違和感とお礼
荷物を持って階段をのぼろうとすると、荷物を重くてなかなか階段をのぼれなかった。
「ぐぬぬ!」
「さくらちゃん……無理はしなくても……信号で向こうに渡れるわよ?」
「いえ! ここから信号のある交差点まで、かなり歩きますから! 歩道橋を渡った方がはやいです!」
「でも……それ、重いでしょう? 大丈夫?」
「だ、大丈夫です! ぐぬぬ!」
私はお婆さんにそう答えたが、正直大丈夫じゃなかった。
大人しく助けを呼ぼかうと思った折、
「また買いすぎちゃったんですか。お婆さん」
声がした。
「あら……あなたは昨日の……」
お婆さんの声に釣られて、私は声のした歩道橋の上に目を向ける。すると、視線の先に秀兄さんが苦笑した顔で立っていた。
「む……!」
たちまち、昼の出来事を思い出し、思わず私は秀兄さんを睨んでしまった。
秀兄さんは、そんな私を見て、さらに苦笑しながら階段をおりてくる。
「えっと……よかったら俺も手伝いますよ」
「あらあら……いいのかしら? 昨日の今日で悪いわねぇ。助かるわぁ。ねえ、さくらちゃん。いい彼氏さんね?」
お婆さんが、「うふふ」と笑いながら言ったので、私は慌てて口を開いた。
「か、彼氏じゃなですから! こ、こんな人の手を借りなくても、私一人でこの荷物を向こう側に運んでみせますとも!」
私はそう言って、お婆さんの荷物を持って、一段一段ゆっくりと歩道橋をのぼり始める。
「あら……喧嘩でもしたの?」
「いえ……そういうわけじゃないはずなんですけど……」
そうですね! 私が一方的に怒ってるだけですもん! 秀兄さんは悪くないですもん!
そう――私が一方的に怒っているだけ、秀兄さんは悪くない。それが、逆に私を苛立たせる。我ながら面倒くさい女だ。こんな自分が嫌になる……。
私がそんなことを考えていると――。
「あ」
考え事ごとをしていて油断してしまった。
私は荷物の重さにバランスを崩してしまったのだ……!
荷物の重さで、自然と私の体は階段から落ちる。体がふわりと浮遊感に包まれたかと思ったら、私は空を見上げていた。
やばい――。
このままだと、私は頭から地面に落ちる。そうなったら、ただじゃ済まない。
ゆっくりと進む視界の中で、ふいに秀兄さんの声が轟いた。
「……さくら!」
と、耳をつんざく大きな声の後、落ちていた私の体がなにかに支えられるようにして停止。
もちろん、私を助けてくれたのは秀兄さんだった。
秀兄さんは、階段から転げ落ちた私の背中を、抱きかかえるみたいに支えてくれていた。
「まったく……重いなら、無理をしちゃダメじゃないか」
「え……あ、はい……ごめんなさい……」
危うく死にかけた恐怖と、秀兄さんの顔が目の前にある興奮に挟まれた私は、心臓が破裂しそうなくらいドキドキとしている。
もうコクコクと、ただ頷くことしかできない。
その後、お婆さんが「さくらちゃん大丈夫!?」と声をかけてくれたタイミングで我に返った。
あれ……さくらちゃん……?
そういえば、秀兄さんさっき……さくらって呼んだ気が……。
※
階段から転げ落ちたさくらを間一髪で助けた後、俺とさくらは昨日の同様に、お婆さんを息子夫婦の自宅まで送り届けた。
「さくらちゃんにケガがなくってよかったわぁ。今日こそお茶でもいかが?」
「「いえ、大丈夫です」」
なんて、また声を被らせつつお婆さんと別れた。
お婆さんに手を振って別れた後、すぐにさくらが俺に頭を下げた。
「千葉先輩! さきほどは、ありがとうございました!」
「いや、お礼なんて……別に気にしなくてもいいよ。清水さんが無事でよかった」
「私が気にします! ただでさえ、お昼に失礼な態度をとっていますし……お礼をさせてください! なにかして欲しいこととかありませんか?」
さくらはグイッと俺に迫って言った。
瞳に鬼気迫るものを感じる……断りにくい。
「別にして欲しいこととかないかな」
「で、ではなにか奢ります!」
「いや、女の子に奢らせるのはちょっと……ましてや、歳下だし」
「私は気にしません!」
俺が気にするんだけど……。
とはいえ、この雰囲気だと奢るまで堂々巡りになりそうだ。
俺はため息を吐いて、自分から折れることにした。
「それじゃあ、なにかジュースでも奢ってもらおうかな」
「……! 分かりました! 私、いい喫茶店を知っているのでそこに行きましょう!」
「え?」
てっきり、自販機で缶ジュースあたりを奢ってくれるのだろうと思っていた俺は、喫茶店と聞いて首を傾げた。
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