第05話 神使フュリス
女神イシュタリアによって創造された世界、アストレア。
この小さな平面世界は、かつて一人の英雄によって統一された。
初代皇帝アステリオス。真人でありながら、『亜人たらし』と呼ぼれたこの男は、精人や竜人を味方につけ、僅か十年でアストレア大陸を統一した。
女神暦六〇六年。アステリオスによって、統一国家アストレア帝国が建国され、大陸には平和がもたらされた。
しかし、その平和も、永遠ではなかった。
女神暦七三四年。帝位継承を巡る争いで、帝都アステリオンは灰燼に帰す。以後、アストレア帝国の威光は失墜し、大陸は戦国時代へと突入したのである。
***
親の顔より見たオープニング。一人暮らしを始めてからのカウントなら、冗談でも誇張でも何でもない。早送りはできても、スキップはできない不便な仕様だったので、見ていたのは事実だ。
とはいえ、転生する度に見せられるのは辛い。しかもオープニングは、これだけではなかった。
この世界に存在する、多種多様な人種の紹介。大陸の覇権を握っているのは真人で、これと友好関係にあるのが、精人と竜人。翼人や魚人は中立的で、黒精人や牛魔は、初代皇帝アステリオスの覇業に立ちはだかった強敵として、今も敵視されている。
続いては、ゲームシステムに関する説明。槍兵は騎兵に強く、騎兵は弓兵に強く、弓兵は槍兵に強いといった兵種の相性。シミュレーションゲームには、よくある三すくみのシステムだ。
それから、武将には、好不調のコンディションがあること。曲りなりにも現実と化したこの世界で、これらのゲームシステムが、どれほど具現化されているのかは分からないが……。
オープニングが終わると、女神暦七七五年五月一日。必ずこの日に目が覚める。
それまでの人生の記憶も、しっかりと存在している。父である先代伯爵ジュスタンが、三十三歳の若さで亡くなり、十二歳で家督を相続。エルネスト出身の母サリサが、後見人となる。
その母も、執政の激務で心身を患い、三年前に他界。私ことセリウスは、十七歳にして、名実ともにセルデン伯国の執政者となる。
時を同じくして、エルネスト王国から、縁談が舞い込んで来る。エルネスト出身の母がいなくなったので、新たな繋がりを作るためだ。いわゆる婚姻外交だが、ベルティア公国と対立しているセルデン伯国には、断るどころか、相手を選ぶ権利もない。
幸いにも、お相手は現エルネスト王の姪で、弱小のセルデンにとっては悪くない相手だった。会ったことはないし、ゲームにもいなかったので全く未知の相手だが、中世においては珍しいことでは無いだろう。
ところが、エルネスト王国が、王位継承問題による内戦に突入し、縁談は有耶無耶になってしまう。そして、これを好機と見たベルティア公国が、セルデン侵攻の兆しを見せ始めるのだ……。
これらの記憶は、一周目も二周目も三周目も、そして今回も全く変わっていない。そもそも、大国ベルティアの侵攻を招いてしまった時点で、完全に詰んでいると思うのだが、これを変えさせるつもりはないようだ。
しかし今回は、これまでと少し違うところがあった。
「神使のフュリスよ。イシュタリア様から、あなたのサポートを仰せつかったわ。これからよろしくね」
手のひらサイズの女の子が、元気良く名乗った。彼女の背中には透明色の羽があり、金色の光を振りまきながらはためている。
「神使? 妖精じゃないのか?」
《妖精じゃないわ。私は神の使いよ。そこのところは間違わないで!》
《直接脳内に……だと……》
《ふふん、これくらい当然よ! 神使なんだから》
鼻を鳴らしながら、空中でふんぞり返る神使フュリス。その愛くるしい姿に似合わず、態度は横柄だった。
「さあ、私に何をして欲しい?」
「と言われても、何ができるのか知らないし……」
「とりあえず、言ってみなさいよ」
「……じゃあ、黒騎士ジェイラスの倒し方を教えてくれ」
「黒騎士ジェイラスより、強い武将を仲間にすれば良いのよ」
「……そりゃそうだけども」
「重騎士アンドラスとか、最強の女剣士マリンダとか、何人かいるでしょ」
「……どうやって仲間にすれば良いんですかね?」
「お願いすれば良いと思うわ」
「いやいや、無理でしょ」
「じゃあ、頑張ってね!」
「なんでそうなる!」
「何でって、あなたの前世で、無理は嘘つきの言葉だって言われてたんでしょ」
「いやいや、それはブラック企業の社長が宣ったことだから! 常識でも何でもないから!」
「ふうん、それなら三回訪問して、誠意を示せば良いんじゃない?」
「三顧の礼を、そんなやっつけ仕事みたいに言わないで!」
やばい、やばいぞ。こいつは、ポンコツ以下の匂いがプンプンするぞ。
「まったく意気地がないんだから。ダメ元でも、やってみれば良いじゃない」
「ダメ元って、微かでも可能性がある場合のことを言うんたぞ?」
「やってみなければわからないでしょ!」
頬を膨らませて、プンスカと逆ギレするフュリス。サイズのせいで可愛く見えるが、言っていることは無茶苦茶だ。
やってみなければわからないことは、確かにある。でもそれ以上に、やらなくてもわかることの方が多いのだ。
「……ほ、他に、そうだな、フュリスが得意なことを教えてくれないか?」
こちらから依頼しても、埒が明かなそうなので、フュリスの方から提案する形に仕向けた。こういったアプローチの変更は、前世で会得した処世術の一つだ。
「そうねえ……。飛べることかな!」
「……は?」
「真に受けないでよ、冗談に決まってるでしょ!」
「そ、そうだよな! はははっ」
「うふふっ」
かろうじて、笑える冗談だった。
「得意なことは何個かあるけど、今すぐに教えられるのは、武将の能力が見えることかな」
「マジか」
「サジよ」
見分けのつかない戦士の話は、やめてもらおうか。というか、ネタがマニアック過ぎるぞ。
「……おまえ、やたら私のいた世界のネタに詳しいけど、どういうことだ?」
「そ、それは……禁則事項だから教えられないわ!」
はぐらかす時にもネタを使うとは、その徹底ぶりには少しだけ感心した。
「さあ、もう三周目は始まっているんだから、まずは一ヶ月の生存を目指して頑張りなさい」
転生四周目の人生は、神使フュリスとの出会いから始まった。
別に意外でも何でもないことだが、フュリスとの付き合いは、それはそれは長いものになるのである。




