二話、閻魔様の御成②
「ーーというか、なぜ鴉なんだ?」
「目を覚ませばすでにこの姿になっておりまして、突然の事で私も何が何やら……」
気落ちしたのか、頭を下げながら司禄は言う。何が何やら分からないのは、俺も同じだ。
「……その姿からするに、空間転移に加えて変化魔法も掛けられていたのか」
「そ、そんな難易度の高い術を、一つの対象物に同時に二つもですか……!?」
「厄介なのは、更に魔法変更無効だ。対象物に触れたが最後、その魔法のせいで俺がどんなに抗おうがまるで意味が無かった」
「そ、そんな高度な術を多重に扱える者が……?」
「極めて高難易な術だが、不可能でもないからな。信じ難いが現実に起きたんだ。受け入れるしかない」
「にわかには信じ難いですが……と申しますか、閻魔様のそのお姿の方が…………」
「…………ん?」
鴉へと変わり果てた司禄は、嘴をパクパクさせながらまん丸い金色の瞳で俺を見る。
確かに自分でも違和感はあった。いつもより視線は低いし、かなり身軽だ。その辺りから想像するに小さくなったのではと思っていたが、自身の姿を確認する術がない為、実際の所どうなったのかは分からない。
「俺も姿が変わったのか?」
「変わったと申されますか……もはや、別人です。人間の子そのものです……」
「…………は?」
「なんとおいたわしや閻魔様。以前の風格あるお姿とは程遠くなられ……」
思いもよらない司禄の言葉に絶句する。人間の子の姿?別人だと言うくらいだから、俺の面影は皆無らしい。
冥王として俺の記憶が始まってから、もうすぐ四千年が経つ。俺の容姿は一切変わらず、年を取っているという実感もない。
本来の俺は、どちらかといえば鬼に近い風貌だ。褐色の肌に口角を上げると覗かせる鋭く尖った二本の牙。運動は特にしていないが、割と筋肉質な体型だ。鬼の様な特徴的な角は無いが、それでも十分にそれを連想させる程。
そんな俺が、人間の子供になっている……?
「……なんだか新鮮だな。身軽だし、案外悪くない」
「な、何を悠長な事を仰いますか! その様な子供のお姿では、死者に示しがつきません。威厳なくして裁きの王は務まりません」
「実際俺に威厳があろうがなかろうが、裁きとの因果関係なんて皆無だろ? 生前の行いがその後の世界の全てなんだから」
「結果としては確かにそうでは御座いますが、犯した罪の重さを感じさせ精神的な重圧を与える……罪を認めその結果を受け入れさせるのは、その者と対面する冥王にしか出来ない事です」
「確かにそうだが……」
「裁きの鏡があるとはいえ、誰もが己のしてきた事に罪悪感を抱いているとは限りません。ましてや、贖罪心を持ち合わせていない者もいます。その者達にはそれ相応の覚悟をさせる必要もあります」
「……」
「閻魔様。威厳なくして、罪深き者に自身の犯した罪と向き合わせる事は出来ません」
「…………」
「そしてその冥王不在の今、冥界はきっと前代未聞の大混乱に陥っています!」
「わ、分かった……から、俺の顔の前で羽をバタつかせるな。羽根が当たってる」
「し、失礼致しました」
カァカァ煩い司禄を手で払いながら、俺は深いため息を吐いた。
司禄はいつも正しい事を言う。少しの罪も許さず、平静かつ常に平等で、そしてその者の更生を願っている。いつだったか司禄は言っていた。この仕事に誇りを持っていると。
裁判官の休みは年二回。時には殆ど休む暇なく死者を裁きその行き先を告げてきた。死者の中には目も当てられない程の残虐な行いをした人間や、周りに惜しまれながらも静かに旅立ってきた人間、様々だ。その死者達の生前の行いを包み隠さず全て視る事の出来る冥界唯一の〝裁きの鏡〟は、裁く権限を持つ冥王にしか扱う事は出来ない。つまり、冥王がいなければ冥界は成り立たない。
「ところで、どうやって戻るんだ?」
司禄に問い掛けながら、俺はある重大な事実に気付く。
そもそも現世に落とされようと、空間転移の魔法を使えば冥界に戻る事は容易だ。俺はその転移魔法も会得している。なんの問題も無い。
…………筈だった。
「死後は天に昇ると言いますし、とりあえず上を目指すというのは如何でしょう?」
「昇るって、俺は飛べないぞ」
「飛べなくとも、閻魔様には転移魔法がお有りでは御座いませんか」
司禄はさも当然の如く言い放った。
俺の現状を知らずに……
「…………今の俺は、魔法が全く使えない」