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記憶の片隅にッ!!

「では、新しいメイドを歓迎して――」


「乾杯!!」


 居間に集ったジゼルたちは、手に持ったグラスを打ち鳴らす。そこには、メイド勢やカメ朗たち全員が集合していた。

 採用した新米メイド、コレット・ベルニクス。

 雪合戦後の夜、彼女の歓迎会が始まった!


「って。なんですか歓迎会って! 余計なお世話ですよっ」


「そう言わずに~、楽しもうよぉー。ぽんこつ過ぎて敗北した負け犬幹部~」


「楽しそうですねシエルッ。状況分かってますッ!? 私たちは、とんでもない悪辣カメに捕まったのですよっ」


「むふふぅ、まぁね~。ご主人様がとんでもないゲスなのはぁ、分かり切ったことだけどぉ……まあ、ひどいことはされな……うん、されないかもしれないから安心してぇ~」


「全然安心できませんよっ!? 目をそらさないで!?」


 拗ねて壁際に立つコレットにグラスを差し出すシエル。

 中にオレンジジュースが注がれたそれを、コレットは苦い顔をしながら受け取る。彼女の格好はスリット入ったメイド服。カメ朗の趣味……とは一概に言えない服のチョイスだ。


「ううぅ、なんてハレンチなっ。……これでは、はずかしくて外を歩けません」


「ふふふ、普段の服装と変わらないでしょう~。なに純情気取ってるのかなぁ~淫乱ー」


「生足露出ですよっ、いつもはストッキングですッ」


「はははー、まあまあ~。飲んで忘れなよ~。その無様な現状をさぁ~無様・無様ー」


「オレンジジュースでッ!? ……貴女は一体どちらの味方なんですかっ、このドS魔導師!」


 新米メイドに対して容赦なく毒を吐き、その狼狽する様を眺めてほくそ笑むシエル。彼女の嗜虐趣味は味方側にも向くようだ。

 鼻息が荒くなっていくシエルの姿に、コレットは引き気味の表情で距離を取った。

 その様子を見ているカメ朗は後方理解者面である。


「ふ、なんだよ仲良くしてるじゃないか」


「そうかしら……そうは見えないけど……ひっく」


「どうした、元気ないなリリー」


「うるさいわね……どうせわたしは、劣等生よ……あはははっ」


 ソファに座るカメ朗の隣で酒をぐびぐびと飲んでいる、自暴自棄気味なメイド・リリ。彼女は赤いお酒を口に流し込んでいる。

 雪合戦で活躍したというのにその表情には悲しみがあった。

 

「活躍? 気絶している間に、欠陥魔導で後輩を倒し切れなかった結果がー? あんな怠け者に敗北したとかぁ……! 屈辱にもほどがあるわっ!! なんなの!? わたしの努力すべて無駄!?」


「ひ、卑屈すぎるだろッ。お前のおかげもあるぞ勝利! 元気出せよ!」


「うぃ~、あひゃひゃひゃ! そんな慰めはいらないのよォ! よけいにみじめになるだけなんだからああぁ!!」


「こ、こわれたっ」


 奇声を発しながら酒をかっ食らうリリに、さすがのカメ朗も困惑気味のようだ。彼にしては珍しく、リリを気遣うような表情で愚痴を聞いてあげている。

 まるで上司に対する部下のような態度で、彼女のグラスに酒を注ぐカメ朗なのであった。


「主従逆転してますね、旦那様」


「まあ、こういう時ぐらいはな。おれは紳士だし」


「いつもそうあってくれれば……言うことないのですが。ちっ」


「HAHAHA! カメ朗さんはいつも紳士だろ~?」


「――ギャグでしょうか? まったく笑えませんが……」


 背後に立って給仕を行うメイド長に、やたらとイラつくどや顔を披露するカメ朗。彼女による鉄拳制裁を主人という立場でガードした。

 

「紳士ですか! そうですか! ならば箪笥に巧妙に隠されたあれも、紳士にとって必須のアイテムということですね!」


「うおああああ!?」


「×××な×××をお仕置き×××」


「ぎゃあああああ!?」


 メイド長の言葉に絶叫を上げるカメ朗。

 向かい合わせに置かれたソファーに横になっているジゼルは、徹夜作業で隈のできた顔を彼に向けている。その口にはフライドポテトがくわえられていて、徐々にもぐもぐしていた。


「メイド長……カメ朗様が好きだからって……おちょくるのはほどほどに……それにわたくしの最愛の人……渡さない」


 完全に寝ぼけているような頭で、二人のやり取りを見ているジゼルの言葉には覇気がない。

 その気迫を向けた先がいつもの機械いじりである場合、また新たな厄ネタの気配がしてしまうその場の者たち。


「あひゃひゃ、あの時も役立たず~。噛ませ犬~。なんでうまく行かないのよぉお~。足りないものが、なにが分からないのかが分からないー。笑うしかないわもう!!」


 ヌルヌルで放置プレイを受けた記憶がよみがえって、静かに涙を流すリリは、がぶ飲みの速度を速めた。

そのツケは後日払うのだろう。カメ朗はそう思いながらも、止めずに彼女の飲みっぷりを見守っている。


「だいたい旦那様、なんですか? あの自室に置かれた巨大な人形は! 恥ずかしくないので?」


「うるせー! アンタにルナちゃんの等身大フィギュアの良さが分かるかッ」


 メイド長はここぞとばかりにカメ朗へと文句をシュート、それを彼は男の意地で全力ブロックした。

 とくにそこまでオタク気質というわけでもないカメ朗だが、美少女アニメ関連はそれなりに嗜んでいる。等身大フィギュアはある友人から譲ってもらったものだ。

 

