やきもち
※
「はあ……」
と、私は何度目か分からないため息を吐いた。
この学校に入学してから……とにかく、男子に告白されることが増えた。
さっきも、サッカー部で有名な先輩から、『いつもの』桜の木の下まで呼び出されて告白された。
告白されるのは素直に嬉しいけれど……ほとんど喋ったこともない人から告白されることが多いし、桜の木の下は校舎から丸見えだから、目立って嫌だった。
「はあ……」
再びため息を吐く。
というか、今はそんなことよりも気になることがある。
昨日、偶然にも再会した初恋の幼馴染――千葉秀一郎先輩。
昔は、「秀兄さん!」なんて呼んで、二人で遊んでいたなぁ……。
秀兄さんは、頼れる歳上のお兄さんという感じで、気がつけば好きになっていた。
久々に再会した昨日のこともあり、改めて昔の初恋が再燃しているというのが、今の状況だ。
はっきり言うと、運命を感じて、めちゃくちゃ秀兄さんを意識している……。
私は昨日のことを思い出しながら、桜の木から食堂にある購買部まで移動。
お昼時だから食堂は生徒でごった返しており、購買部の方も人で溢れている。
「うーん……お昼ご飯、どうしようかなぁ……」
そういえば、秀兄さんはどこにいるのだろうか。
昨日、聞いたことが間違いなければ、今日から登校しているはずだけれど……。
まあ、どの道この人混みでは見つからないだろうし、食堂にいるとも限らないか……。
「はあ……」
今度は、少し大きめなため息を吐く私。
昨日――結局、昔のことには触れずに、あのまま別れてしまった。
秀兄さんのようすを見ると、どうも私に気づいてくれていないみたいだった。
そんな状態で「私のこと覚えてる?」なんて聞く勇気が、私にはなかった。
「はあ……」
またまたため息を吐く。
「おーため息なんて吐いてどうした?」
「あ……ふぶきちゃん」
声をかけられて振り向くと、同じクラスの琴吹ふぶきちゃんが立っていた。
彼女は、金髪に染めた派手な髪をした可愛らしい女の子で、今は派手にデコレーションされたスマホを片手に持っていた。
「どうしたん? 悩みがあるんなら、うちでよければ聞くぞー?」
「ほ、本当に?」
「もちもち〜。うちら友達じゃんか〜」
パシャ。
ふぶきちゃんは調子のいいことを言いながら、なぜかスマホで私を撮った。
「って、なんで写真撮るのふぶきちゃん!」
「あ、ごめんごめん。うち、可愛いもの見ると、手が勝手に動いて、スマホで撮っちゃうんだわ。にはは〜」
「もう! 私、物じゃないって何回も言ってるのにぃ……」
ふぶきちゃんは、ちょっと変わった女の子だ。
写真を撮るのが好きみたいで、食べ物とか、可愛いものとか、そういう写真をよく撮っているみたい。
かく言う私も、すでに何回か撮られている。勝手に撮られるのは、あまり好きじゃないからやめてもらいたい……。
「そんなことより、さくらっちはなにに悩んでるのさ?」
「あー……うん。ちょっと、人間関係というか……恋愛的な悩みと言いますか」
「うえ!? さくらっちが恋のお悩み!?」
「うわああ!? 声が大きいよ!?」
「あ、ごめんごめん……驚いてつい……」
「もう……ふぶきちゃんったら……」
「で、でも……そっかぁ。さくらっちが恋の悩みねぇ。告白されても、毎回振ってるから男に興味ないんかと思ってた」
「わ、私だって女の子だし……人並みには男の人に興味あるもん……」
「ほへぇ……で、相手は誰なん?」
「……それは」
私は秀兄さんの名前を出そうとして、少し躊躇った。
なんというか、名前を出すのが恥ずかしい。
別に本人を目の前にしているわけでもないのに、秀兄さんに告白するみたいで、今にも顔から火が吹き出てしまいそう……。
初恋の幼馴染で、頼りになる一つ歳上のお兄さん。優しくて、面倒みもよくて、頭もいい。
昨日、久々に再会して、かっこよくなっていた秀兄さんに驚いてしまった。
それこそ、最初は秀兄さんと気づかないくらいに……。
けれど、目元が昔と変わっていない。だから、あの人は間違いなく秀兄さんだ――。
しかし……。
「はあ……」
「え……なんでここでため息?」
「すみません……ちょっと昨日のことを思い出して」
私は額を抑えて、改めて昨日のことを思い返す。
昨日のようす……やっぱり、秀兄さんは私のこと忘れているのだろうか。それとも、私に気づいていないだけ?
