第11話 逆落とし
セルデン領内を東西に横断する、ブランデル街道。セルデン伯国の動脈というべき主要道路が、ベルティア兵の軍靴で踏み荒らされていた。
女神暦七七五年六月八日。遂に四度目となる、その時がやって来たのだ。
「ブランデル街道を遮断されただけで、セルデンは干上がってしまうだろうな」
ベルティア軍の行軍模様を眺めながら、私は戦略について考えていた。
内地に敵を引き込んで戦う。前世でもこの世界でも、戦史上よくあることだ。焦土戦術や冬将軍など、これにちなんだ言葉もある。
だがそれは、あくまでも最終手段。この手段を取らざるを得なくなった時点で、戦略的には失敗だ。
織田信長は凄かったんだと、君主になってみて、その偉大さがよく分かった。信長は常に外地で戦い、負けるとわかれば、素早く逃げた。君主が生き残り、内政が万全であれば、戦争に負けても再起が可能だからだ。
できれば、信長を参考にして戦ってみたいが、一ヶ月で出来ることは限られている。出征などは、もってのほかだろう。
この戦いを切り抜けなければ、戦略を考える余地はない。今はとにかく、戦術的勝利が必要であった。
「やるべきことはやった……はず……」
崖上からの逆落し。源義経の『鵯越(ひよどり越え)の逆落し』を参考にした、この作戦が成功すれば、間違いなく奇襲にはなるはずだ。
正直言って怖い……。私の眼下には、傾斜四五度の急坂が広がっている。見れば見るほど、ここを騎馬で駆け下りるのは、自殺行為だと思えてくる。
見てはダメだ、見てはダメだ、見てはダメだ……。
「セリウス、兵たちの準備は整ったが――」
「ひっ」
不意に声をかけられて、私は変な声をあげてしまった。
「……お前、震えているのか?」
心配そうに声をかけてきたのは、黒精人のルージュであった。
「い、いや、そんなことはないし! これは、その、む、武者震いだし!」
「……ほう」
ルージュは目を細めて、胡散臭そうに、こちらを見つめている。強がりであることは、一目瞭然という態度だ。
というか、今の私の様子では、幼馴染でなくても誰でも気づくことだろう。何でこんなすぐにばれる嘘をついたのか……。これがわからない。
「この急坂を前にしてか?」
「お、おうともよ!」
「黒騎士ジェイラスと戦うかもしれないが?」
「そ、そうだったな。ますます武者震いがするのう!」
引っ込みのつかない私は、強がりに強がりを重ねた。しかも、語尾までおかしくなっている。
これを聴いたルージュは、呆れを通り越して、悲しそうな顔をしていた。
「セリウス様! ボリス将軍から、戦闘を開始したとの報告が入りました!」
「始まったか……」
一周目も二周目も三周目も、このアゼルシュタットの地でベルティア軍と戦った。西には断崖、東には沼のような湿地帯があり、大軍の展開には不向きな地勢だからだ。
モチーフのゲーム『アストレア大陸戦記』においても、地形は重要だった。部隊能力に補正がかかるほか、『戦闘可能人数』なる要素が秀逸だった。
万を超える大軍であっても、『戦闘可能人数』が五百の地形にいたら、部隊能力は五百で計算されるのだ。
狭隘な地で戦うという、小勢の定石たる戦術をうまく表現したシステムだった。
「クランシエラ様が、ジェイラスを引き付けられると良いが……」
「どれくらい持つかな?」
「数分だな、この時間帯では……」
吸血鬼のクランシエラは、昼間は能力が著しく下がってしまう。夜ならいざ知らず、昼にジェイラスの相手をさせるのは、いくらほぼ不死身とはいえ、さすがに酷だと言わざるを得なかった。
それでもはクランシエラは、二つ返事で承諾してくれた。さすがは義理"95"。義理堅さは筋金入りだ。
「セリウス様! ボリス将軍から、再度の魔法通信です。黒騎士は吸血鬼とダンスしたと――」
「そうか、成功したか!」
ベルティア本隊から、黒騎士ジェイラスを遠ざける。この奇襲作戦を成功させるための第一条件だ。
それが成功したとの報告を訊いて、ルージュの表情が険しくなった。後ろに控えているセルデンの騎兵たちにも、緊張が走っていた。
条件を満たしたところで、作戦の成功率は低い。よしんば、逆落としには成功したとしても、ベルティア軍の本隊を崩せるとは限らない。冷静に対応されて、こちらが袋叩きにされる可能性もあるのだ。
生還できる可能性は、とても低い。ルージュも兵士たちも、それを承知で、この場所に立ってくれている。
なんで、命をかけて戦えるのだろうか――。ふとそんな疑問が頭をよぎったが、もう考えている時間は無かった。
私は覚悟を決めて、兵士たちに号令をかける。
「全軍突撃せよ!」
そう言ってから、私は先頭を切って、急坂に飛び込んだ。
「おい、それだけか!」
後ろから、ルージュの声が追いすがる。
そうだった……。『侯国の興廃はこの一戦にあり!』とか、高尚な演説をぶってから、突撃した方が良かったんだ。
やってしまった……。言葉の大切さを噛み締めつつも、私の心内には、前世の苦い記憶が想起されていた。
資本主義社会においては、人も市場で取引される商品だから、誰もが自分を価値のあるモノに見せようと必死だった。
手っ取り早いのは、言葉で着飾ることだ。やる気もないのに、やる気があると言い、できもしないのに、できると言う。要は、ただの嘘つきなのだが、それが推奨される世界だった。
言葉とは、装飾品の一つに過ぎない。そんな世界の負け組だったからこそ、私はすっかり言葉を軽視するようになっていたのだ。
「うっ……くっ……」
急坂を駆け下りる衝撃で、うめき声が漏れ出た。
もう無理だ……。今から言葉を口にするのは、自殺行為でしかない。この大事な局面で、味方の士気を上げるために言葉を使わないとは、指揮官失格だ……。
「う、うわあっ!」
落馬した兵士の悲鳴が聞こえてきた。
いや、今は後悔をしている場合ではない! 目の前のことに集中しないと、私もあの兵士と同じ末路を辿ることになる。
すべてを馬に任せて、余計なことをするな――。乗馬訓練で、散々言われたことを思い出す。後悔の邪念を追い払い、馬に任せろと脳内で反芻し続けた。
必死の形相で、私は馬にしがみついていた。歯を食いしばり、下腹部を襲う冷たい感覚に耐えながら、何とか踏ん張ろうとしていた。
ところが、数秒後には、またしても私の脳内に邪念が入り込んできた。
他のみんなは大丈夫だろうか。私に君主としての器量がないばかりに、士気を下げるような突撃の仕方をしてしまって……。
「あっ……」
余計なことを考えた途端、私はあえなく馬から転げ落ちてしまった。
「セ、セリウス!」
ルージュの声が聞こえた。と思った時には、私は後続の騎兵たちに踏み潰されて、無残に死亡したのであった。




