親切な幼馴染
※
「いやぁ~さくらっちが、人に冷たく当たるところって初めてみたわ」
秀兄さんと霜二川先輩の二人と別れて教室に戻ると、一部始終を目撃していたふぶきちゃんにそう言われて言葉に詰まった。
なんであんな態度をとってしまったのだろう……いや、理由は分かっている。
秀兄さんに、「知り合い」とか「昨日会ったばかり」と言われたことがショックだったんだ。
けれど、冷静に考えてあの態度は失礼だ。いつもの私らしくない……。
そんな感じで、昼休みのことが尾を引いてしまって、午後の授業はまったく集中できなかった。
「じゃあ、この問題……清水さんお願いします」
「あ……えっと……すみません。もう一度お願いします……」
と、考え事をしていて先生の話を聞いていなかったり、
「すみません……分かりません……」
問題が解けなかったりと――失敗が続いてしまった。
「清水さんにしては珍しい……体調が悪いなら保健室に……」
挙句の果てには、体調の心配をされてしまった。
我ながら情けない……ちゃんと集中しないと……はあ……。
そんなこんなで、午後の授業と帰りのホームルームが終わった放課後。
家に帰ろうと、身支度を整えていると、ふぶきちゃんがパシャパシャと私の顔をスマホで撮りながら近づいてきた。
「うい~さくらっち~憂いを帯びた横顔も映えますな~」
「ちょ……や、やめてよ! ふぶきちゃん!」
「おっと、ごめんごめん」
「もう……あとで、ちゃんと消してよね?」
「うん。現像してアルバムに入れたらね」
「絶対やめてね!?」
私はがばっと椅子から立ち上がり、ふぶきちゃんの両肩を掴んだ。
「にしし~冗談だよー。冗談。つーか、今日はどうしたん? 勉強できる真面目なさくらっちが、話聞いてないわ、問題も分からないわで珍しいじゃん」
ふぶきちゃんに尋ねられたが――まさか秀兄さんのことを考えていたら、授業にまったく集中できなかったなんて、バカ正直に答えられるわけがない。
「えっと……別に私だって、時には授業に集中できない日とか、解けない問題があるわけで……」
「え~? ザ・優等生を絵に描いたみたいなさくらっちが~? そんなわけないじゃん」
「私をなんだと思ってるの……」
「完璧超人!」
期待が重い……!
「あ、でもさくらっちは完璧超人ってわけでもないか~。運動音痴だし」
「お、音痴じゃないもん!」
少しだけ不器用なだけだ。音痴ではない。決して!
ふぶきちゃんは私の反応を見て面白がっているのか、「にはは」と笑う。
「まあ、それはともかくとして……原因は、昼休みのことかー?」
「うっ」
「うわ~分かりやすいな~。なるほど……なるほど……」
ふぶきちゃんは、私の顔をじっと見つめながらしきりに頷く。なにか察したようなふぶきちゃんの視線に、なんとも言えない居心地の悪さを覚えた私は――。
「あ! 今日、スーパーの特売日だからもう帰るね!」
逃げる選択肢を取った。
「え、ちょ……」
「じゃあ、また明日!」
私はカバンを片手に、脱兎の如く駆けだした!
※
「はあ……」
学校からの帰り道。
私は大きなため息を吐いて、夕焼けの空を仰いだ。
思い起こすのは、お昼休みに秀兄さんへとった態度。
つい、カッとなって口から出てしまった言葉。
もしも、時間を巻き戻せるのなら、今日の朝からやり直したい。
秀兄さんの会うために、しっかり髪を整えて万全の状態を作りたい。そして、本題――秀兄さんが、本当に私を忘れているのかどうかを確認したい。
というのが理想だが、現実には尋ねる勇気がないし、時間も巻き戻せない。
今日は……完全にやってしまった。
秀兄さんにあんな態度……秀兄さんからした、私が急に怒りだしたようにしか見えないだろう。ただのヒステリー女認定だ。
穴があったら入りたいというのは、こういう気持ちなんだろうなぁ……。
そんなことを考えながら、歩いていると、昨日秀兄さんと会った歩道橋まで来た。
ここで再会したんだなぁ……なんてしみじみと思いながら歩道橋を渡ると、階段の手前で昨日会ったお婆さんが困った顔をしていた。
お婆さんの手には手押し車と、その上に大荷物が積まれていた。
昨日と同じで買いすぎちゃったのかな?
私はそう考えて苦笑しながら、お婆さんに声をかけた。
「また買いすぎちゃったんですか。お婆さん」
「あら? あなたは昨日の……」
「そういえば、名乗ってなかったですね。私、清水さくらって言います!」
「あら、礼儀正しい子ねぇ。若いのにしっかりしてるのねぇ」
「いえ、普通です! 普通! それよりお困りごとですか?」
「ええ……今日も買すぎちゃってねぇ……。どうやって、歩道橋を渡ろうかしらと」
「なら、今日も私が向こうまで運びますよ?」
「あら、いいの? でも、けっこう重たいわよ? 昨日の彼、今日は一緒じゃないのかしら?」
「え? 彼……?」
はて。誰のことだろうと思っていると、お婆さんは微笑みながら口を開いた。
「ほら、あの優しい男の子よ~。彼、さくらちゃんの恋人なんでしょう?」
もしかして、秀兄さんのことだろうか。
って……こ、恋人!?
「ち、違いますよ。あの人とは……そんな関係じゃないです……」
「あら、そうなの?」
「はい……私の一方的な片想いです……」
苦笑いして言うと、お婆さんは少し驚いた表情を浮かべてから笑った。
「そうなの。さくらちゃんの気持ちが届くといいわね」
「えと……そ、それより、荷物持っちゃいますね!」
私は誤魔化すように言って、手押し車に積まれた荷物を両手で持ち上げる。すると、昨日の比ではない重量感が私を襲った。
「ぐぬぬ!? け、けっこう重たいですね……」
「大丈夫かしら……?」
「ま、任せてください!」
そう言って、私は荷物を持ったまま歩道橋の階段へと向かった。
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