どっちにしろ、本人に確認しなければ分からない――けど、聞くのが怖い。
はあ……私の意気地なし。
ふと、私が顔をあげた時だった。
購買の前に、見覚えのある顔を発見した私は……目を見開いた。
その顔というのが、話題となっている秀兄さんだったのだ。だが、問題はそこじゃない。
問題なのは、その秀兄さんが――見知らぬ女子と並んで歩き、楽しそうに会話しているということ……!
だ、誰あの女の人は……!
別に、私は秀兄さんと付き合っているわけじゃない。
だから、秀兄さんが誰と並んで歩こうが、付き合おうが、私には一切関係ない。
関係ない……けど……もやもやする……!
そう思ったら、体が勝手に動いた。
「え、ちょ……さくらっち!?」
ふぶきちゃんが驚いた声をあげるが、私はお構いなしに秀兄さんのもとへ歩く――そして。
「秀にい――千葉先輩」
危うく秀兄さんと呼びかけて、慌てて言い直した。
秀兄さんは、「え?」と振り変えると、私を見るなりぎょっとした。
その反応に、私は無性に腹が立ってしまった。
なんでだろう。ものすごくムカムカする……!
「え……清水さん? よね?」
秀兄さんの隣に立っていた女性も私に気づき、驚いた顔をしていた。
見たところ、歳上の先輩みたいだったので、私は姿勢を正した。
「突然すみません。私は、一年の清水さくらです。えっと……私のことご存じなんですか?」
「ご存じもなにも、あなたはいろいろ有名だから……」
有名か……私からしたら、あまり嬉しくない理由だろうけれど。
「あ……と、ごめんなさい。まだ名乗ってなかったわね。あたしは、二年の霜二川しずるよ」
「霜二川先輩……ですね。よろしくお願いします」
「ええ、こちらこそよろしくね。えっと、それで……」
霜二川先輩は、私と秀兄さんを交互に見ると、不思議そうに首を傾げた。
「二人は知り合いなのかしら? さっき清水さん、千葉先輩って声かけてたわよね? どういう関係?」
霜二川先輩の勘ぐるような質問に、私は思わず言葉に詰まった。
どういう関係――。
端的に言うと、幼馴染のはずだ、それが正解。花丸百点満点な解答だ。
しかし、それをここで言うには……と、私は秀兄さんにチラッと目を向ける。
秀兄さんは、どこか困った表情を浮かべている。
ええ……なんですかその顔……。
まるで、私との関係を霜二川先輩に誤解して欲しくないみたいな。そんな表情に見える。
私が秀兄さんの関係を答えあぐねていると、霜二川先輩はなにかを察したみたいで、「はっ!」と目を見開いた。
「まさか……答え難いような間柄……? それって、恋び――」
「霜二川さん。誤解してるみたいだから答えると、俺と清水さんは別にそんな間柄じゃないよ。俺と清水さんは……」
ふと、秀兄さんは一度言葉を区切り、私を一瞥してから続ける。
「俺と清水さんは、昨日偶然知り合っただけの知り合いだから……」
知り合いだから……知り合いだから……。(エコー)
私は心の中で、「ぐはっ」と吐血した。クリティカルヒットだ――これはもう確定だ。
秀兄さんは、私のことを忘れている……!
マンガだったら、私の頭上に「ガーン」という三文字が落ちてきているだろう。それくらい、私は大きなショックを受けた。
知り合い……知り合いかぁ……うう……。
「へえ、昨日偶然に……」
「うん、町を散策していたら、たまたまね……だから、霜二川さんが考えているような間柄じゃないよ」
「まあ、それもそうよね。転校したばかりの君が、清水さんと付き合ってるなんてあるわけないわよね」
「そうだね。昨日、会ったばっかりなんだから」
私は再び吐血した。
き、昨日……会ったばっかり……?
私は、秀兄さんとの思いでちゃんと覚えているのに……。昔、交わした『約束』まで覚えてるのに!
なんだかまたムカムカしてきた……!
すると、私の中で「ブチッ」となにかが切れた。
「……そ、そうですね! 千葉先輩とは昨日会ったばっかりの初対面ですから! 霜二川先輩が思っているような関係はじゃないです!」
「え? ああ、うん、そうね? ごめんなさいね。変な勘ぐりしちゃって……」
「いえ。それでは私、お昼まだですので失礼します!」
私は吐き捨てるように言って、踵を返した。
もう……! 秀兄さんのバカ……!
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