第10話 地獄の沙汰
ボリスたちとの軍議は、翌朝にまで及んだ。おかげで、作戦の概略は決まったが、現地の調査や兵士の訓練など、やるべきことは盛りだくさんだ。
とはいえ、今日はもう寝よう。本気を出すのは、明日からだ。
「長かったわねえ」
自室に戻って、寝台にダイブしようとしたところで、フュリスがひょっこりと姿を現した。
「どこに行ってたんだ?」
「寝てた」
そういうことをサラッと言うかね。こちとら徹夜だって言うのに……。
「そういえば、サポートって、他に何ができるんだ? まさか、武将の能力が見えるだけってことはないよな」
「もちのロンよ!」
フュリスが腰に手を当てて、自信あり気に言った。というか、そんな死語を知っているなんて、本当に何者なんだか……。
「月に一回しか使えないんだけど、他者の好感度を確認できるわ」
「……ふむ」
「あ、微妙だと思ったでしょ!」
正解だ。目ざとい奴め。
「前世で一度も告白しなかったチキン野郎には、おあつらえの能力でしょ!」
「うっ、や、やかましいわ!」
前世の話の中でも、特に色恋のことになると、私の精神衛生が著しく低下する。深掘りされたら、私の精神は、自虐の彼方へと飛翔しかねない。これ以上は突っ込まれないよう、話を変えた方が良いだろう。
「ほ、他には? 戦争の役に立ちそうな能力はないのか? 今はとにかく、戦争のことで頭がいっぱいだからさ」
「そうねえ。戦争ってなると……」
フュリスが、目線を上げて考え始めた。なんだかんだいって、素直な奴だよな。
「武将の忠誠度を確認できることかな」
「……忠誠度か。悪くはないな」
武力や知力と異なり、忠誠度の数値は変動する。忠誠度が低いと、出奔されたり、他国から引き抜かれたりしてしまう。君主としては、細心の注意を払うべき数値だ。
忠誠度の動き方は、義理の数値に依存する。義理の数値が高い者は、上がりやすくて下がりにくく、低い者は上がりにくくて下がりやすい。
某地域制圧型歴史シミュレーションゲームを引き合いにすれば、前者が高橋紹運、後者が松永弾正と言えば分かりやすいだろう。
「……だけど、今は忠誠度がわかったところで、引き抜き工作なんてできないんだよなあ」
敵地に潜入する間者。籠絡するための賄賂。『策多きが勝ち、少なきが負ける』と、中国地方の謀聖が言っていたが、策を仕掛けるにも人材と金がいる。策の量も、国力に左右されてしまうのだ。
「あとは、部隊能力とか、戦法の発動とか……」
「お前の能力って、ゲームでいうところのステータス確認ばっかりだな。なんかこう、もっと直接的なサポート能力はないのかね?」
「……ある訳ないでしょ」
フュリスが左の口角だけを吊り上げて、悪そうな笑みを浮かべた。
「ここは地獄なんだもの」
そうだった。ここは地獄なんだった。前世で得たイメージと違っていたから、すっかり忘れていた。
「だからあ、転生者にはあ、もっと苦しんでもらわないとねえ」
「え?」
フュリスの顔が歪む。しかも、肌の色まで変わって、一瞬で悪魔のような姿に変貌した。
な、なんなんだ……。いったい何が起こっているんだ!
「前世で何にも挑戦しなかった。その罪は重いわよ」
「し、しなかったんじゃない! できなかったんだ!」
「それは嘘。だって四十六年もの時間があったんだから」
「違う! 生きるだけで精一杯だったんだ!」
「それも嘘。だって、スマホもゲーム機も持っていたんだから」
「で、でも、私には何かに挑戦する能力なんて……」
「嘘嘘嘘。ゆとりやら老害やらと、他者を見下していたんだから」
「そ、それは……」
「何もしなかったつけは、地獄で支払うのよ」
「う、うぅ……」
「死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで――」
「う、うわああああああああああ」
***
「や、やめてくれえ!」
目が覚めると、そこは自室の寝台だった。
いつの間に寝てたんだ……。昨日は確か、ボリスたちと徹夜で軍議して、それから……。
「どうしたの? うなされてたみたいだけど?」
神使のフュリスが、心配そうに私の顔を覗き込んできた。そうだった。フュリスにサポート能力を教えてもらって、その後……。
「ひ、ひえ」
「ひえって何よ、失礼ね!」
フュリスが悪魔になったんだ!
「何なのよ、鳩が豆鉄砲を食らったような顔をして」
「い、いや、何でも……ない」
「変な奴」
いつものでかい態度で、フュリスがこちらを見下ろしている。
あれは夢だったのか? それにしては、やたらと記憶が鮮明だけど……。
「それで、ベルティアとの戦いは、何とかなりそうなの?」
「……わからない。ただ、前回までとは違って、勝ち筋は作れたと思う」
「勝ち筋は作った、でも勝てるとは言っていない」
「まあ、そんなところだ」
勝利条件は、敵指揮官の撃破。シミュレーションロールプレイングゲームでは、よくある勝利条件だ。
現実の戦争でも、結果として、これが勝利条件であったことは多々ある。『戦争は士気の削り合い』だと誰かが言っていたけれど、指揮官が倒されると、士気が大きく落ちるのは、現実でも当然のことだ。
「奇襲して指揮官を討ち取る」
平たく言えば、今回の作戦はこれだけだが――
「言うは易し、行うは難しね」
フュリスの言う通り、成功させるのは至難の技だ。
「そして、指揮官を失ったベルティア軍は撤退する」
「ほんとお? 黒騎士ジェイラスが指揮官代理になって、猛烈と攻めてきたりしない?」
フュリスの懸念は最もだ。言い方には腹が立つが……。
「それを阻止するために、エルネストと水面下で交渉することになった」
「……どういうこと? エルネストは、内戦で援軍を寄越す余裕はないんでしょ?」
「その通りだ。だが、援軍を出すポーズくらいはしてもらえるだろう」
これはボリスの策だ。実際に援軍は出してもらえなくても、出す素振りをしてもらえれば、一定の抑止力にはなると……。
「エルネスト軍が来援する……可能性があるとなれば、ベルティアが撤退する名目にもなるからな」
「……ああ、なるほどね。指揮官を討たれたままでは引き下がれないけど、エルネストと事を構えるとなれば――」
「戦術的には勝ち目が薄いし、戦略的には、現場の指揮官では判断ができない」
「となれば、エルネストの援軍が来る可能性を理由にして、撤退の選択肢を選べる訳か」
「そういうことだ」
「へえ、けっこう練られているのね」
珍しくフュリスが感心している。まあ、これを考えたのは――
「さすがボリス! セルデンの全てと言われることはあるわね」
フュリスは、お見通しだった。
「さてと、お喋りはこれくらいにして、訓練をしないとな」
「え? あんたが兵士たちの訓練をするの? 愚将の下には、弱卒しか生まれないわよ?」
ひどい言われようだ。まあ、その通りだと思うけども……。
「安心しろ。私自身の訓練だ」
「何の?」
「乗馬だ」
奇襲作戦を成功させるためにも、せめて己でコントロールできることだけは、しっかり準備しよう。私はそう考えて、重い腰を上げたのであった。




