第09話 セルデンには過ぎたるもの
ボリスが来てから、私たちは軍議を始めた。転生して早々、戦うことを前提とした話し合いをするのは、初めてのことだ。
これまでは、ベルティアに機嫌取りの使者を送り、エルネストに援軍要請を送り、他の緩衝国家群に同盟を申し込んだりしていた。
要するに、外交的解決を模索していたのだが、どれも失敗に終わっていた。
その結果、たいした軍備もできず、ベルティアとの戦いに臨む羽目になっていたのだ。
だが、今回は違う。『迷えば敗れる』と某剣聖様が仰っていた通り、余計なことは一切しない。というか、迷っていたら戦いと呼べる代物にさえならないだろう。これまでのように、一方的に虐殺されるだけだ。
「夜襲っていうのはどうかな?」
早速とばかりに、私は作戦を提案した。これでも一応、考えていたのだ。少数で多数を破る策というやつを……。
「夜ならクランシエラも力を発揮できるし、何よりジェイラスと戦わないで済むかもしれない」
過去二回の戦いでは、ジェイラスの圧倒的な強さの前に完敗した。
戦った場所は、悪くなかったと思う。ボリスの献策に従って、狭隘なアゼルシュタットの地に陣を敷き、接敵する面積を小さくした。数による不利を補うためだ。ジェイラスの前には、効果薄だったが……。
ちなみに、黒騎士ジェイラスの能力は、こんな感じだ。
・ジェイラス
【統 率】B(89)
【武 勇】A(117)
【知 略】C(65)
【政 治】F(22)
【義 理】C(70)
【属 性】真人 黒騎士
【兵 科】槍(A)騎(A)弓(C)
【戦 法】突撃
【技 能】無双 威圧
【武 具】竜槍ヴリトラ"武勇+5" 竜鱗の鎧"武勇+4"
【調 子】普通
こんなんチートだろう。全武将の中でも、第三位の武勇を誇り、かつ強力な武具まで装備している。
ベルティア公国には、《竜の門》と呼ばれるドラゴンの狩場がある。ジェイラスは、そこでブラックドラゴンを狩り続けて、これらの武具を手に入れたと言われていた。
『竜槍ヴリトラ』も『竜鱗の鎧』も、ドラゴンを倒さないと手に入らない至高の逸品。『アストレア大陸戦記』においても、ドロップする確率が極小で、超希少な装備品だった。
ジェイラスは、いったい何匹のドラゴンを刺殺したのか……。プレイ動画だったら、画面が多数に分割されて、狩りの模様が垂れ流しにされているところだろう。
そんな恐ろしいことをリアルにやってしまう奴と、まともに戦って勝てる訳がなかった。
「闇夜に紛れて、ベルティアの本陣を急襲。指揮官を討ち取って、すたこらと引き上げるんだ」
ジェイラスとの戦いを避ける。とにかく、これに主眼を置いた作戦だ。いくら強いとは言っても、黒騎士だって人の子。闇夜の中であれば、敵を捕捉する速度は、少なからず低下するに違いない。殺す速度は変わらなそうだが、幾分かは対処しやすくなるはずだ。
「……」
ボリスは顎に手を当てて、考え込んでいる。ルージュの方は目を瞑ったまま、何の反応も示さなかった。
「ど、どうだろうか?」
無視されている訳ではないだろうが、二人から具体的な反応が無いので、私は不安になった。
「……はっきりと申し上げてよろしいでしょうか?」
「も、もちろんだ」
神妙な面持ちのボリスを見て、私は意見を察した。
「夜襲は不可能でございます」
「……何故だ?」
「練度と経験の不足です」
ボリスは断言した。その理由も明確だった。
「我が国は徴兵制です。兵士の大半は農民ですから、十分な訓練を施せません。しかも、従軍経験のある者も僅かです。暗闇の中で戦わせたら、恐怖で混乱すること必定かと……」
「……なるほど」
私は即座に納得した。ルージュも、同意見とばかりに頷いている。
歴史上の戦いや創作の物語では、劣勢を覆す作戦として、夜襲は定番だった。だからこそ飛びついたのだが、弱小国家の君主が、たったの一ヶ月で準備できるものではなかったのだ。
「着眼点は悪くないかと存じます。クランシエラ殿が力を発揮できるのは、とても大きいことですから」
ボリスは慰めてくれたが、私はひきつった笑みを浮かべるしかなかった。
提案を却下されると、何故だか自分自身を否定されたような気持ちになる。それとこれとは別の話であることは、頭ではわかっているが、前世の頃から、この感情を抑えることができなかった。
「ルージュ殿。そちらで戦える者は、何人くらいだろうか?」
「三十人程だ」
