第01話 敗死
「セリウス、逃げろ!」
黒精人のルージュが、悲痛な声をあげた。
それはこっちの台詞だと、最期に格好良く言ってやりたかった。だが、私の前には、全身黒ずくめの騎士が立ちはだかっている。
黒騎士ジェイラス。ファンタジーの業界では、黒ずくめの戦士は強いと、相場が決まっている。このジェイラスも例に洩れず、武勇においては、この世界で一二を争う実力者だ。
「弱いものいじめは、好きじゃないんだが……」
黒騎士ジェイラスが、心苦しそうに言った。
ジェイラスの言う通り、私は弱者だ。正確に言えば、中くらいの武勇ではあるが、彼から見れば、弱者と人括りにされても、文句は言えないレベルだろう。
前世でも、筋肉もりもりの強い人が、『相手の強さがわかるのも実力のうち』だと言っていた。
これは逆にも言えると思う。実力が無い相手にも、強さを分からせられる者が、本当の強者なのだと……。
「いじめで悪いが、これも主命だからな」
黒騎士ジェイラスが、ゆっくりと愛槍を構えた。
控えめに言っても、勝ち目は無いに等しいが、私も長剣を構える。せめて、恥だけは晒さないようにと……。
この感覚が、君主に転生したことで芽生えたものなのか、前世から引き継がれたものなのか。どちらかは分からなかったが、この期に及んで、惨めな命乞いをしなかったことは、我ながら立派だったと思う。
「ベルティア公国が騎士ジェイラス、参る!」
何のひねりもない、ただの名乗りであっても、強者が言うと絵になってしまう。
才能に恵まれた者の特権。遺伝子の気まぐれによる好遇。羨ましい。いや、妬ましい。前世においても、何度となく苛まれた醜い感情が、ムクムクと湧き上がってくる。
時代、場所、遺伝。自身ではコントロールできない要素で、人生の難易度が決まってしまう理不尽。異世界に転生しても、この現実は変わらないのか……。
ならば、一矢だけでも報いてやる!
ルサンチマンと誹られようが、最期くらいは、己の感情に従いたい。
私は長剣で斬りかかると見せかけて、二本の投剣を投げつけた。投剣の名手である、ルージュ直伝の技だ。
黒騎士ジェイラスは、これを槍で防ぐはず……。その隙を突いてやるんだ!
「無駄だ」
ところが、ジェイラスは、愛槍を一振りもせずに投剣を防いでしまった。一本は鎧に当たり、もう一本は当たらない軌道だと、見切られてしまったのだ。
これでは、牽制にすらなっていない。隙を突こうとしていた私は、むしろ、ジェイラスのキルゾーンに飛び込む形になってしまった。
「う、うおおっ!」
こうなったら、全身全霊の一撃にかけるしかない。私は不慣れな喚声をあげながら、長剣を振りかぶったが――
「がふっ」
ジェイラスの愛槍が、目にも止まらぬ速さで、私の胸部を貫いていた。
は、速すぎる。私の方が、先に振りかぶっていたのに……。
「セリウス‼」
弱者には、一矢報いることさえ、許されないのか……。
ルージュの悲鳴を聞きながら、私の異世界人生は、あえなく幕を閉じたのであった。




