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プロローグ

 親の転勤で、小学校低学年くらいまで住んでいた町に帰ってきた。


「懐かしいな……」


 俺は久しぶりに帰ってきたのだからと、荷解きもそこそこに、町の散策をしていた。


 あっちやこっちに目を配っていると、見覚えのある公園や道路が目に入り、感嘆の息が漏れる。


 しばらく、そうやって町を歩いていると、歩道橋のある大きな通りに出た。


 歩道橋を渡った向こう側に、転校先の高校があるみたいで、下見がてら歩道橋に足を運ぶと……大荷物を持ったお婆さんが、歩道橋の階段を前に頭を垂れていた。


「ふう……歳は取りたくないもんだねぇ」


 と、パンパンに膨らんだスーパー袋を地面に置いて腰を叩いた。


 腰を痛めているのだろうか。


 だとしたら、あの荷物を持って歩道橋の階段をのぼるのは難しいだろう。


 そう考えた俺は、お婆さんに声をかけた。


「よかったらその荷物、俺がお持ちしますよ」


「よかったらその荷物、私がお持ちしますよ」


 え?


 自分が発した声とは別の声に、俺は驚いて振り向くと、同じく驚いた表情で俺を見ている女の子と目が合った。


 黒髪を腰まで伸ばした清楚美人な装いの少女だった――。


 長い黒髪を桜の花びらをモチーフにしたリボンで、後ろで一つに結んだポニーテール。目にかかるくらいの前髪で、切れ長な瞳がどこかクールに見える。


 かといって、大人びているというわけでもなく、どことなくあどけなさのある表情が、なんとも気を惹かせる少女であった。


「えっと……」


 少女と見つめ合って数秒……なんと言えばいいのか分からず言葉に詰まっていると、声をかけたお婆さんが、「まあまあ」と微笑んだ。


「お若いのに優しいカップルだわぁ! 素敵ねぇ。うふふ」


「い、いえ、偶然です。偶然」


「そ、そうです。今のは偶然で……」


 本当にたまたま、同じタイミングでお婆さんに声をかけただけの見知らぬ美少女――それと彼氏彼女などと勘違いされたら、少女の方が嫌がるだろう。


 そう思って、勘違いしたお婆さんに慌てて否定すると、少女も同じようすで否定を述べた。


 お婆さんはそんな俺たちのようすが面白いのか、ニコニコと笑った。


「うふふ。そしたら、若いカップルさんのお言葉に甘えちゃおうかしら。歩道橋の向こう側まで運んでくれると助かるわぁ」


 歩道橋の向こう側までか……。

 お婆さんが、どこまで行くのか分からないけれど、目的地までこの荷物を一人で運ぶのは大変だろう。


「どこまで行きますか? よかったら目的地まで運びますよ」


「どこまで行きますか? よかったら目的地まで運びますよ」


 また少女とセリフが被ってしまった。

 それがまた面白いみたいで、お婆さんはクスクスと笑う。


 俺はなんとなく居心地が悪くなって前髪をいじる……ふと、少女に目を向けると、彼女も居心地が悪いみたいで長い髪を撫でていた。



 お婆さんの目的地が近かったため、俺と少女は荷物を目的地まで運んであげた。


 その目的地というのが、お婆さんの息子夫婦の住む家だという。


「ありがとうねぇ。今日はお祝い事があって、たくさん買いすぎちゃってねぇ……ここまで本当に助かったわぁ。よかったらお茶でもどうかしら?」


「「いえ。お構いなく」」


 また被ってしまった……。


 それから、お婆さんと息子夫婦の自宅まで別れた後――俺は改めて少女に目を向けた。


 長いまつ毛に、スラッとした背丈、華奢な体つきをしていて、見れば見るほど美少女だ。


 少女は俺の視線に気づくと、「ふふ」と笑った。


「ここまでありがとうございます」


「ああ、いや……俺の方こそ」


「いえ。思ったよりも重くて……私一人だったら、ここまで運んであげられませんでした。だから、ありがとうございました!」


 バッと、少女は綺麗な所作で頭を下げた。


 とてもハキハキとした声で、なんというか……真面目な性格なのが窺えた。


 少女は頭をあげると、ジッと俺の顔を凝視する。

 美少女にそう見つめられると、否が応でも緊張してしまう……。


 我ながら情けないことに、生まれてこの方女性経験なんてなくて、女の人に対して免疫がなかったりする。


 だから、俺はこの気まずい沈黙に耐えきれず、とりあえず目につく話題を振った。


「ええっと……その制服さ。華咲はなさき学園のだよね?」


「はい。そうですけど……? なにか?」


