第03話 またまた敗死
「ベルティア軍が進軍を開始しました!」
赤い軽鎧を装備した伝令からの報告で、軍議室はシンと静まり返った。『やっぱり今回もダメだったよ』と、神様の嘆声が聞こえてきそうな状況だ。
この世界に転生してから、早三周目。今回も敗死は確実だ。三度目の正直ならず、二度あったことを三度も繰り返すようでは、反省しない奴だと叩かれても仕方ない。
「異世界転生って、こんなにも厳しいものだったのか……」
前世で流行っていた、異世界転生の物語は、『俺TUEEE』とか、『田舎でスローライフ』とか、転生者に優しい世界ばかりだった。
中には厳しいものもあったが、九対一くらいで、優しい方が多かったと思う。
「こっちでも、生まれに恵まれないのかよ……」
前世でも、生まれた時代に恵まれず、悲惨な人生を送る羽目になった。異世界でも、それが変わらないとは、己の生まれの不幸を呪うしかないな……。
そうこう考えているうちに、軍議は終わっていた。絶望を共有し、ケントが無能を晒し、ボリスが作戦を提示する。これまでとまったく同じで、特筆することはなかった。
「どうせ死ぬのなら、賭けに出てみるか」
自室に戻ってから、私は独りごちた。
『分の悪い賭けは主義じゃない』派だが、賭けなくても死ぬのだから、分が悪くなることはない。だったら、これまでとは違う行動をとった方が良いだろう。
ゲームの乱数調整ではないが、結果を変えるには、過程も変える必要がある。それは現実でも同じことだ。
「料理長のアプルを呼んでくれ」
侍女のアレルに指示を出してから、私は天井を見上げた。
見られているのかは分からないが、天に向かって、呟かずにはいられなかった。
「願わくば、我に七難八苦を与えないでください」
***
この世界のモチーフとなったゲームでは、料理人が特別な力を持っていた。いわゆる能力強化というやつで、戦争の前には、武将に料理をふるまって、能力を底上げするのが定石だった。
クールなイケメン武将が、「うまかったです!」と、汎用セリフで感想を述べる。そんなシュールな場面はなかったが、少なくともゲームにおいては、料理の活用は重要な要素だった。
しかし、前回も、そのまた前回も、私は料理長アプルを使わなかった。
何故かって? アプルの料理は、八割の確率で『ポイズンクッキング』と化し、味方に強烈な能力低下をもたらすからである。
「セリウス様、新しい料理ができました!」
満面の笑みを浮かべて、アプルが言った。
若き女料理長のアプルは、肩上で切り揃えた赤茶色の髪と、豊満な胸部が特徴的な女性だ。
彼女が二十歳の若さで、セルデン伯国の料理長に就任したのは、もちろん能力強化の技能があるからだ。
料理を作ったからと言って、誰でも能力強化をかけられる訳ではない。魔術と同じく、料理も生まれ持った才能なのである。
「これが……料理?」
嬉々として、アプルが差し出した皿には、茶色でドロドロとした、得体の知れないスープがよそられていた。
「はい! 貴重な香辛料が手に入ったので、いろんなものと混ぜてみました!」
『混ぜるな危険!』と、思わず叫びそうになったが、これは塩素系の掃除用洗剤ではない。ただの料理だ。あくまでも、食べられるものを混ぜただけのはずだ……。
「た、確かに、少し香ばしい匂いがするな……」
「そうなんです。こんな良い匂いは初めてです!」
「……アプルは、耳鼻科に行った方が良いな?」
「ジビカ? 何ですか? 未知の食材ですか?」
怪訝そうなアプルは置いといて、私はスープを凝視した。
よくよく見てみると、色と良い、とろみ具合と良い、カレーに見えなくもない。香辛料を使ったと言っていたし、発祥のインドカレーのようなものが、奇跡的にできあがったのかもしれない。
「……味見はしたのか?」
「もちろんですよ。味見をしないなんて、ありえません!」
そうか、良かった。メシマズな人は、何故か味見をしないからな。してるなら、ひどいことにはならないはずだ。
「ど、どんな味なんだ?」
「ちょっと辛いですが、独特の風味があって美味しかったです」
やっぱり、カレーっぽいな。もしかして、二割の当たりを引いたのではなかろうか。
もしも当たりなら、相当な能力強化がかかる。そうなれば、まず勝てることないだろうが、敗死は免れるかもしれない。
「……い、いただきます!」
私は意を決して、スープを口に運んだ。
「いかがですか?」
少し不安気なアプルの問いかけに対し、私はスプーンを口に入れたまま答えた。
「耳鼻咽喉科に、行って、くれ……」
辛いのか苦いのか酸っぱいのか。いや、これらの味が、一斉に押し寄せてきたかのような曖昧な感じ……。
スプーンを咥えたまま、固まってしまった私を見て、アプルが恐る恐る訊いてきた。
「……まずいですか?」
「ハイ、マズイデス」
「そうですか……。申し訳ありません。でも、料理の発展に犠牲はつきものですから……」
某人体改造博士みたいなことを言いやがって……。
こうして、賭けに失敗した私は、『ポイズンクッキング』による能力低下と、食あたりによる体調不良に見舞われてしまった。
こんな状態では、まともに戦えるはずもない。今回の戦いでは、黒騎士ジェイラスどころか、一般兵に討ち取られ、三回目の異世界人生を終えたのであった。




