第3話 試験開幕です
「ブレイズバード!!」
放たれた燃え盛る鳥は猛スピードで前方の的を貫いた後、踵を返して隣に並ぶ的を次々と破壊した。周りで見物していた他生徒から歓声が上がる。選抜試験を明日に控え、何とかここまでこぎつけた。
これまでは炎の飛ぶ方向を予め決めておき、それ通りに動かすだけに留まっていたが、約7日間の修行が功を成し、リアルタイムで遠隔操作できるまでになっていた。威力は下級炎魔法「ブレイズ」程しか無いが、応用が利く上に、おそらく乱戦になるであろう選抜試験にはもってこいの技だ。
「私との修行をすっぽかして帰った割には中々上出来じゃない」
まだ根に持ってたのかよ!
「わ、悪かったよ…。あの時はなんかおかしかったんだよ。なんつーか、自分が自分じゃないみたいで…。『変な声』も聞こえたし」
言い終わると同時に、ローズの目が驚いたように丸くなった。何か心当たりでもあるのだろうか。
「まあ…あまり気にしないことね。もし悩みがあるならすぐに言いなさい。仮にも私はあなたの師匠なんだからね?」
「おっす師匠!」
オレは右手を額に当て敬礼のポーズをした。あれ、これは「あいあいさー」のポーズだっけ。
「そーえば、あのピローってやつのことだけどさ。あいつが言ってた…その…」
オレが言い終わらないうちにローズが口を開いた。
「犯罪者。ってやつのこと?」
「え、あ、まあ…そう。そのこと」
言い当てられて図星なのと、その話題をローズが自ら出したことに驚いた。
以前オレが初めてローズやピローに会った時にピローがローズに言った言葉。『犯罪者の分際で』。ずっと気になっていた。が、仮にローズに前科があったとしても、彼女が悪意を持って犯罪に走ったわけじゃないことは確信していた。ローズはそんなやつじゃない。それは、この1週間でわかった。初めこそ恐いやつだと思っていたが、本当は素直じゃないだけの優しいやつだ。
「話したくないなら別にいいよ!きっと言いづらいことだろうし…」
好奇心から聞いてみたことだが、後悔した。野暮なこと聞くもんじゃなし。やっちまったなあ。
「まあ、別に隠しててもいつかバレるし、ピローの言ってたことも半分ハッタリだから…。いいわ。いずれ話すつもりだった」
少女は覚悟を決めたように一度頷くと、こちらを真っすぐと見つめてきた。
話すつもりだった、というのはオレにだろうか?それともオレを含めた知り合いにか。オレはローズにとって特別な存在なのだろうか。
「ま、そんな大した話じゃないの」
そう愛想笑いで切り出したローズは目だけが笑っていなかった。オレは気づかないフリをして黙ってローズが口を開くのを待った。
「兄がいたの。私よりもずっとすごい魔法使い」
ローズに兄。オレにも昔、妹がいた。憎たらしい奴で、いなくなればいいって思っていた。大切なものは失って初めて気付くとはよく言ったものだな。
「その才は凄まじく、光の賢者の重鎮すら唸らせた。誰もが兄に期待していた。自慢の兄だった」
ローズの顔が険しくなった。少女の細く白い手が固く握られる。
「けどそれを、快く思わない者もいた。光の賢者の会長ゲンマはいずれ世界を脅かす者になるとして、兄や私の両親に圧力をかけたの」
「圧力って…魔法禁止!みたいな?」
「そっちの方がよかったかもね。その逆よ。ゲンマは兄を光の賢者に勧誘したの。一流の魔法使いとしてね」
なるほどな。自分の目の届く所に置いておきたかったってことか。
「兄は覚悟を決めた。今思えば、かなり責任を感じていたのだと思う」
「覚悟って、光の賢者に入ったってこと?」
ローズが険しい表情をしたため、オレは思わず口を手で塞いだ。なんか悪いこと言っちゃったかもって思った。
「兄はね。…兄は」
「たった一人で、空城を襲撃した。闇の魔法を使って」
「闇の魔法!?」
かつて世界を救った勇者の一人『アーサー=ブレイブ』のみが使えたとされる光魔法。それと対をなす魔王すら脅かす邪悪な力が闇魔法だ。光と闇は常に互いを牽制し合っていたためアーサー没後には失われたはず。それをなぜローズの兄が…。
「兄は本部を手当たり次第に破壊した後、レジスタンスを結成して行方をくらました。兄の行動を勇敢だと称賛した父はレジスタンスに巨額の資金援助をし、光の賢者に見つかって処刑された。父の行動を知っていながら黙っていた私と母も同様に死刑になるはずだったけど、私のファンだったシルヴィアがピローに取り入ったことで無罪放免となった。これが、私があいつに握られている弱味」
言い終わった所で彼女はふぅーとため息をついた。
