引きはがすことができない。

 よりにもよって運転中だった為、後でメイド長にしっかりと説教されましたとさ。


●■▲


■一方その頃■

■大魔導連盟の陰謀が始動しようとしていた!■


「――ククク、準備はいいな。我らが同士よ! カメ朗を打倒する!」


■サポート通信によって連絡をとる謎の人物■

■彼女の通信相手は、陰謀の要となる重要なカギである■


「すいません。無理です」


「は?」


「今回の作戦……辞退させていただきます。あとしばらくお休みさせていただきます。すいませんです。はい」


「え? え? なに言ってるの? あなたがいないと計画はおじゃんに——」


 大魔導連盟からの連絡を切り、その一員であるゲルシュは自宅のベッドに身を沈めた。

 既に時刻は夜の8時。

 しかし彼女の頭の中では、いまだに数時間前の悪夢がフラッシュバックしまくっていた。


「あの恐ろしきカメ……!! 完璧にこちらの計画を掴み、あたしのことを脅しにきたんだわ!!」


 まったく意図せぬところで連盟の計画を砕いたカメ朗。

 彼の言動によって、ゲルシュは下手なことをすればチョメチョメされてしまうと恐怖中。

 もうすでにその心は折れていた。


「ううぅ……カメが……カメが追いかけてくる……よおおお」


■いまだに勘違いしているファイター少女は、カメ朗にあれこれされる悪夢を頻繁に見るようになってしまった■

■こうしてカメ朗を襲うはずだった未曽有の危機は、未然に防がれたのである——■

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