「なるほど。一翼を担うのは厳しいですな」
私が落ち込んでいようといまいと、軍議は進んでいく。
クランシエラの集落は、あくまでも同盟勢力で、セルデン伯国の配下ではない。ストラテジーゲームで言えば、プレイヤーが操作できない都市国家や諸勢力のようなものだ。
その代わり、同盟にしろ隷属にしろ、何らかの関係を結ぶことで、様々な協力を得られる。ちなみに、諸勢力の武将にも能力は設定されている。クランシエラの集落では、次の三人だ。
・クランシエラ
【統 率】D(56)
【武 勇】B(93)
【知 略】B(82)
【政 治】D(66)
【義 理】A(95)
【属 性】吸血鬼
【兵 科】歩(C)術(B)魔(A)
【戦 法】夜襲
【技 能】死霊術 夜戦○ 昼戦✕
【武 具】朧月のローブ"武勇+3"
【調 子】普通
吸血鬼のクランシエラは、とにかく夜間の戦闘に強い。戦法も技能も、夜間に力を発揮するものばかりで、逆に昼間は弱体化してしまう。
"7.2ケント"と基礎能力値も高く、夜間に限れば、ジェイラスらの超一級武将とも渡り合える。
・ルージュ
【統 率】C(79)
【武 勇】B(86)
【知 略】C(77)
【政 治】E(20)
【義 理】B(82)
【属 性】黒精人
【兵 科】歩(B)槍(C)弓(B)術(B)
【戦 法】斉射
【技 能】隠密 副官
【武 具】なし
【調 子】普通
黒精人のルージュは、有用技能の副官が光っている。
『アストレア大陸戦記』の部隊編成では、ひとつの部隊に主将と副官の二武将を配置するシステムだった。
部隊能力は主将の能力を基に計算されるが、副官の能力も二割だけ加算される。それが副官の技能持ちだと、二倍の四割に増加するのだ。
高性能な部隊を編成するには、副官持ちの武将は必須。しかもルージュは、"6.4ケント"と能力値も高いので、優秀な副官武将と言って良い。
・バーンズ
【統 率】E(34)
【武 勇】B(71)
【知 略】F(18)
【政 治】F(3)
【義 理】C(70)
【属 性】獣人
【兵 科】歩(B)槍(C)
【戦 法】突進
【技 能】なし
【武 具】なし
【調 子】普通
獣人のバーンズは、脳筋という一芸持ちだ。人材不足の序盤なら、使えなくもない。
クランシエラとルージュが組むだけでも、強力な部隊を編成できるが、いかんせん数が少なすぎる。兵力"30"では、戦闘民族のスパルタや島津でも、戦争にはならないだろう。
クランシエラの死霊術で、骸骨兵を生産することはできるが、まとまった数を確保するには時間がかかる。一ヶ月では、とても足りない。
「我々は分散して配置されるのか?」
「まともに戦うのであれば、そうなりますな」
「そうするつもりはないのだろう?」
「夜襲とはいかなくても、奇襲くらいのことはしなければ話になりますまい」
ルージュと話しながら、ボリスは地図を広げた。
「奇襲できそうな場所というと、この辺りですかな」
ボリスが示した場所には、赤丸が記されていた。あらかじめ、奇襲のできそうな場所を見繕っていたのだ。
「……この森は厳しいぞ。実際に見てきたが、今の季節は枝葉が少ないんだ」
「なるほど。では候補から外しましょう」
戦術の心得は無いと、ルージュは言っていた。ボリスの方も、本分は内政や外交で、戦術の類は苦手だと常々言っている。それでも二人は、こうして準備をしてきてくれたのだ。一つの提案を却下されたくらいで、傷ついている場合ではない。
前世の私は、歴史が好きだった。歴史には、政治に経済、思想に宗教と、様々な要素が含まれているが、特に好きだったのは戦史だ。日本史だけでなく、ローマやイングランドなどの世界史も、少しだけかじった。その知識は、この世界でも役に立つはずだ。
「じゃあ、むしろ、その森に引き込んで燃やしたらどうだろう?」
この状況で有用かどうか、はたまた実行可能かどうかは、経験がないから判断できないかもしれない。いや、経験がないんだから、判断できなくて当然なんだ。
「どうやって引き込むんだ?」
「私が囮になるとか?」
「それは無理だな。ジェイラスが追いかけてきたら、逃げ切れないだろう」
「……確かに」
だったら、判断は二人に委ねれば良い。ここでの私の役割は、前世で得た豊富な知識を披露することだ。
「それならば――」
私はそう割り切って、ひたすら提案をすることにしたのであった。