「良さが分かると、お人形にキスしたくなるんですか? うわぁ」


「なぜそれをッ!? 貴様、ジゼルの前でそれ以上言うなよ!? やめろぉ!!」


「どうしましょうかね? 旦那様の態度次第ですが……まあ、強制はしませんよ。強制は」


「ぐっ。俺をゆすろうってのか!?」


 カメ朗VSメイド長の火花が散る。それを虚ろな目で見ているジゼルと、誰も聞いていないのに愚痴り続けるリリというカオス空間。

 コレットとシエルはそんな光景を複雑な表情で見ている。

 

「……あのような緊張感のない集団に、私たちは敗北したのですか」


「あははは。屈辱だね~、負けは負けなんだけどさぁ~。あんな変なカメロボットに負けるなんてねぇ~。やーいやーい無様極まれり~」


「それは貴方もでしょうがっ。なんですそのハレンチ格好! もう少し恥じらいを持っては!?」


「え、ええっとぉ。それはぁ~、別にボクも好きで着てるわけではぁ~」


 コレットに着ているメイド服(胸元が大きく開いた)を指摘され、シエルは顔を赤らめながら狼狽する。

 彼女はなんとか抑えていた羞恥心が復活し、さっきまでの態度が嘘のようにしおらしい態度になってしまう。反射的にその腕が両胸を隠す。

 

「はぁ……やはりあのゲスカメの掌の上。このままでは何もかもしゃぶられかねませんっ。かつてない危機です」


「おおげさだなぁ~。あのカメ朗君は基本的に小物だからぁ、そんな大それたことはできないよぉ~。ちくちくせこいエロおやじ風を吹かせるぐらい~のことしかできない、セクハラ変質者ロボットだから」


「十分害悪な気がするのですが……。寒気がしてきました」


「まあまあ、割と悪くない労働環境だよぉ。ジゼルお嬢様とメイド長は優しいしね~。労働条件通知書は見た~?」


「いえ(面倒なので)見ていません。それが何か」


「――週休3日」


「!?」


 週休3日。

 それは働く者にとっての夢、めちゃくちゃ遠い理想郷。

 自他ともに認める怠け者であるコレットも無論例外でなく、その言葉を聞いた瞬間に目の色が超絶変化した。


「衣食住完備・医療費完全負担・一日の労働時間6時間で基本給6万……。これは結構真っ白なホワイト~かもね?」


「まじですか。その労働条件はまじなんですか」


「大まじだよ~。いやぁ~、大魔導連盟に所属していた時と比べると給料は低いね~。どっかの怠惰な魔導師さん的には、どっちの職場が良いかは分からないけどぉ~?」


「く……!!」

 

 シエルから伝えられた情報によって、コレットの中に眠るザ・ニートソウルに火が点いた。

 大魔導連盟の幹部として、月に一定の給料が振り込まれているコレットだが、それを受け取るためには組織に貢献し続けなければならない。

 最近、その仕事がだるく感じているのは事実だろう。

 

「そ、そんな誘惑には乗りませんっ。……本当ですよ」


「本当かなぁ~? さっきに比べると声が震えているんじゃないかなぁ~。どうしようもないぐうたら星人のコレットがぁ、この甘い環境に引き寄せられるのは抗えないでしょう~」


「ぐぬぬ……貴方は本当に一体どちらの味方なのですかっ。さっきから愉悦し過ぎでしょう!」


 シエルの言葉は転落するコレットを愉しむもので、とても攻め攻めな声色であった。

 彼女のそんなSっぷりは理解しているが、味方に回しても厄介であることを再認識したコレット。

 しかし連盟幹部クラスともなれば、これぐらいは【普通】の範囲に収まる性格破綻レベルであるのが恐ろしい話だ。


「……重要な情報を漏らしてはいないでしょうね?」


「ははは~、それは大丈夫~。わりと尋問ぬるいから~。あのカメに、そんなR18指定行為を行う度胸はないない」


「……ある意味おぞましいですがッ。女性の敵でしょうアレは……!」


「まあー、特にキミにとってはそうかもねぇ。ハレンチハレンチうるさい学級委員長さん?」


「む、リリ先輩に聞いたのですか。魔導学院での私の様子を」


「そうだよぉ~。男子生徒からラブレターもらったぐらいで、赤面しまくって翌日に休んだ初心委員長さん~。あははは!」


「な、なにを言いますかっ。あ、あれは少し動揺したというか……。もう少しステップを踏んで親密な関係をというかっ。そういうアレコレですっ」


「いやいや、普通にラブレター送るのすら前段階が必要なのぉ? 付き合う頃にはおばあちゃんになってそうだね~。へたれへたれ~」


■歓迎会は普通に進んでいき……■


「……?」


■ある違和感に気付くカメ朗■


(なんだ? なにかを忘れているような……)


 そのことで頭を悩ませる彼は、必死になって思い出そうとするが、なかなか思い出せない。

 ふと、テーブルの上に置かれた大皿に目が行く。

 サラダに添えられたトマト……。


(トマト、赤い、赤い髪……あ)


「ブレイン忘れてた……」


 雪合戦で消滅したままのブレインが、うざい顔で親指を立てている絵が思い浮かんだ。

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