第07話 最後の吸血鬼
「お呼びでしょうか、ご主人様」
そう言って現れた侍女の姿を見て、私は硬直した。
床まで届きそうな金色の長髪。血のように赤い色の瞳。人とは思えない青白い肌。そんな容姿をした美しい淑女が、侍女の服を着て佇んでいる。
「……そんな格好で、あんたはいったい何をやっているんだ?」
「侍女をやっております」
違う、そうじゃない。
私は溜息をついてから、侍女を自称する女の名前を口にした。
「世界最後の吸血鬼であらせられるクランシエラ様が、こんなところで何をなさっておられるのでしょうか?」
「……含みのある言い方じゃな」
「感じ取って頂けて幸いです」
慇懃無礼とは、こういう時のためにある言葉なのだろう。
クランシエラは、百歳を超える吸血鬼。しかも、世界最後の吸血鬼でもある。そんな彼女とセルデン伯爵家には、浅からぬ因縁があった。
百年前、大陸全土で大規模な吸血鬼狩りが行われた。最強の吸血鬼ハンターとその仲間たちが、大陸をくまなく回って、徹底的に吸血鬼を駆逐したのだ。三代目のセルデン伯爵セルビウスも、仲間の一人だったと言われている。
武勇に秀でていたセルビウスは、数多のヴァンパイア討伐戦に参加し、武功を挙げた。
そして、ある戦いで、クランシエラと遭遇したという。当時の彼女は幼く、吸血鬼ハンターを前にして震えていたそうた。そんなクランシエラを哀れに思い、セルビウスは彼女を見逃した。
これに恩を感じていたクランシエラは、四代目セルデン伯爵ゼノスが、ベルティアから独立する際に力を貸した。
その後、セルデン伯爵家とクランシエラは、有事の際には協力し合うという盟約を交わした。以来、最後の吸血鬼となった彼女は、セルデン領内の森で暮らすようになったのである。
「それで、ベルティアとの戦いはどうするのじゃ?」
近くの椅子に腰掛けながら、クランシエラが言った。さらに右足を大きく振り上げて足を組んだ。
下着が見えているが、わざとやっているのだ。こうやって若い男をからかうのが、彼女の楽しみなのである。
「……考えているところだ」
クランシエラの方を見ず、私はうつむき加減に答えた。吸血鬼の瞳には、魅了の効果があると言われている。本当かは分からないが、あえて危険を冒す必要はないだろう。
「勝ち目はあるのかの?」
「……」
「お主が望むのなら、我が集落に匿ってやっても良いぞ」
「……ただし、下僕になることが条件なんだろ」
「よく分かっておるの」
クランシエラが、妖艶な笑みを浮かべながら応じた。
吸血鬼の下僕。怖くて訊いていないが、ろくでもない境遇に違いない。たぶん死んだ方が増しだろう。
「……遠慮するよ。あんたに可愛がられるなら、対等の立場であることにこだわりたい」
「つまらんの。お主なら、良い下僕になるであろうに」
クランシエラの戯けた表情からは、本気か冗談かは窺いしれなかった。
「まあ良い。戦うことになれば、相手が誰であろうと、盟約通りに力を貸すぞ」
クランシエラはそう言い残して、忽然と霧のように姿を消した。
わざわざそんなことを言いに来たのか……。私は不思議に思いながらも、改めて呼び鈴を鳴らした。
***
「お呼びでしょうか、ご主人様」
そう言って現れた者の姿を見て、私は硬直した。
「またか……って、なんだ、お前か」
「なんだとは失敬な」
またしても、侍女ではなかった。その黒い肌と尖った耳が、彼女の正体をよく表している。
黒精人のルージュ。クランシエラの集落で、自警団の団長をしている女だ。私とは幼い頃から親交があり、気の置けない仲間の一人でもある。
「いやいや、侍女だったら、お前と言われたくらいで、目くじらを立てたりはしないよ」
「む」
ルージュが相手ならば、遠慮はいらない。私は思いっきり、からかってやることにした。
「というか、侍女がそんなところで突っ立って、何をしているのかな? さっさと、ご奉仕してくれないと」
「ご奉仕……だと……」
ルージュの頬が赤くなった。
「そうだよ。侍女ならできるだろ?」
「だ、誰が貴様にご奉仕など!」
口を真一文字に結び、こちらを睨みつけるルージュ。冗談に冗談で返しただけでこの反応とは、相変わらず初心な奴だ。
「冗談だよ。お前みたいに、無愛想な奴には頼まないさ。奉仕してもらうなら、やっぱり淫魔だろ」
「ふん、童貞が粋がるなよ。お前ごときでは、淫魔の相手は勤まらん。一晩と持たずに、骸骨兵に志願しているだろうさ」
クランシエラの里では、淫魔やら獣人やら、多種多様な人種が暮らしている。その数は、すでに百人を超えていた。
この世界の大半は、真人が支配している。真人至上主義なる思想が蔓延し、亜人には住みにくい世界になっていた。
精人や竜人など、亜人の国家もいくつかあるとはいえ、そこを追われると行き場がなくなってしまうのだ。クランシエラの集落は、そんな亜人たちの受け皿になっていた。
「童貞を舐めるなよ。童貞はなあ、可能性の塊なんだよ!」
「可能性に現をぬかすのは、気持ち良いからな。そのまま逝ってしまえ」
「お前だって処女だろうが。同じ穴の狢が偉そうに!」
「やかましい! というか、童貞と処女では、天と地ほどの差があると聞いたぞ。童貞に価値が無いだけの話だがな」
「ぐっ」
私は言葉に詰まってしまった。ルージュのやつ、いつの間に、こんな口達者になったんだ。小さい頃は、声を聞くのも稀なほど無口だったのに……。
「どうした? 何か言うことはないのか? 可能性のケダモノよ」
ルージュの頬が得意気に紅潮し、鼻を鳴らさんばかりの態度で、こちらを見下ろしている。普段は仏頂面の癖に、こういう時だけ嬉しそうな顔をしやがって……。
「ふっ、私の可能性を披露するのは、またの機会にさせてもらおう」
「いやいや、今披露してしまってもかまわんのだぞ?」
「ほお、私の初めての相手をすると?」
「……え?」
こうなったら禁じ手だ。私は下ネタの中の下に手を染めようと、腰のベルトに指をかけた。
「お、おい、何をするつもりだ!」
「可能性を披露するには、脱がなければ――」
「やらせるか!」
ルージュの投げた短剣の柄が、私のこめかみに直撃した。




