転校初日のこと
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俺は白いチョークを黒板の上に滑らせ、「千葉秀一郎」と名前を書いて振り返った。
「転校生の千葉秀一郎です。好きなものは、甘いものならなんでも。これからよろしくお願いします」
幼馴染と突然の再会を果たした翌日。
俺は転校先の華咲学園・二年Bクラスで、自己紹介をしていた。
視界には、これから一年間をともにするクラスメイトたちが映っている。
男女半々のクラスで、みんな黒板の前に立つ俺を見て、ざわざわとしていた。
すると、パンッと担任の女性教師が手を叩き、みんなを静かにさせた。
「はい! みんな静かに! 今から質問タイムを取るので、今のうちに質問してくださいね〜。あとで、みんなで寄ってたかって質問攻めにしちゃダメですよ〜。じゃあ、よーいドン!」
なんか急に始まった。
「はいはーい! 前はどこに住んでたんだー?」
と、男子生徒に尋ねられた俺はすぐに答える。
「東京だよ」
すると、「おお……都会人!」とクラスに響めきが走った。いや、都会人って……。
この華咲町は東京から離れたところにあるので、東京から来た俺が珍しいのかもしれない。
「はい! 千葉くんは彼女とかいるんですかー!」
今度は女子生徒から質問される。
「いや、生まれてこの方彼女はいません。残念なことに」
肩を竦めて答えると、ざわざわとクラスが騒がしくなる。
すると、再び担任が手を叩いて静かにさせた。
「はーい、そういうプライベートな質問はメッ! ですよー?」
「ちえ……はーい」
担任に注意されたからか、その後はたいした質問もされず、朝のホームルームは終了……した途端に、クラスメイトたちがどっと押し寄せてきた。
「彼女いないって言ってたけど好きな人は!?」
「東京から来たってことは可愛い女の子とか知ってるんだよな!?」
そんな感じに、俺はもみくちゃにされて、「ええっと……」と困った笑みを浮かべるしかなかった。
担任に助けを求めようと視線を巡らせるが、すでに担任は教室から出ていて、いよいよ収拾がつかなくなってきた。
と、俺が困っていた折、「はいみんな落ち着いてー」と、荒れ狂うクラスメイトたちを制止する声が聞こえた。
声の方に目を向けると、メガネをかけた女子生徒が立っていた。
髪を二つに結んだ可愛らしい女子生徒で、左目尻の泣きぼくろが特徴的だった。
「ほら、千葉くん困ってるから解散、解散!」
「ええー別にいいじゃん委員長! 転校生なんて珍しいし〜」
「先生に言いつけるわよー」
委員長と呼ばれた女子生徒がそう言うと、俺を取り囲んでいたクラスメイトたちは、渋々といったようすで帰っていった。
はあ……やっと解放された。
「いやー人気者だね。転校生は」
委員長は苦笑いを浮かべながら言って、俺の隣に立った。俺も釣られて苦笑いを浮かべる。
「仲良くしてくれるのは嬉しいんだけどね……さっきは助かったよ。ありがとう」
「お礼なんて大丈夫よ。これも学級委員長の務めだから! それより、まだ転校しできたばっかりで、学校のこと分からないでしょ? よかったらお昼休みにでも案内するわよ?」
「それは助かるな。ぜひ頼むよ」
「任せて! あ、そうだ……まだ名乗ってなかったわね」
学級委員長はメガネを右手の人差し指で持ち上げ、腰に手を当てて名乗った。
「あたしは霜二川しずるよ。なにか困ったことがあったら、なんでも相談してちょうだい! あたし、学級委員長だから」
「頼もしいな……こっちこそよろしく」
そんなこんなで、午前中の授業を終えて昼休み。
約束通り、霜二川さんに校内を案内してもらうことに。
テレテレと、霜二川さんと廊下を歩きながら、彼女の説明に耳を傾ける。
「この学校、けっこう広いから昼休みだけじゃ回りきれないかも」
「そうなのか」
「まあ、簡単に説明するとね。今、あたしたちがいる教室棟の他にも、実習棟、部室棟、図書館……体育館って感じで、施設だけでも多いのよ」
「立派な学校だ」
「他にも中庭とか、伝説の桜の木とかあるわよ!」
伝説の桜の木……?
「なにそれ?」
「よくあるじゃない。あの木の下で告白したら、成功しやすいとか。そういう迷信よ」
「へえ」
どこにでもそういうスポットがあるんだなと、俺は頷いた。
「あ、ちょうど誰か告白してるみたいよ?」
「え?」
言われて、俺は廊下の窓から見える位置に生えていた、一本の立派な桜の木に目を向けた。
霜二川さんの言う通り、桜の木の下に人影が二つ見えた。
目を凝らして見ると――人影の片方が、昨日再会した幼馴染――清水さくらで、俺は目を丸くさせた。
「あれって……」
「ああ……清水さんね。今日もか」
「今日も……?」
「うん。君は、まだ転校したばっかりで知らないだろうけど……彼女は清水さくらさん。見ての通り、可愛くて、性格も良いから、よく桜の木の下で告白されるのよ」
「へ、へえ……」
さくらが告白される……ねぇ。
そう聞いた俺は、昨日の出来事を思い出した。
幼馴染で初恋のさくらに――昨日、再会したわけだけれど。結局、俺はなにも言えなかった。
自分から、「久しぶり。俺のこと覚えてる?」なんて聞いて、「は?」という顔をされたら死んでしまう自信がある。
そんな恐怖心から、昨日はお互いに自己紹介をして別れてしまった。
向こうは俺の名前を聞いても変わったようすがなかったため、もしかすると俺のことなんか忘れているのかもしれない……。
「告白か……」
俺は桜の木の下にいる二人を眺めながら、ぽつりと呟く。
本当、昔とは別人かってくらい見た目が変わっていたから、名前を聞かなければ、さくらとは気づかなかっただろう。それくらい、さくらは可愛くなっていた。
昔は、さくらが「秀兄さん!」なんて呼んでくれて、よく一緒に遊んでいたなぁ……。
明るくて良い子だったし、気がつけば好きになっていた。
久々に再会した昨日のこともあり、改めて昔の初恋が再燃しているというのが、俺の状況だ。
はっきり言うと、運命を感じて、めちゃくちゃさくらを意識している……。
我ながら、単純だな……。
やがて、用が済んだのか、さくらと男子生徒はその場で別れた。
遠目からだから結果は分からないものの、男子生徒が肩を落としていたため、断られたのだろう。
ひとまず、そのことに俺は安堵の息を漏らした。
「終わったみたいね。それじゃあ、あたしたちも行きましょうか」
「ああ、うん。そうだね」
「とりあえず、今日は購買とか、体育館の方を案内するわね。こっちの方は、よく来ることになると思うから」
「あー……もうおまかせで頼んだ」
どうせ俺には、どこがどこなのか分からないんだ。ここはプロに任せた方が賢明――と判断し、全て霜二川さんに丸投げすることにした。
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