喫茶店
さっき更新する方を間違えました。
最新話をお読みする前に、第六部をお読みください。
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さくらに促されるがままに連れてこられたのは、お洒落で小さな喫茶店だった。
路地裏の目立たない立地だが、それゆえに静かで、店内にはゆったりとした時間が流れていた。
「こんなところに喫茶店が……」
「ここのマスターと知り合うまでは、私も気づきませんでした。あ、先輩はなに頼みますか? おすすめは、マスターおすすめのブレンドコーヒーなんですけど」
「ブレンドコーヒーか……じゃあ、それを頼もうかな」
「それじゃあ注文しちゃいますね」
さくらがそう言って、カウンターに立つマスターに声をかけようとしたので、俺は「いやいや」と待ったをかけた。
「俺が注文するよ。清水さんはなにを頼むんだ?」
「え? いえ、私が注文しますよ?」
「いやいや、ここは俺が……」
「いえいえ、ここは私が……」
そんなことを数回繰り返すと、カウンターで俺たちのやり取りを見ていたマスターが、見兼ねたのかこちらに歩いてきた。
「いつまでそんなくだらねぇやり取りをしてんだ。ほれ、嬢ちゃんはどうせブレンドコーヒーだろ? 兄ちゃんも……ほれ」
マスターはそう言いながら、俺とさくらの前にコーヒーが注がれたコーヒーカップとソーサーを置いた。
「あ、すみませんマスター」
「かまわねぇよ。あと、こいつは俺の奢りだからな」
「え? それは……」
「いいんだよ。嬢ちゃんには、この前助けてもらったからなぁ。おい、兄ちゃん」
と、マスターは鋭い目を俺に向ける。
「嬢ちゃんの彼氏かなんか知らねぇが……泣かせるようなことしたらぶっ殺すぞ……」
「あ……はい……」
こわっ……。
マスターは言いたいこと言ったみたいな顔で頷くと、再びカウンターの方に戻っていった。
「も、もう……マスターったら。せ、先輩は彼氏じゃないのに……。すみません先輩……」
「ああ、いや……別に。それより、冷めないうちにいただこうか」
「そうですね」
俺とさくらは、さっそくカップを手に持つ。そのままカップに口をつけると、コーヒーの苦味が口の中に広がった。
「……おいしいな。これ」
「ですよね! マスターの淹れてくれるコーヒーは、最強です!」
「よ、よしてくれや……俺のコーヒーなんてまだまだだぜ」
と、マスターは無愛想なことを言うけれど、内心喜んでいるのが顔に出ている。
マスターは、どうやら口は悪いけれど、とても良い人みたいだ。
「えっと……それでお礼なんですけど」
「え? コーヒー奢ってもらったし、もう必要ないけど」
「でも、それはマスターの奢りなのでダメです! 先輩は、なにかして欲しいこととか、本当にないんですか?」
「いや、特にないんだよなぁ……」
「なんでですか!」
怒られた。
「あ、すみません……大きな声を出してしまって……」
「えっと……別に気にしてないよ。それより、本当にお礼とかいらないから。なにかお礼が欲しくて、君を助けたわけじゃないしさ」
「で、でもですね? 助けてもらったのに、なにもお礼をしないのは私のモットーが許さないと言いますか……」
「モットー?」
「はい! 私のモットーは、自分が正しいと思うことをすること……です! 助けてもらったお礼をしないのは正しくありませんから! ですから、ぜひお礼をさせてください!」
さくらはそう言って、俺に深々と頭を下げた。
『自分が正しいと思うことをする』
この言葉――昔にも聞いたことがある。
さくらは、よくこの言葉を口にしていたっけな。
自分が正しいと思ったら、さくらは一直線だ。西に困っている人がいれば颯爽と助け、東に泣いている子供がいれば、颯爽と笑顔を届ける。
そんなかっこいいヒーロー。それが、清水さくらという少女だ。
「昔から……変わってないんだな」
「……? なにか言いましたか?」
「ああ、いや。なんでもないよ。なんでも」
懐かしさでつい口をついてしまったが、幸いさくらには聴こえていなかったらしい。
自分の正しいと思うことする……か。
かっこいいヒーローみたいなさくらに憧れた俺も、その言葉を胸に今日まで生きてきたところがある。
さくらみたいに、かっこよく人助けはできないけれど……。
ふと、俺が昔の懐かしい記憶に浸っていると、さくらが俺をジッと見ていることに気づいた。
「えっと……なに?」
「あ、いえ。なんでもないです! と、とにかく……いずれ必ず、このお礼はさせてもらいますから! なにか考えておいてください!」
「あ、うん。分かった。なにか考えておくよ」
「それと……」
「ん? まだなにかあるのか?」
尋ねると、さくらは椅子に座ったままもじもじとし始める。
なにか言いにくいことでもあるのだろうか。
しばらく待ってみると、さくらが意を決したようすで口を開いた。
「あの……さ、さっき助けてくれた時に、私のこと……さくらって呼んで……ましたよね?」
「え?」
一瞬、なにを言われているのか分からず体が硬直した。しかし、よくよく思い出してみると――そういえば、「さくら!」って叫んだ気がする。
ただ、あの時は必死だったからよく覚えていない……!
「あの……もしかして、昔――」
と、さくらがなにか言いかけたタイミングだった。
「おう、コーヒーおかわりいるかい?」
「ひゃあ!?」
マスターがコーヒーのおかわりを手に持って声をかけると、驚いたのかさくらが変な叫び声を上げた。
俺もマスターもその声に驚いて、同時にビクッと肩を揺らす。
「ど、どうした嬢ちゃん?」
「い、いえ! なんでもないです……うわーい、おかわり嬉しいなぁ……あはは……」
さくらは誰が見ても分かる愛想笑いとともに、乾いた笑みを浮かべる。
「えっと……清水さん? 今なにか言いかけなかった?」
「なにも言いかけてませんよ!? ええ! なんでもないですとも!」
「え? あ、そう?」
本当にそうなのだろうか……。
はたして、さくらはなにを言いかけたのだろう。
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