「んーっ。はぁ…スッキリしたー!やっぱ悩みは誰かに相談しないとダメね。あ、兄のことは気にしないでね!私も彼の行動は勇敢だと思ったし、やっぱり自由に生きて欲しいから。兄妹だしね」
ローズは気持ち良さそうに伸びをすると、左手でVサインを作った。いつも冷静で上から目線のローズだが、こんなセンチメンタルな一面もあるんだな。オレはいつのまにか彼女との時間に心地良さを感じるようになっていた。
「話してくれてありがとう。さあ明日はついに選抜試験だ!スッキリしてるとこ悪いが手加減しねーぞ?」
「ふふっ、望むところよ。格の違いを見せつけてあげる!」
オレは彼女の勇気に応えるように精一杯の笑顔でVサインをした。
「ハハハハァ…。ついに始マるぞ。ショータイムだ…」
ー遠征隊選抜試験当日ー
ガチャッ
「やあ!病み上がりのジーク=シュトロハイムがお前の部屋に不法に見参だ!」
不法侵入の自覚はあるのね。通報するぞ。
ついに選抜試験当日だ。魔法の練習に付き合ってくれたローズのためにも何としてでも合格しなければ。実際、試験は予告無しで行われるため、今日試験があると言うことを知っているのはオレのチームと、ピローのチーム、そしてリクだけだ。ローズとシルヴィアはピローのチームに入るのだろう。
『遠征隊』選抜試験と言うからには、合格すれば遠征隊なるものに入れるのだろうが、詳しいことはオレにもわからない。だが、オレには今日のために生み出した必殺技がある。大丈夫、大丈夫。オレは自分にそう言い聞かせると、ジークと共に学校に向かった。
『全員体育館に出席番号順に整列』
教室の黒板には角張った字でそう書かれていた。生徒達が騒つく中、試験のことを事前に知っていたオレだけは冷静に体育館へ向かうことができた。が、この後オレはすぐに冷静さを失うことになる。
「中止だ、中止!中止にしろ!!なんだ?たかが教師の身分でボクの言うことが聞けないってのか?!パパに言いつけるぞ!」
体育館に入ると大勢の生徒が整列している中、一人大声で喚いている少年がいた。ピローだ。一体何事だ?他の生徒がそう言うのはわかる。だが、あいつは事前に試験のことを知っていたはず。なぜ今更中止を懇願するのか意味がわからない。
「くぅ…。ふざけやがって。どいつもこいつも!ボクをコケにしやがって!」
小さな王子様は悔しそうに地団駄を踏んだ。
よくわからないが。どの道オレには関係ないな。何があったか知らんが、日頃ローズやシルヴィアをこき使ってる報いだろう。いい気味だ。
「おいシルヴィア!今すぐ代わりのやつを連れて来い!とびきり強い奴だ!クソ…必ず見つけ出してやる…ローズをぶっ刺した通り魔め!見つけ出して死刑にしてやる!」
「えー、全員集まったかな?」
長年魔法学校のトップに立ってきた老人はコホンと一度咳払いをし、辺りを見渡してから話を始めた。
「あー。先日の『魔王』襲撃を受け、光の賢者は、次世代を生きる君達若者の更なる成長が必要不可欠であるとしました。そこで、政府は本格的な戦闘実習を目的とした『遠征』を計画し、各高校から4名、『遠征隊』参加者を選抜するものとしました。と、言うわけで早速今から選抜試験開始します」
カンペを見事読み切った校長に対し、生徒達からは怒号やブーイングが聞こえる。だが、そんなことオレにはどうでもよかった。それよりも、さっきのピローの言葉。どういうことだ?ローズが通り魔に刺された?何の冗談だ?昨日の放課後別れてから今朝の間に、ジークに続いてローズまで襲われたと。嘘だ。そんなはずない。ローズが…。
「あーそれと。試験を始める前に伝えておくことがある。今朝、我が校の女子生徒が何者かに路上で襲われる事件が起こった。奇跡的に一命はとりとめたが、未だ意識は戻っていない。例の通り魔事件との関連性は不明だが──」
「ふざけんじゃねえよッ!!!」
オレは自分の怒りを抑え切れずに、気づいたら叫んでいた。全校生徒がオレを見る。
「ふざけたこと抜かしてんじゃねえよ…!人の命がかかってんだぞ?!それなのにその話が試験の話の後って、てめえ舐めてんのか?あ?!そんなに試験が大事かよ!!お前らおかしいよ…。人が…。同じ学校の友達が死にかけてんだぞ?何でそんな平気な顔してられるんだよ…」
『友達』についての知識と経験は誰よりも浅いはずなのに、オレはローズのことを考えると自然と涙が出た。こんなはずじゃなかったのに。
周囲の生徒は何か思うことがあったのか、俯いて先程の身勝手なブーイングを詫びるように静かになった。だからこそ際立った。オレは耳を疑った。この状況で笑い声を上げてる奴がいる…!
