第02話 また敗死
「ベルティア軍が進軍を開始しました!」
赤い軽鎧を装備した伝令からの報告で、軍議室がしんと静まり返った。
この国は終わったと、この場にいる誰もが、そう思ったに違いない。君主である私も、はっきり言って同じ意見であった。
何せ一周目の人生でも、ほとんど同じような流れでベルティアに侵攻され、滅亡の憂き目にあったのだから……。
セルデン伯国の君主セリウス。とあるゲームがモチーフのこの世界で、私が転生した人物だ。
青色の髪と瞳。白っぽい肌。中肉中背の体格。これら真人の中では標準的な姿かたちと、その平凡な顔つきが相まって、特徴のないところが特徴といった感じの容姿をしている。
自分で言うのも悲しいが、君主であること以外には、取柄のない男だ。
それでも、そんな凡くらな男であっも、前世よりは増しだと思っていた。
私の前世は、二十世紀末から二十一世紀を生きた日本人だったが、就職氷河期に大学を卒業した、いわゆる失われた世代だった。
狭き門たる新卒の就職で失敗したら、お先真っ暗。かくいう私も失敗者で、死ぬまで底辺の中の底辺な人生を送った。
その一方でセリウスは、小国とはいえ貴族だ。周りの人々に傅かれる生活というのは、悪くないものだった。少なくとも、年下に顎で使われていた前世とは、比べるべくもない……と、当初は思っていた。
「ベルティア軍は二万。我が方は二千」
宰相で軍師で将軍のボリスが、わざわざ絶望的な数字を口にした。
ちょうど十倍差。しかも、我がセルデン伯国には、まともな武将が一人しかいない。
魔術師ボリス。白髪白髭が特徴的な壮年の紳士で、内外の政にも精通しており、『セルデンの全て』と評される万能型の武将だ。
甲斐宗運とか、土居宗珊とか、某地域制圧型歴史シミュレーションゲームにおける、弱小大名を一手に支える有能な忠臣である。
ボリスの能力は、他国の武将と比べても、卓出しているのは間違いない。しかし、現ベルティア公爵は、曹操や織田信長をモチーフとした人物。つまり、貴賤を問わず、能力で人材を登用している傑物だ。
そんな優秀な君主を戴くベルティア公国には、ボリスに勝るとも劣らない武将が、綺羅星のごとく揃っているのだ。
「して、エルネストの援軍は、いつになるのでしょうか?」
沈痛な空気を破ったのは、頓珍漢な質問だった。
発言者は、官吏として、代々セルデン伯爵家に仕えている、名家の当主ケント。広くなった前額部を長い前髪で誤魔化している、いかにも冴えない感じの中年男である。
「エルネスト王国は、王位継承問題による内紛の最中です。援軍を寄越す余裕はありません」
あまりにも無知な質問だったが、ボリスが律儀に回答した。
「ななな、なんですと!」
するとケントは、どもるほどの驚きを見せた。
何がなななだ! 私を含め、軍議に参加している者の大半は、ケントの無知蒙昧さに呆れ果てていた。
西にベルティア公国、東にはエルネスト王国。これらの大国に挟まれているセルデン伯国は、典型的な緩衝国家だ。
セルデンにとっては、ベルティアもエルネストも、生殺与奪の権利を握られている重要国家である。半々羽織の剣士に怒られそうな状況だが、こればかりは、仕方ないだろう。国力の差は、個人の努力だけでは如何ともし難い。
とにかく今は、この二国の情勢を把握しておくことが、セルデンに仕える者の義務。知らないでは、済まされない話だ。
考えれば考えるほど、私はケントの無能さに腹が立ってきた。
「ででで、では、ど、どうすれば良いのでしょうか?」
狼狽したケントは左右を見渡すが、誰も目を合わせなかった。
それを話し合っているんだよ!
私はこの場を代表し、そう声を大にして言いたかったが、何とか堪えた。
一応は君主なので、感情を露わにするのは控えた方が良いと思ったのだ。『感情を処理できない人間はゴミ』だと、前世で隻眼の貴族主義者が言っていた。当人も後にゴミと化していたが……。
「セリウス様、いかがなさいますか?」
ボリスがこちらに向き直って、粛々と問うた。
戦うか、降伏するか。普通に考えれば、降伏すべきだろう。戦ったところで、万に一つも勝ち目は無い。しかし、ベルティアとセルデンの関係は、残念ながら普通では無かった。
三代目のセルデン伯爵セルビウスは、当家唯一の英雄だ。蛮族や魔物などのあらゆる敵と戦い、数多の武勇伝を残していた。
そんなセルビウスも、爵位で見れば五番中の三番目。ベルティア公爵の家臣として、苦渋を味わうことが多かったらしい。出る杭は打たれる。どこの世界でも、この格言は有効ということだ。
それでもセルビウスは、最期までベルティア公爵に忠実であり続けた。英雄でありながら忠臣でもあるという、まさに模範的な武将であった。
だが、その境遇に怒っている者たちも多かった。長男の四代目伯爵ゼノスと、セルデンの領民たちである。
セルビウスは、不作の年には減税を行うなど、内政面においても名君と言って良く、領民にも敬われていたのだ。
セルビウスが亡くなってから一年後、ゼノスはベルティア公国からの独立を宣言した。さらには、エルネスト王国に庇護を求めたのである。
ベルティアとエルネストは、長年この地域の覇権を巡って対立しており、宿敵と言って良い間柄だった。勝手に独立された挙げ句、敵対国の保護化に入られる。ベルティア公爵の憤怒は、想像するまでもないだろう。
ご先祖様の気持ちはわかる、わかるけれども、子孫としては言わずにいられない。なんて事をしてくれたんだと……。
ベルティアにとって、セルデン伯爵に奪われた領土を復するのは、先祖代々の悲願なのだ。その中には、セルデン伯の首も含まれているに違いない。
戦って討死にするか、降伏して処刑されるか。どちらにしても死は免れないが、名誉を考慮すれば前者の方が増しだろう。
名誉のために戦う。『そんな奴がいるから戦争が無くならないんだ』と、いろんな人に怒られそうな気もするが……。
それはともかく、頭を剃って、土下座でも何でもすれば、万に一つくらいは、ベルティア公の慈悲にすがれるかもしれない。
いや、それだけでは、インパクトにかけるか。独眼竜を見習って、白装束に磔用の十字架を背負っては、どうだろうか……。
「ベルティア公からの書状でございます!」
伝令から渡された書状。これに目を通しながら、私は絶望した。降伏は認めない。ベルティア公からの書状には、そうはっきりと書かれていたのである。
***
来た、見た、負けた。
ベルティアとの戦いは、そう表現するしかない惨状であった。
最前線で、ボリス隊が善戦している中、その他の部隊は、あっという間に潰走。開戦してから、わずか一時間程で、本陣への突入を許した。
「げえっ! ジェイラス!」
突入してきたのは、またしても黒騎士ジェイラス。ベルティア最強の戦士に対し、次々と斃される本陣の兵士たち。盛々と積み上がっていく骸の山。
その中には、背後から不意打ちを狙うも返り討ちに遭った、私も含まれていた。
「セルデン伯の遺体を探すのが、一番大変だった」
ベルティア兵をして、そう言わしめた戦いは、こうしてあっけなく幕を下ろしたのである。