「実は、今日この町に越してきてさ。明日から、華咲学園でお世話になるんだ」


「あ、転校生だったんですか! 道理で、見ない顔だなと……何年生なんですか?」


「二年だよ」


「あ、じゃあ先輩……ですね! 私、華咲学園の一年生なんです!」


「一年生? へえ……大人っぽく見えたから、同い年くらいかと」


「そ、そうですか? 友達からは、けっこう子供っぽいって言われるんですけど……えへへ」


 可愛い。


 率直にそう思った。はにかんだ笑顔が、とても可愛らしい。まだ一言二言しか会話していないものの、彼女の人柄がとてもいいことが窺える。


 少女は嬉しそうな笑顔を浮かべたまま口を開いた。


「これもなにかの縁ですし、明日からよろしくお願いしますね先輩!」


「ああ、うん。俺の方こそよろしく……えっと……ああ、そういえば、自己紹介がまだだったね」


「あ、言われてみれば……!」


 俺も彼女もハッとなって、お互いに自己紹介をすることに。


「では、改めまして。私は清水しみずさくらと申します!」


「俺は千葉ちば秀一郎しゅういちろう。改めてよろしく」


 俺たちは名乗って、軽く握手を交わした。


 清水さくら……か。いい名前だな……清水……さくら……ん?


 清水さくら?


 俺は聞き覚えのある名前に眉根を顰めた。

 この名前……どこかで聞いたことある。それも、俺が昔この町に住んでいた頃だ。


 清水さくら……心の中で呟くと、どこか懐かしい響きを感じ、俺は思い出した。


 彼女は――清水さくらは、俺がここに住んでいた頃、仲の良かった幼馴染で――俺の初恋の人だ。



 学校の帰り道。

 途中で、学校に明日の宿題を忘れてきてしまったことを思い出した私は、足早に来た道を戻った。


 すると、道中にある歩道橋で大荷物を抱えたお婆さんが、腰を痛そうにしていたので声をかけた。


「よかったらその荷物、俺がお持ちしますよ」


「よかったらその荷物、私がお持ちしますよ」


 え?


 自分が発した声とは別の声に、私は驚いて振り向くと、同じく驚いた表情で私を見ている男の人と目が合った。


 やや青みがかった黒髪のパーマで、男の人では珍しく手入れの行き届いた綺麗な肌をしていた。


 第一印象で私は、彼のことを「小綺麗な人だな」と思った。


 背はスラッと高く、私より一回り大きいくらいだから、一八〇センチ近くはあるかもしれない。


 なにかスポーツでもやっているのか、肩幅が広く男性らしい体つきをしている。


 ただ、少しだけ目つきが怖かった。初対面の相手に失礼だとは思ったけど、目つきだけなら不良と勘違いしていたかもしれない。


 とはいえ、全体的に清潔感のある人で、不良というよりも無愛想イケメン……そんな印象を受けた。


 その後、お婆さんにカップルと間違われたりしたけれど……無事にお婆さんを目的地まで送っていった。


 お婆さんを送っている途中、自分から言い出したのに情けないのだけれど、荷物が重くて少し疲れてしまった。


 それを察してくれたのか分からないけれど、男の人がさりげなく荷物を持ってくれて、正直助かってしまった。


 お婆さんに声をかけたり、私を気遣ってくれたり……優しい人なんだなぁ……と、私は自然に笑みがこぼれた。


 歳も近そうだったため、私はその人に少し興味が湧き、お婆さんと別れた後に声をかけた。


 そうして、会話をしているうちに、男の人が転校生で、しかも先輩だと分かって、なにかしらの運命じみたものを感じてしまった。


 我ながらちょろいなぁ……なんて考えていると、男の人が思い出したように口を開いた。


「そういえば、自己紹介がまだだったね」


「あ、言われてみれば……!」


 私はハッとなって、慌てて自己紹介した。


「では、改めまして。私は清水さくらと申します!」


「俺は千葉秀一郎。改めてよろしく」


 私たちは名乗り合い、軽く握手を交わした。


 千葉……秀一郎先輩かぁ……。

 ちば……しゅういちろう…………ん?


 ふと、私はその名前に聞き覚えがあり、首を傾げた。


 千葉秀一郎……そう心の中で呟くと、なんとなく懐かしさを覚え、私はそれで気がついた。


 彼――千葉秀一郎は、彼が引っ越す前に仲良くしていた幼馴染で――私の初恋の人だ。

あけましておめでとうございます。

今年もよろしくお願いします。

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