「あひゃひゃひゃひゃひゃ!友達?笑かすぜ!どうせ試験が始まれば全員死ぬんだ。俺は今日、お前ら全員殺す気で来たんだぞ。」
左目にスコープを装着し、半身を機械で覆ったそいつはかつての面影を失っていた。オレはこいつをよく知っている。その事実は特徴的な逆立った髪の尖り頭がはっきりと告げていた。リク…!!
「どういうつもりだよリク!お前とローズの間に何があったかは知らない。だが、ローズへの侮辱だけは絶対に許さない…!」
「許さない?ならどうする。俺を殺すか?やってみろよ。もう俺は、以前の俺とは違う。どんな手を使ってでも、俺はこの試験に合格する。どんな手を使ってでもな」
『どんな手』という部分を強調したリクを見てオレは気付いた。ジークとローズを襲った通り魔ってのはまさか…。最近のこいつはおかしかった。オレやジークに対して冷たく当たるようになっていた。シルヴィアの手紙の件もそうだ。何なんだよ。オレがこいつの発明品を馬鹿にしたせいか?漫画を無くしたせいか?オレに何の恨みがあるんだ。
「そうか。わかったよリク…お前はオレが絶対にぶっ殺す。手加減はしない。オレだって以前のオレとは違う」
ぶっ殺すか。確か小学校のときもリクにそう言った覚えがある。あいつがオレの水着を女子更衣室に投げ込んだときだ。リクとは家が近かったこともあり、小学校入学前からよく遊んでいた。あのときは何でもできるリクが羨ましくて。反面、オレは木偶の坊で。何でこんなことに。リクはどうしちまったんだよ。
「あー。いいかな?喋ってるから静かにね」
再び校長が口を開いた。よくこの状況でそれを言えるな。大した勇気の持ち主だ。あんたこそ勇者だ。
「試験は1チーム4人で行ってもらう。組み合わせはこちらで既にランダムに決めてある」
チームはランダムなのかよ!ジークと組もうと思っていたのだがな。まあ仕方ないか。知らない奴と組んだとしても、目指す場所は皆変わらない。勝ってみせる。必ず。
「決めてあるが、変更がある。先程言ったように受験者が1名減ったことにより組み直す必要がある。女子生徒の入る予定だったチームは…ピロー=フルブライト君のところだね」
いや、怪しすぎるだろ。さっきのピローの言動から事前に組み合わせバレてるのは馬鹿でもわかる。やはりピローのやつ、学校側に圧力をかけたな。
「君のところは1人減って3人。しかし生憎、余りの生徒はいないのだよ。辞退するしか…」
そう言って校長はチラとピローの方を見た。
「…わかりました。ボクが辞退させます」
は?
「ハル=ウォーリアとジーク=シュトロハイムのチームメンバーを全員辞退、2人はボクのチームに入れます。ボクのチームはシルヴィア=レイズを残して、あとの一人は辞退で。できるよな?」
そう言ってピローは校長の方を見た。なんてやつだ。って、は?何でオレとジークが選ばれてんだ!?ピローと同じチームってどゆこと??
校長だけでなく、引率の教師陣もあたふたしている。が、これが通ってしまう所がこの学校の異常な所。辞退させた生徒には後で賄賂が渡されるに違いない。それにしてもなぜオレとジークが選ばれるんだ?
納得いかない顔をしているとピローがオレの前にやってきた。
「久方ぶりだな。まあボクのことは知っていると思うから自己紹介はしないけど、何で自分が選ばれたんだ?って思ってるんじゃないかな?まあ最もな疑問だね。でもさ、ボクだって馬鹿じゃない。人を見る目はあるつもりだ」
普段の横暴でひねくれたガキから一転、丁寧な物言いに驚いた。こんなやつだったかこいつ。
「…ローズはシルヴィアと並んでボクのお気に入りだったんだ。最近は君のところに行ってばかりでちょっと妬けちゃったけど。…別に君を信頼しているわけじゃない。でも、ローズを思う気持ちが本当なら、少なくとも戦略的同盟くらいは結んでもいいかなってさ。どうだい?ボクのチームに入ればジークも一緒だよ?」
戦略的同盟、か。面白い。そこら辺の知らないやつと組まされるよりかはマシだな。乗ってやろうじゃないか。
「オーケー。組もう。今からオレたちはチームだ」
オレが右手を差し出すと、ピローも右手を差し出し、固い握手をした。こんなときでも白い手袋を外さないのがこいつらしい。
「遠征隊選抜試験、第一次試験『探求試験』。各自に配布された受験票に記載されているお題となるものを持って、ここに戻ってくること。制限時間は48時間。始め!」
さあさあ。命懸けの試験が開幕だ!
ジークの台詞は書いてて楽しい。